【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由

2024年5月14日(火)4時0分 JBpress

 これまで全6回にわたり、『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集し、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学を紹介してきた。

 第7回からは2回にわたり、本書の著者ESCPヨーロッパビジネススクールのアイザーク・ゲッツ教授の特別寄稿をお届けする。前編となる今回は、ゴアとデュポンを比較し、イノベーションが生まれやすい組織の特徴について解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)(本稿)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)

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 “it keeps you dry”(防水性、防風性、透湿性を保証する)というゴアテックスのイノベーションを知らない人はいないだろう。だが、この製品を開発した会社(W.L.ゴア&アソシエーツ)は従来型の研究開発(R&D)部門を持っていないことに気付いている人はほとんどいない。

 1958年の創業以来、ゴアは1000種を超える革新的な製品を世に送り出してきた。これは、ゴアのすぐ近くにあるデュポンとは好対照を成している。デュポンは研究開発に年間10億ドル以上を費やしているにもかかわらず、1931年以来打ち出してきた革新的な製品は2ダース程度に過ぎないからだ。ゴアの年間売上高が30〜40億ドルで推移していることを考えると、同社がイノベーションに投じている金額はデュポンをはるかに下回る。だが、ゴアは数十年にわたって、他社の何分の1かの研究開発予算でイノベーションを積み重ねてきたのだ。実に驚くべき成果である。

 このように素晴らしい実績に向けた同社の取り組みはさぞや特異に違いない——いや、実際にそうなのだ。ゴアにはR&D部門も、施設も、予算も、スタッフもいない。にもかかわらず、いやだからこそ、ゴアは65年以上にわたって、エレクトロニクス、繊維、医療機器、自動車などさまざまなセクターでイノベーションを成功させてきた。そのようなことがどうして可能なのだろう?


イノベーションに向けた普通のアプローチ

 具体的な予算を与えられ、特許件数で評価される正式なR&D部門を抱える——これがイノベーションに向けた従来のアプローチだ。だがこの部門の官僚的な慣行と非効率性、さらにアイデアや取り組みに対する他部門からの抑圧もあって、期待される成果を達成できないことが通例だ。しかも、この方法に効果がないことは、市場適合性のある特許はわずか5〜10%で、実際に利益を生み出せるものは1パーセントにすぎないという事実からも証明済みである1

1 G. A. Stevens and J. Burley, “3,000 Raw Ideas =1Commercial Success!”Research-Technology Management, May–June 1997, pp. 16–27.

 ゴードン・フォワード(マサチューセッツ工科大学で博士号を取得してR&D部門も経験している)はわれわれと同意見で、次のように鋭く指摘する。「従来の企業では素晴らしいアイデアが毎日死んでいます」。

 現在の仕事が「自分たちの最も創造的なアイデアを発揮しているか」というギャラップ社の質問に対し、「はい」と答えたのは、「やる気がない」従業員のわずか17%、「反感を抱く」従業員の3パーセントだった。

「やる気がない」と「反感を抱く」人々を合わせるとアメリカの労働人口の70パーセント(アジアとヨーロッパではもっと高い)を占めるため、多くの企業が、優秀な従業員を多数抱えているにもかかわらず、イノベーションを追求する過程でスタートアップの持つライセンスやスタートアップ自体を買収する状況に追い込まれている。これはある意味でやむを得ない事態と言えるだろう。

 しかし、ゴードン・フォワードがチャパラル・スチールのCEOに就任した時にはそのような手法を採用しなかった。同社は当時、アメリカの小規模な製鉄所の一つにすぎなかったが、最終的にはUSスチールとベスレヘム・スチールを圧倒するほどに成長した。彼は組織の運営方式を根本から変革したのである。


解決策はあるのか

 イノベーションは一つの独創的なアイデアから始まるが、それぞれのイノベーションが市場で成功するには3000ものアイデアが必要だ2 。例えばある会社の従業員数が1000人で、R&D部門で働いている人がせいぜい150人だったとすると、いったいどうすれば毎年3000もの独創的なアイデアを生み出せるだろう? しかもそこから完成し、成功するイノベーションはたった一つなのだ。

2 G. A. Stevens and J. Burley, ibid.

 興味深いのは、多くの企業が自社の研究開発活動では成果が出ず、業を煮やして目を向ける先が外部のスタートアップだ、という事実である。スタートアップは、官僚的な仕組みや大規模な予算がないだけで、自社のR&D研究所と変わらない。

 そうしたスタートアップは各社とも、自分たちのアイデアを推進するために何重もの承認や、何カ月もの承認待ちを必要としない。しかも資金の少ないことが「必要は発明の母」となりイノベーションを促進する。

 注目すべきは、成功したスタートアップを持続的なイノベーションのモデルとしている企業もあることだ。その成功例を真似しようと、「社内スタートアップ」と呼ばれる、社内の官僚制からは隔離された、高度に自律的で資金も十分に与えられた研究所を設立するのである。このような方法には先例がある。

 1930年代、一部の主要企業はR&D部門の実績に対して不満を募らせていた。同時に、彼らは大学の研究室の方がはるかに革新的であることを認識していた。その主な理由は、研究者たちが従来の階層的な制約から自由だったことにある。

 大学の環境に触発されて、ロッキードは「スカンクワークス(ナチスドイツに対抗するための秘密開発部門)」を、デュポンは「タスクフォース」を設立した。このアプローチは重要な成果をもたらした。ところが、その成功にもかかわらず、自立型チームの原則はこれら大企業の組織運営方式として受け入れられなかった。その結果、これらの特別プロジェクトが完了すると、イノベーションの勢いは衰えるようになり、それまで創造的だった個人が社内の標準的な役割に戻ってしまった。

 ゴアの創業者でデュポンのエンジニアだったビル・ゴアはタスクフォースに貢献しており、この問題の回避を目指すことにした。彼はゴアの社内に正式な組織を設立することなく、タスクフォースの活気ある雰囲気を維持することに決めた。従来の組織構造とは異なる新しい運営方式を確立したのである。

 多くの企業が新しい製品やサービスの開発に注力する中で、パタゴニア(環境に配慮する商品や環境活動への取り組みで知られるアメリカのアウトドア用品メーカー)の持続可能なサプライチェーンのようなプロセス・イノベーションに取り組もうとする企業は少ない。アップルがiTunesを生み出したように、自社のビジネスモデルでイノベーションを探求する企業はもっと少ない。

 そして、社内の組織運営のあり方そのものを革新しようとした企業はほとんど存在しない。しかし製品であれ、プロセスであれ、あるいはビジネスモデルであれ、他のあらゆる種類のイノベーションの基礎を築くのはこの組織運営の変革に他ならないのだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(前編)(本稿)
■【特別寄稿】『フリーダム・インク』ゲッツ教授が解説、ゴアがデュポンより多くのイノベーションを生み出す理由(後編)

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筆者:アイザーク・ゲッツ,鈴木 立哉

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