犯罪大国で生き抜くためには「忍術」が必須…ブラジルの「忍者道場」に通う人たちの大真面目な動機

2024年4月30日(火)16時15分 プレジデント社

道場で主に教えるのは体術、棒術と剣術だ - 筆者撮影

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日本から遠く離れたブラジル・サンパウロ市に、大真面目に忍者を目指す人たちが通う道場がある。なぜ彼らは忍者になりたいのか。サンパウロ在住フォトグラファー兼ライターの仁尾帯刀さんが取材した——。

■ブラジルでも「忍者」は大人気


今年2月15日にNetflixから配信された「忍びの家 House of Ninjas」は、配信2週目に「週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)」で1位を獲得するなど、国内外で高い支持を集めた。「現代にもし忍者がいたら」がテーマの本作は、改めて世界における忍者人気の高さを示した。


ドラマなどではすっかり「空想」として描かれがちな忍者だが、世界には実際に「忍者」を目指して鍛錬に励む人たちがいる。


■世界で広がる「忍び」のネットワーク


ブラジルでは夏の終わりにあたる3月半ばのとある日、サンパウロの3階建て商用ビルの最上階にひっそりと構える道場「武神館服部半蔵道場」では、総勢23名の門下生が稽古で汗を流す姿があった。


筆者撮影
道場で主に教えるのは体術、棒術と剣術だ - 筆者撮影

師範を務めるのは、理学療法士のフェルナンド・カルドーゾさん(47)。フェルナンドさんの道場は、「世界で最も有名な忍者」として知られる戸隠流忍法34代目宗家の初見良昭氏(92)が1972年に千葉県野田市に設立した「武神館」から正式に「のれん分け」された道場だ。


フェルナンドさんも、かつて初見さんの道場の門をたたいた「門下生」のひとりだった。初見さんの道場に通う8割は外国人が占めるといい、門下生は世界50カ国以上に40万人はいるというから“忍び”のネットワークはむしろ世界で広がっているようだ。


■異国で見かけた看板から「忍びの道」へ


1988年、既に柔道三段だったフェルナンドさんは隣国アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに柔道の交流試合で訪れた際、偶然見かけた忍術道場の看板に誘われ立ち寄ったのがきっかけで「忍びの道」を歩み始めた。


「柔道などのスポーツ競技とは異なり、ルールや試合がないのが忍術です。実践であれば相手に怪我を負わせ、死に至らせることもありうるサバイバルな技を目の当たりにして『これだ!』と思いました」


3歳から柔道、空手、合気道など数々の日本の格闘技を経験してきたフェルナンドさんは忍術においても飲み込みが早かった。ブラジルに忍術道場はなかったため、ラテンアメリカを代表するブエノスアイレスの指導者が年に7、8回ほどサンパウロで行った出張セミナーに参加し、自らもブエノスアイレスに出向いては集中的に指導を受けたのだった。


また、当時は短期滞在であっても日本への入国ビザが取りにくかったため、忍術の盛んなヨーロッパの複数の道場に通い、スペイン・マラガの道場で指導者資格を備える5段を取得した。


「5段への昇段は本来、日本の本部道場で試験を受ける必要があったのですが、ブラジル人として日本訪問ビザが取りにくいことを日本の本部に説得し、ヨーロッパの師範から昇段試験を受けることを許可してもらえたのです」


日本の格闘技の師範になることは幼い頃からの夢だった。当初は複数のジムやスポーツクラブで場所を借りて、忍術の出張稽古を継続的に開き、一定の生徒数が確保できた2003年に「武神館服部半蔵道場」を開設したのだった。


■2013年にブラジル人として初めて最高位を取得


念願の初訪日で初見氏に会えたのは3度目の申請でビザ申請が受理された2011年のことで、2013年には武神館本部道場で合計7カ月修行し、ブラジル人として初めて最高位の15段を初見宗家から授けられた。


現在は妻のロベルタさん(48)と共にサンパウロ市内で2カ所の道場を運営し、計50人ほどの門下生を指導している。


フェルナンドさん提供
2011年初訪日時の初見宗家とのツーショット。以後パンデミック期間を除いてほぼ毎年本部道場に通ってきた。 - フェルナンドさん提供
フェルナンドさん提供
2013年、武神館普及への貢献が認められ、金龍賞メダルを本部道場で授かった瞬間。 - フェルナンドさん提供

■「水遁の術」や「木の葉隠れ」は扱わない


道場ではどのような指導が行われているのか。


筆者撮影
猛暑ゆえTシャツ姿で稽古に打ち込む門下生たち - 筆者撮影
筆者撮影
師範と技の見本を見せるトーレスさん(右) - 筆者撮影

稽古は皆が正座して正面へ一礼してから始まる。フェルナンド師範は時折、二人一組の門下生の練習を止めて技の見本を演じて見せた。殴りかかろうとする相手を掴んで倒してから、次の一手、さらなる一手と、加減しながらも急所を攻め続け、相手を無力化する。フェルナンドさんはあっという間に2人の門下生を制圧してみせた。技の連続は見ているだけで痛さが伝わり、スポーツ化した柔道や空手とは異なる実践的な迫力があった。


フェルナンドさんほどの腕前ともなれば、複数の相手を無力化するなど朝飯前のようだ。


筆者撮影
悶絶しつつも師範の下敷きにされどこか嬉しそう - 筆者撮影

忍術のなかでも道場で教えるのは体術と、武器を使用する棒術、剣術などの格闘技だ。忍者と聞いて誰もがイメージする水遁の術や木の葉隠れなどは教えていないそうで、手裏剣投げも賃貸物件である道場を損なう恐れから、時折行う野外の特訓で扱うという。筆者にとっては、忍術の範疇の広さを知ることとなった。


■ドラマやアニメに親しみつつ忍術を探求


そんな格闘技中心の忍術を学ぶのはどんな人なのだろうか。


道場に通って9年目となるソフトウェア・エンジニアのペドロ・エンリケ・スザーノ・トーレスさん(37)は子ども時代に夢中になった特撮ヒーロードラマ「世界忍者戦ジライヤ」が門をたたいたきっかけだ。


「当時地元には格闘技の道場がなかったんです。大人になってからサンパウロに出て仕事するなかで、フェルナンド師範の道場を見つけ、子供の頃からずっと憧れていた忍術を始めることにしたんです」


その日の稽古の終わりにフェルナンド師範が「『忍びの家』を見た人は?」と門下生に問うと、ほぼ全員が手を挙げた。


「しばらく忍者ものの新しいシリーズがなかったこともあって、みんな「忍びの家」に熱中したようです。私も妻と一緒にドラマを見ましたがとても面白かった」と稽古後に笑顔をこぼした。


「忍びの家」に惹かれて道場見学に訪れた人はまだない。しかし、過去のドラマやアニメに触発されて道場生となったものは少なくない。


なかでもブラジルで1989年に放送開始された特撮テレビドラマ「世界忍者戦ジライヤ」の影響は絶大だ。


©東映/SATO CO., LTD.
人気根強い「世界忍者戦ジライヤ」 - ©東映/SATO CO., LTD.

■ファンタジーと現実の狭間で忍術を極める


武神館宗家の初見氏が「戸隠流忍法34代目宗家」の肩書のまま、主人公ジライヤの養父として出演し、ドラマの武芸考証も行った本作は、本物の忍者の技やアクションが見れるということもあり当時ブラジルで大きなブームを起こした。パンデミック中に地上波で再放送されるとその人気は再燃し、日本以上に高く、長い人気を誇っている。


フェルナンドさんの道場は、ドラマに出演した忍者が運営する武神館の支部とあって、トーレスさんのように少年時代に釘付けにされたジライヤの勇姿に憧れて、サンパウロの道場に入門した者は多い。


道場の受付にはジライヤのフィギュアが飾られており、日本のポップカルチャーは大歓迎のようだ。時には一般ウケのよい忍者ショーをイベントで披露するなど、率先してファンタジーとしての忍者の魅力や楽しさを取り入れている。


筆者撮影
イベントで忍者ショーを行うことも多い武神館服部半蔵道場の師弟たち - 筆者撮影

忍術を楽しみつつ極めるという姿勢もまた師から学んだ。


筆者撮影
自宅で初見宗家の手による不動明王の掛け軸を見せてくれたカルドーゾ夫婦 - 筆者撮影

「初見宗家は書や絵画もたしなみ、演劇、映画にも造詣が深いアーティストで、人生を楽しむことを大切にされています。初見宗家のような比類のない武人がストイックにならずに、人生を楽しむ姿にこそ、私は最も大きな感銘を受けました」と初見氏の魅力について語り始めるとフェルナンド師範の話は止まらない。


■「忍術」を学ぶブラジルならではの事情


「日本文化に惹かれて」とは別の現実的な目的で入門する人もいる。


フェルナンドさん提供
フェルナンド師範の道場にも忍術を学ぶブラジル陸軍大佐がいる。 - フェルナンドさん提供

入門9年目のマルシオ・ルイス・パッソス・チベリオさん(54)はブラジルの陸軍大佐という正真正銘の軍人だ。


「日常でありうる突然の襲撃に備えるために総合的な格闘技を学びたくて入門しました。肉体や技術面とともに精神的に成長するのが武神館に通う私の目的です」


また女性の門下生の中には、「護身術」として忍術を学ぶ人も少なくない。


2023年度のサンパウロ市内の殺人件数は481件と、人口当たりの発生件数は東京の約8倍。報告のあった強盗被害は13万3324件を計上している。年々減少しているとはいえ、治安は日本に遠く及ばない。


筆者が生活していても、この街では赤信号でもオートバイが突っ込んでくることはざらだし、路上での強盗やひったくりも多い。


■「忍術で危険を察知する野生的感覚を磨く」


「凶悪犯罪がたびたび起こるサンパウロのような街では、いざというときに身を守る手段として実践的な忍術が役に立ちます。技が使えるかどうかより、危険を察知する野性的な感覚が必要なんです。すばらしいことに日本は平和で安全なので、そうした感覚は、もはや必要ないかもしれません。でも世界の多くの地域ではそうは行きません。だからこそ日本以上に海外からの修行者が多いんだと思います」(フェルナンド師範)


筆者撮影
初見宗家直筆の最高位15段までのすべての免許が飾られた道場の一間で - 筆者撮影

忍者は日本では過去の伝説的な存在として扱われがちだ。しかし、海外ではその“東洋の神秘”的なイメージも含めて忍者の技や生き方から学びたいという熱視線が送られているようだ。


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仁尾 帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)

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