ほかの刑事ドラマとは決定的に違う…「相棒」を名作にした寺脇康文や及川光博ではない"もうひとりの相棒"

2024年5月12日(日)16時15分 プレジデント社

エランドール賞の授賞式に花束贈呈で登場した俳優の水谷豊さん(左)と及川光博さん(=2012年2月9日、東京都新宿区) - 写真=時事通信フォト

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刑事ドラマ「相棒」(テレビ朝日系)は、2000年から放送されている長寿作品だ。社会学者の太田省一さんは「岸部一徳が演じる小野田公顕がいい。彼の存在が物語に深みを与え、他の刑事ドラマにはない魅力となっている」という——。(第3回)

※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。


写真=時事通信フォト
エランドール賞の授賞式に花束贈呈で登場した俳優の水谷豊さん(左)と及川光博さん(=2012年2月9日、東京都新宿区) - 写真=時事通信フォト

■もともとは単発の2時間ドラマだった


異端的作品が続々登場して人気を集める一方で、正統派刑事ドラマの系譜を受け継ぎつつ新たな時代のニーズにも見事に適応したのが、『相棒』(テレビ朝日系)だった。


スタートは2000年。最初は連続ドラマではなく、「土曜ワイド劇場」、つまり2時間ドラマの枠から始まった。『相棒』でも、『ケイゾク』と同じく、刑事ドラマのさまざまな要素が盛り込まれ、設定や物語において巧みに配置されているのが見て取れる。


まず、水谷豊演じる主人公である杉下右京というキャラクター自体が万華鏡のように多面体な存在だ。


東大法学部を首席で卒業し、警察庁に入ったキャリア。だが組織内の上下関係には一切無頓着で、上司であろうと間違っていると思えばまったく遠慮しない。そうした扱いづらい性格も相まって、ある事件がきっかけで「陸の孤島」と呼ばれる特命係に飛ばされた。


だが右京自身は、キャリアでありながら左遷されたことなどまったく気にしていない様子だ。他人にはついていけない紅茶へのマニアックなこだわり、チェスや落語、ピアノ演奏などずば抜けた多趣味ぶりにも周囲はついていけず、どこを取っても「我が道を行く」の典型のような人間だ。


■多面的な刑事ドラマ


一方で右京は、名探偵型の刑事の最たるものでもある。


『相棒』の基本は、毎回発揮される右京の博覧強記ぶりと鋭い観察に裏づけられた緻密な推理による事件の解決だ。そのモデルはいうまでもなくシャーロック・ホームズであり(右京自身英国の警察で研修の経験もある)、「もうひとつだけ」などと言いながら質問をしつこく繰り返すのはさながら刑事コロンボでもある。


ホームズもののモリアーティ教授よろしく卓抜な知能を駆使する連続殺人犯などとの対決もあり、大きな見せ場になってきた。


同じく、『相棒』はひとつの作品としても多面体的である。杉下右京は空気を読まないがゆえに孤高の存在だが、一方でこのドラマはタイトルが示すように、れっきとしたバディものでもある。


初代の亀山薫(寺脇康文)から4代目の冠城亘(反町隆史)へと相棒の地位は受け継がれ、そして現在は再び亀山薫が返り咲いているが、『相棒』というドラマは右京と歴代の相棒が最初は反目したりぎすぎすしたりしながらも、次第に互いの理解を深め、相手を不可欠な存在として意識するようになるプロセスを描く熱いバディものの常道を踏まえている。


■作品に深みを与える“もうひとりの相棒”


そして『相棒』は、『踊る大捜査線』で確立された「警察ドラマ」の発展形でもある。警察内部の人物がこれほど色々な役職名つきで数多く登場するドラマも珍しいだろう。


部署や階級の異なる警察関係者がレギュラー的存在になっていて、物語の進展にそれぞれの立場で折にふれて深くかかわってくる。


そんな警察ドラマとしての側面を最も代表する存在と言えるのが、岸部一徳が演じる小野田公顕だろう。小野田の役職は最初の時点で警察庁長官官房室長、通称「官房長」。


警察庁が設置されている中央合同庁舎第2号館(画像=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons

階級としては警視監で、まさに警察組織の中枢にいる人物である。それもあり、警察の秩序、ひいては社会の秩序を維持安定させるために必要と考えれば、当面の事件の犯人をあえて見逃すことも厭わない。


それに対し右京は、背景になにがあり、逮捕が警察組織にたとえ大きな打撃をもたらすとしても、犯人を見逃すことは絶対にしない。要するに、小野田と右京の考える正義は本質的に相容れない。この両者の緊張感あふれる対立関係が、『相棒』という作品の世界に刑事ドラマ史上まれに見る深みを与えていた大きな要因だった。


ただし、小野田は単なる現実主義者ではなく彼なりの警察の理想も持っている。だから利害が一致するような場合には、2人は阿吽の呼吸で連携もする。その点、小野田は右京にとっての“もうひとりの相棒”でもあった。


■わざと「後味の悪い結末」にする


いずれにしても、「正義はひとつではない」という前提によって、『相棒』の世界においては正義と悪のあいだに明確な線引きをすることがそもそも構造的に難しくなっている。


したがって、『相棒』では、ある事件の犯人は捕まってもその裏にある別の犯罪については手つかずといったようなすっきりしない、後味の悪い終わりかたが少なくない。


だがそれが独特の余韻を残すことも確かで、その点“社会派エンタメ”という刑事ドラマの本質がこれほどよく表現されたドラマもあまりないだろう。


その意味で『相棒』は、刑事ドラマの本質を踏まえたうえでの、その歴史的総合と呼べるような作品だ。そこには、時に相反する要素が共存するがゆえの不安定さもある。しかし、そんな矛盾を無理に丸め込むのではなく、そのまま多面性として提示するところにこのドラマの得難い魅力、奥行きの深さがある。


■2000年前後に増えたあるジャンル


2000年前後には、『相棒』のように刑事ドラマ史における最も重要な節目になった作品が登場する一方で、刑事ドラマ的なフォーマットのなかで刑事とは違う職業の人びとが活躍するドラマ、いわば“刑事以外が主役の刑事ドラマ”が盛んに制作されて人気を博すようになった。


似たような意味では、監察医や弁護士などが活躍するドラマはすでにそれ以前からあったし、この系譜からは松本潤主演の『99.9−刑事専門弁護士−』(TBS系、2016年放送開始)のように近年も人気作品が生まれている。ただ2000年前後を境に活躍する職種が増え、ますます多彩になったという見方ができるだろう。


さらに言うなら、特に1980年代以降2時間ドラマが量産されたなかで多種多様な設定の作品が制作されてきた蓄積も大切な土台になっていたはずだ。


いまや連続ドラマとしては最長寿シリーズとなった『科捜研の女』(テレビ朝日系、1999年放送開始)は、そうした“刑事以外が主役の刑事ドラマ”のひとつだ。


■なぜ刑事以外が主役の刑事ドラマが増えたのか



太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)

主演の沢口靖子が演じる榊マリコは、京都府警科学捜査研究所で働く法医研究員。科捜研の仲間とともに最新の鑑定手法を駆使して事件の真相を解明する。科捜研のメンバーは、文書鑑定や映像データ解析などそれぞれに得意の専門分野があり、榊マリコはそのリーダー的存在だ。そして内藤剛志演じる刑事・土門薫らと協力して犯人逮捕に貢献する。


指紋鑑定やモンタージュ写真などに代表される科学捜査は、刑事ドラマの歴史においてだいぶ以前からすでに登場していた。ただそれが物語の中心的役割を果たすことはほとんどなかったと言っていい。


『相棒』でも緻密な技法を使った鑑識やデータ解析の活躍する場面が増えていったように、この頃から科学捜査は刑事ドラマの目玉のひとつになったと言えるだろう。


そこには、現実社会においてインターネットの普及とともにサイバー犯罪が急増し、特殊な専門知識が必要な捜査が比重を増したというような時代背景もある。


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太田 省一(おおた・しょういち)
社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)

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