なぜメンタル休職する若手が増えたのか…本人が損する"安易な休職"を勧める「診断書即日発行クリニック」の罪

2024年5月17日(金)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

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メンタル不調で休職する若手社員が増えている。産業医の吉田健一さんは「療養に専念するために休職制度は必須だが、休職する必要がない人にまで医師の休職診断書が発行されているケースが目立つ。安易な休職は、社員本人にとってもデメリットが多いことを知ってほしい」という——。
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■メンタル休職者は10年前の1.8倍に


従業員のメンタル不調は増加傾向にあり、特に若手社員である20代、30代で増えています。


公務員に限った調査ですが、地方公務員安全衛生推進協会の調査によると、令和4年度の「精神及び行動の障害」による長期病休者数は、10年前の約1.8倍になりました。


年収600万円の社員が半年間休職した場合、その業務を引き継ぐ同僚の残業手当など、必要となる追加コストは422万円にものぼるという内閣府の試算もあり、職場で休職者が発生するということは、物理的・金銭的な負担が生じるものです。


一般財団法人地方公務員安全衛生推進協会「地方公務員健康状況等の現況の概要(令和4年度の状況)」より

■「ドクターストップ」の証明書のはずが…


私はこれまで50団体以上の省庁・企業の産業医を務めるとともに、都内の豊洲と月島でメンタルクリニックを運営しています。診断書を受けとる「企業側」と、メンタル不調者へ診断書を発行するメンタルクリニック側、双方の立場にいますが、このメンタル不調による「休職診断書」が、適切な診断と判断により発行されているとは思えない事例に、少なからず遭遇します。


休職診断書とは、一言で言うと「このビジネスパーソンをこのまま働かせていたら危ない」というドクターストップの証明書ですが、いっけん休職する必要がない人にまで発行されている側面が拭えないのです。


私の産業医先であった事例です。ある社員が休職診断書を持参したため、産業医面談を実施しました。私がこの方に「診察した医師からは、休職したほうがいいと言われましたか?」と聞くと、次のような回答がきたのです。


「休職したいですか? お薬も出せますけど欲しいですか? と聞かれました」


この休職診断書を出した医師は、この社員の症状をみて診断書を出すべきか判断しているのではなく、「休職したい」というこの社員の申し出を、そのまま受け取って発行しているだけ、ともいえます。この医師には、社員の治療や職場への適応を支援する意図はなく、社員の希望する長期休養を口添えするための診断書作成に専念していると判断せざるを得ません。


■休職診断書を巡る「精神科医vs産業医」


もちろん、初診でも重篤な状態で2〜3カ月の休職が必要、と判断される患者さんもいます。しかしこの社員のように、初診、つまり初対面の段階でドクターストップ、かつ時には薬物療法も開始せず、ただ診断書だけが発行される事例を目にすると、人事担当者には正直に「この診断書はちょっとおかしいですね」とコメントせざるを得ません。


訴訟社会であるアメリカでは、訴訟した、された側の弁護士同士の争いが熾烈ですが、日本では診断書を出したメンタルクリニックの精神科医vs会社側の産業医という、医師同士の意見の相違が顕在化しつつあります。私も実際、産業医として、休職診断書を発行したメンタルクリニックの医師に、その診断根拠や治療の状況を照会することがあります。


近年では、ネット検索のSEO対策で「診断書即日発行」などと謳うメンタルクリニックが増え、患者さんが初診で訪れたその日に、長期にわたる休職診断書を発行するようなケースも見受けられます。


メンタル不調については、どんな状態なら休職して治療に専念すべきか、などの基準が曖昧で、法的な縛りもありません。加えて「働き方改革」などの社会情勢も、休職者が増える要因になっています。


労働者の権利が尊重されることはもちろん大切ですが、現在は「誰でも気軽に長期休職できる環境が整ってしまった」ともいえる状況です。


■会社側は社員の休職を止められない


該当者が重度のメンタル不調に陥っている場合、休職して適切な療養を経ることが必要です。その一方で、同僚や上司から「休職制度があるんだから休んでも良いんじゃない?」などと安易に休職を勧められているケースも散見されます。


さらに近年、特に都市部では精神科クリニックが乱立した結果、安直に休職診断書を発行していると思われるケースも増えてきています。


しかし、企業人事担当者の立場からすると、メンタル不調を理由に休職診断書を提出してきた社員に対して「治療しながらでも働けるんじゃないか?」とは決して言えません。大きな会社であればあるほどコンプライアンスに敏感になりますので、診断書を出してきた社員の言うままになり、ストレスを抱える人事担当者も多いのではないでしょうか。


■以前は「休みたくない」と働く人が多かった


ひと昔前は「精神科を受診すること」自体が、多くの人にとってハードルが高いものでした。さらに、昔は産業医として職場で面談をしていると、むしろ「休みたくありません」と社員さん側が休職を拒否することも多く、こちらから「あなたのうつ病は重いほうですので、今は療養に専念したほうが長期的にみて健康な生活を送れると思いますよ」などと説得するケースもあったくらいです。


ここで事例をご紹介しますと、私が診察したある患者さんは、起業家を多く輩出することで有名な企業の社員でした。「休職するとこの会社には居づらくなってしまう。職場復帰はさせてもらえるけど、その後面白い仕事を任せてもらえないのがわかってるから、休めない」とのこと。


この方はメンタル的にはとても悪い状態で、私は休職を勧めましたが、本人の希望で休職せずに治療を続ける道を選びました。結果、時間はかかりましたが状態は徐々に快方に向かい、その後、結局は転職の道を選ばれました。


■通院しながら治療することは十分可能


近年では精神科受診のハードルが下がり、患者さんの症状も比較的軽症な段階で、良くも悪くも「カジュアルに」受診しているように感じます。もちろん重症であれば休職が適切ですが、症状の程度によっては必ずしも休職は必要ではなく、通院しながら仕事を続けることも可能でしょう。


例えば、翌日の仕事が気になって夜眠れないのであれば、睡眠環境の見直しや睡眠薬や抗不安薬を試してみて、睡眠を十分確保できるようになれば、日中にクリアな頭で仕事に取りかかれたり、ネガティブ思考を払拭できてメンタルが改善するケースも多いのです。


また、日中の倦怠感や熟眠感欠如が主訴の場合、うつではなく睡眠時無呼吸症候群が原因となっていることもありますが、産業医面談で社員さんから伺う診察場面の状況からは、そのあたりを丁寧に診断しているとは考えにくいケースも散見されます。


写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■信頼できる休職診断書の見分け方


もし社員さん側の希望で安直に休職の道を選んでしまった場合、人事としては復職後の扱いに悩むことになります。往々にして、社内の花形部署での業務はキャリアアップに繋がる反面、相応の負荷がかかることから、復職した社員を配属することは、長期にわたり避けられる傾向にあるようです。安易な休職は、キャリア形成においても、非常に不利となるリスクがあるのです。


では、企業の人事担当者のみなさんが、従業員から診断書が提出された際に「信頼できる」診断書なのか、あるいは「安易に発行された」診断書なのか、を判断する方法を解説します。


①「即日発行」などを謳ったクリニックでないか

まずは、診断書のクリニック名を検索しましょう。


クリニックによっては「診断書即日発行」などの謳い文句を掲げていますので「診断書 当日」などのキーワードで検索して上位に表示されるクリニックは、診察時に患者の休職意向に基づいて、安易な休職診断書を出している可能性が高いでしょう。


■精神科医としての経験が浅い医師もいる


②医師の経歴をチェックする

次に、診断書を発行した医師の経歴や専門分野をチェックします。大学病院や公的病院の役職者などの経歴があれば比較的安心ですが、それがなく「●●●クリニック勤務」等の経歴が続いている場合、アルバイト程度の勤務歴しかない、臨床スキルに乏しい医師である可能性が高いと思われます。


実は、日本ではいまだ医師の「自由標榜制」が堅持されており、専門医の資格を持たなくとも自由に診療科を標榜することができます(麻酔科を除く)。つまり精神科医としての経験がなくとも、「精神科医」を名乗ることができるのです。そのため、ホームページでの医師の経歴チェックは、信頼できそうな医師かどうか、一つの判断材料になります。


③診断根拠が書かれているか

3点目として、診断書に診断根拠がきちんと書かれているかどうか確認します。客観的根拠を示さず安易に長期休職を指示している場合には、産業医を通じて主治医の意見を求めるような対策も必要でしょう。


■「カジュアル休職」のリスクを知ってもらう


最後に気軽な休職=カジュアル休職を減らすために、企業ができることを解説します。


①休職することによる影響の情報提供をする

先に述べたとおり、安易な休職は社員本人にとっても企業にとっても、何のメリットもありません。休職の目的とメリット・デメリットについて、社員と企業双方のヘルスリテラシーを向上させるよう、情報提供や学びの機会を設けましょう。


社員側の影響としては、キャリアの断絶、休職に伴う収入の減少があります。特に後者の収入の減少については、多くの社員さんが知らないまま休職を申し出ているようです。


ほとんどの企業において、私傷病休職は無給扱いであり、傷病手当金を申請して生活費を賄うことになります。傷病手当金は、療養のため4日以上働けなくなった場合に、従業員が加入している健康保険から支給されるお金です。


なお、主治医による休職判断(=ドクターストップ)が下されていないのに、会社都合による休職を命じた場合やパワハラなど原因が会社にある場合には、支払いの妥当性が否認されるケースもある点に留意が必要です。


写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

■周りの従業員のモチベーションを奪ってはいけない


②復職のハードルを(少しだけ)上げる

カジュアルな休職を申し出てくる従業員が多い場合は、復職のハードルを少しだけ上げる、などの「仕組み作り」も必要でしょう。例えば、職場復帰前に社外のリワークプログラムや会社独自の通勤訓練への参加を要請し、勤怠や取り組み状況を見た上で復職の可否を総合的に判断する、などをルール化すれば、安易な休職や気楽な復職も徐々に減ってくるでしょう。


さて御社は、コンプライアンスを重視しすぎて組織と個人の成長を止めていないでしょうか。カジュアル休職を黙認して、周りの従業員のモチベーションを奪っていないでしょうか。


企業の人事担当者の皆様には、毅然とした態度で企業カルチャー変革を行い、安易な休職がもたらす社会全体の損失を減らしていただきたいと考えます。


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吉田 健一(よしだ・けんいち)
産業医、フェアワーク代表
日本医師会認定産業医・精神科専門医・精神保健指定医。1999年千葉大学医学部卒業。千葉県がんセンターと千葉県精神科医療センターの医長を経て医療法人社団惟心会理事長。参議院・国土交通省ほか上場起業など50以上の団体で産業医を経験後、衆参両院や中央省庁にて法定ストレスチェックを受託。2019年株式会社フェアワークを起業。健康経営にフォーカスした組織サーベイ「FairWork survey」を開発し、2021年に経産省後援の「HRテクノロジー大賞」にて注目スタートアップ賞を受賞した。現在はオンライン社内診療所サービスに注力している。
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(産業医、フェアワーク代表 吉田 健一)

プレジデント社

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