習近平は「アメリカの急所」を突いた…トランプ政権が中国との"関税戦争"にあっさり敗北した理由

2025年5月14日(水)7時15分 プレジデント社

2025年5月12日、ドナルド・トランプ米大統領は記者会見で、インドとパキスタンの停戦、新たな米中貿易協定、ハマスの捕虜となっていたアレクサンダー氏の帰還、処方箋薬の高騰について発言した後、これらの処方箋薬のコストをほぼ即座に引き下げる大統領令に署名 - 写真=CNP/時事通信フォト

■にわかにリスクオンに沸く金融市場


金融市場がリスクオンムードに沸いている。ドル円レートは一時140円台を割り込んだが、150円が視野に入る円安となった。5月12日に米国と中国が関税措置で合意に達したことを受けて、両国のみならず世界経済に対する下振れが緩和されるとの期待が高まったためだ。ここで、これまでの事態の推移を簡単に振り返ってみたい。


写真=CNP/時事通信フォト
2025年5月12日、ドナルド・トランプ米大統領は記者会見で、インドとパキスタンの停戦、新たな米中貿易協定、ハマスの捕虜となっていたアレクサンダー氏の帰還、処方箋薬の高騰について発言した後、これらの処方箋薬のコストをほぼ即座に引き下げる大統領令に署名 - 写真=CNP/時事通信フォト

米国のドナルド・トランプ大統領は、4月3日に意気揚々と「相互関税」の詳細を発表したが、直後の金融市場、特に債券市場の反応を受けて、同月9日に90日間の執行延期に追い込まれた。もともとトランプ大統領は、いわゆる「ディール」を好んでいるし、トランプ政権ブレーンらも、交渉のための猶予は設けるつもりだったのだろう。


とはいえ、有事の際に買われるはずの米国債が売られた事実は、政権ブレーンにとって「想定の範囲外」だったはずだ。貿易・製造業担当上級顧問を務めるピーター・ナバロ氏や大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長であるスティーブン・ミラン氏らに代わり、スコット・ベッセント財務長官が表に出てきた理由も頷けるところである。


トランプ政権にとって追加関税の最大のターゲットは中国だったわけだが、米国債が売られたことで、このゲームは中国に有利な展開となった。4月上旬に米国から資本流出が生じた際には、中国政府なり傘下の政府系金融機関が、米国政府を圧迫すべく、保有している米国債を売却したとまことしやかに伝えられている。


真偽はともかくとして、追加関税の問題が解決しなければ、中国が本気を出して米国債を売る展開が意識される。仮にそうならなくても、その思惑だけで債券市場はパニックに陥ること必至である。こうした危機感を急速に高めたからこそ、ベッセント財務長官らは中国の何立峰副首相との間で合意を取り付けようと躍起になったのだろう。


■綱渡りの状態にある米国の財政


その米国の財政は、その実、綱渡りの状況にある。ベッセント財務長官は5月9日に米国連邦議会指導部に充てた書簡の中で、連邦政府の債務残高が8月にも法定上限を突破する可能性が高いと明らかにした。つまり、1月に議会が設定した連邦債務の上限は36兆1000億ドルだったが、現在の債務残高は36兆2000億ドルとそれを上回っている(図表1)。


出所=米国財務省

ゆえに、7月にも債務上限を引き上げるなり、債務上限の在り方そのものを変えなければ、米国は政府閉鎖に追い込まれる。このタイミングまでに関税の協議がまとまらなければ、リスクオフモードを強めた投資家が米国債に売りを浴びせる。その後で債務上限を引き上げても、米国債の買い手など見つかるわけがない。


それこそ、米国は自己実現的な財政・金融危機に陥ることになる。この問題を抱えていなければ、米国は中国とのディールに対してもっと強いスタンスで臨んだのではないだろうか。結局、自己実現的な財政・金融危機を回避すべく、ベッセント財務長官らは腐心し、中国との間で、冒頭で述べた合意を取り付けたのだと推察される。


ここで合意の内容を簡単に確認すると、米国は累計で145%だった対中関税を30%に、中国は同じ125%だった対米関税を10%に、それぞれ115%引き下げる。米中は引き下げた関税のうち一部を90日間停止し、2国間で協議を続ける。いずれにせよ今回の米中合意の結果、米国の対中関税は30%(基本税率10%に違法薬物対策20%)、中国の対米関税は10%となるようだ。


関税の24%上乗せ分に関しては、90日間の延期が無期限でロールオーバーされ、最終的に発動されないという展開も考えられるところだが、現行の合意では、米国は中国に相応の追加関税を課すことになる。しかしそれすらも実現不可能で骨抜きになっていくと投資家が考えたため、市場はリスクオンムードを強めたのかもしれない。


■欧州にも配慮する必要がある


他方でトランプ政権は、中国のみならず、欧州にも配慮せざるを得ない状況にあると見受けられる。J・Dバンス副大統領による嫌欧州発言などを受けて、欧州連合(EU)のみならず、ノルウェーのソブリン基金に代表される巨大機関投資家までもが、米国債の保有を手放した可能性が意識されたためだ。


この間、トランプ政権はイギリスとの間で相互関税に関する協議を早々にまとめたが、それが可能だったのは両国間の貿易のボリュームが限定的だったからに過ぎない。トランプ政権にとって、交渉の本丸はあくまでEUだ。そのEUに対して自国に有利な条件で交渉を進めようとすれば、かえって欧州マネーの米国離れを加速させる。


中国マネーの腰が軽くなっている中で、欧州のマネーまでもが米国に見切りをつければ、米国の債務政策はいよいよ行き詰まる。自らが撒いた種とはいえ、米国の債務運営は、正に四面楚歌の状況に追い込まれているようだ。表向きは強弁を張りながらも、強い焦燥感に苛まれているのがトランプ政権の内実ではないか。


投資家もそう考えるからこそ、価格が急落した株式をハイピッチで買い戻しているのだろう。一方で投資家は、トランプ政権に対する不信感から、米国債を本格的に買うまでには至らないのではないかと予想される。ゆえに、ドル高も限定的となるし、さらに踏み込めば、ドル自体の信用力が回復するにも相応の時間を要すると考えられる。


写真=iStock.com/Pla2na
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pla2na

■トランプショックは過ぎ去ったのか


トランプショックが過ぎ去ったかというと、その評価を下すにはまだ早い。次年度予算が成立するとともに、市場が安定したと判断すれば、トランプ大統領でありそのブレーンであるナバロ氏やミラン氏などが、米国の財政赤字や貿易赤字を是正するための強権措置の発動を企図するのではないだろうか。彼らが黙っているとは考えにくい。


それに、減税に野心を燃やすトランプ大統領であるから、財政が綱渡りの状況であるにもかかわらず、人気回復のために、不用意なタイミングでそれを口にする可能性も否定できない。一方、そうした措置を大統領が強行しようものなら、投資家が国債を再び売って“NO”を突きつけるため、事態は収束に向かうかもしれないという希望はある。


とはいえ、投資家もその匙加減を間違えると、強い返り血を浴びる危険性がある。第一、本当にこのまま、中国に対して30%の関税が課されれば、中国の対米輸出は相応に下押しされる。加えて米国は、EUや日本とも同様の問題を抱えている。中国以外の国や地域とのディールがうまくいかなければ、結局は世界経済に負荷がかかる。


このリスクオンムードは束の間で、ある程度まで相場が戻せば、再び金融市場はリスクオフムードに転じていくのではないか。米国の景気が徐々にスローダウンしている事実もある中、トランプ大統領ならびにその政権ブレーンらのこれまでの主張や行動に鑑みれば、リスクオンが今後も続くと考えるのは楽観が過ぎると言わざるを得ない。


(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)


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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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