ドラゴンボールZを熱唱すると体がスパークする…ブラジル人オタクが日本のアニソン歌手の一員になったワケ
2024年5月25日(土)8時15分 プレジデント社
■ブラジルが誇るコンサートホールでアニソンを熱唱
世界各国における漫画・アニメなどの日本のサブカル人気はますます上昇中だ。それは日本の反対側に位置するブラジルでも例外ではない。
南米ブラジルのサンパウロ市にある「サーラ・サンパウロ」は、2015年に英ガーディアン紙によって世界のベスト10に選ばれたブラジルが誇るコンサートホールだ。このホールを拠点に活動する国内最高峰のサンパウロ州立交響楽団が今年4月、アニメソングを初めて演目に選んだ4夜連続の「アニメ・シンフォニー」を開催した。入場券は発売3日で早々に完売し、近年の日本アニメの人気の高さを証明した。
筆者撮影
今年1月に行われた「アニメフレンズ・プレミア」のステージで - 筆者撮影
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サーラ・サンパウロでの一コマ。写真右側に立つのがクルーズさん - 筆者撮影
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オーケストラ演奏による全26演目中6曲を歌った。 - 筆者撮影
そのアニメ・シンフォニーでただ1人、交響楽団と合唱団をバックにゲストとしてソロボーカルを務めたのが、ブラジルで歌手として活躍するヒカルド・クルーズさん(42)だ。クルーズさんはブラジルのアニソン歌手としては無二のカリスマとして知られており、ブラジル国内外で日本の人気アニメの主題歌をポルトガル語ではもちろん、流暢な日本語でも歌っている。
■アニソングループ「JAM Project」の準メンバー
また、ヒカルドさんは日本の人気アニソングループ「JAM Project」の準メンバーでもある。
JAM Projectは影山ヒロノブやきただにひろしが在籍するほか、2022年に他界したレジェンド水木一郎氏が設立時にリーダーを務めたことでも知られる実力派アニソングループだ。
コンサートでは先日訃報が伝えたれた鳥山明原作のアニメ『ドラゴンボールZ』の主題歌「CHA-LA HEAD-CHA-LA」や『聖闘士星矢』の「ペガサス幻想」などを熱唱した。
「2015年の横浜アリーナでのJAM Projectの15周年記念公演以来の緊張でした。普段は慣れ親しんだアニメイベントやキャパ200人ほどの小さなスペースで歌っていますからね」
■つかみ取った歌手としての道
なぜクルーズさんは遠いアジアの国の歌手グループのメンバーとして迎え入れられたのか。
クルーズさんは1982年にサンパウロのアッパーミドルの家庭に生まれた。
1988年から90年代のブラジルでは、日本の特撮ドラマ『巨獣特捜ジャスピオン』『世界忍者戦ジライヤ』が集中的に地上波放送され、当時のブラジルの子どもたちを虜にした。特撮ドラマがブラジルで旋風を巻き起こした経緯は〈始まりは日本から持ち帰った18本のビデオだった…ブラジルで『特撮ヒーローブーム』を作った2人の日系人〉で触れたが、クルーズさんも例外ではなくどっぷりと日本のサブカル文化にはまったのだった。
マンガとアニメで火がついた日本への興味を、特撮ヒーローたちから受けた波状攻撃によって“爆上げ”させられたクルーズ青年は、1999年に栃木県宇都宮市の高校に1年間留学。カラオケボックスの歌本に特撮ドラマ主題歌を見つけて熱唱すると、その声量と歌唱力に日本人の仲間から一目置かれたという。
帰国後は東洋人街のカラオケ店で歌を楽しみながら、日本のポップカルチャーへの造詣と日本語能力の高さを活かして、漫画のポルトガル語翻訳版を発行する日系出版社に勤めた。
■影山ヒロノブに「歌わせて」と直談判
転機が訪れたのは自身が立ち上げに携わったアニメイベント「アニメフレンズ」の2004年第2回開催だった。
©HIGHWAY STAR
クルーズさんが作曲した「静寂のアポストル」発表時のJAM Projectオフィシャル写真 - ©HIGHWAY STAR
日本から招いたJAM Projectメンバーのひとりが、長旅で喉を痛めて本番に向けて大事を取った際に、「リハーサルでそのパートを歌わせてください」とJAM Projectのリーダー・影山ヒロノブに申し出た。クルーズさんにとって影山さんは憧れの存在で、留学中に公演を見に行ったほど。リハーサルであっても、憧れの存在に対して一緒に歌うことを提案するとは、当時22歳にしてなかなかの強心臓の持ち主だ。
ブラジル公演を終えて日本に帰国した影山さんから促されるままに、クルーズさんは自らの歌声をカセットテープに録音して送った。その結果、見事メンバー募集のオーディションを通過し、翌2005年には準メンバーとしてJAM Projectに加わったのだった。
「ブラジルに変なガイジンがいるって、面白がってくれたんじゃないかな」とクルーズさんは振り返る。
ブラジルを拠点としているためJAM Projectへの参加は不定期だ。しかし、2019年にはJAM Projectが歌ったアニメ『ワンパンマン』第2期のオープニング曲「静寂のアポストル」を作曲するなど、準メンバーとは思えないほどの活躍をしている。
■オタクを「冴えない」「ダサい」から「クール」にしたい
クルーズさんはアニソン歌手以外の顔も持つ。昨年、特撮ドラマを主に日本のポップカルチャーをテーマとした出版社「モズ」を設立し、今年1月に刊行第一弾として『決定版ジャスピオン図鑑』を発表した。3月には80、90年代に日本とブラジルで発売された雑誌、玩具、VHSなどを展示した「ジャスピオン展」を7日間にわたって開催し、約2300人を動員。ブラジルの特撮オタクを熱狂させた。
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30、40代のブラジル人の憧れであるジャスピオン関連グッズが展示された - 筆者撮影
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ジャスピオン愛好家を招いてのトークセッション。右側がクルーズさん - 筆者撮影
なぜクルーズさんはブラジルでの活動を続けるのか。
長らくオタクには“冴えない”“ダサい”あるいは“キモい”などネガティブなレッテルが貼られてきた。海外で使われる英語の同義語「nerd(ナード)」にも“まぬけ”“社会性のない人”という意味があるので、蔑まれてきた環境は日本と同じようだ。
「でもいまではオタクがクールな存在なんです」とクルーズさんは近年、日本のポップカルチャーに対しての認識が、世界で変わりつつあることを喜ばしく語る。
Netflixなどの配信サービスが普及する前の地上波放送全盛のころ、ブラジルではアニメや特撮ドラマは、子供番組の枠で放送されていた。ブラジルでも日本のポップカルチャーは“子供じみたもの”“いつかは卒業すべきもの”として大人から蔑まれてきた。
「14、15歳の成長期には、同じマンションに住んでいる友達から『お前、いつまでチェンジマン見てんの?』ってバカにされたこともあったし、オタクじゃない友達が家に遊びに来るときには、大量の特撮の本やビデオを戸棚に隠そうとしたこともありました」
クルーズ青年にも特撮ヒーローマニアでいることが恥ずかしかった時期があった。
■好きなものを極め続けることは恥ずかしいことではない
「それでも当時の僕は毎日が特撮漬け。学校以外では特撮ドラマを見ているか、東洋人街に特撮の本を探しに出かけているかのどちらかでした。僕が初めて買った大人向けの特撮本は『超人画報』で、今でもバイブルとして持っています。1996年から語学学校で日本語を習ったんですが、授業後に特撮の本を見せながら先生を質問攻めして困らせていましたよ。当時、親戚の集まりにはまったく顔を出さなかったので『あいつ日本の特撮ばっかり見ていて大丈夫か?』って叔父さんに心配されました」
そんな周りの声をよそに、両親は特撮一辺倒のクルーズさんを温かく見守った。
「特に母とは一緒にアニソンを楽しんで聞いていました。『次はサンバルカンが聞きたいわ』ってよく言ってくれました」
いつしか、世間広くからは認めてもらえない自分の好きなものを極めることを恥ずかしいとは思わなくなった。今は亡き母親は、自らが特撮・アニソン一直線の道を歩むにあたって大きな支えだった。
©Ricardo Cruz
在りし日の母クレイゼさん(中央)。2003年にブラジルを訪れた特撮の歌手や俳優を手料理で招いた。左から4人目がクルーズさん - ©Ricardo Cruz
■「本物」のアニソンをブラジルにも届けたい
誰よりものめり込んだ特撮ヒーローとアニソンだからこそ、クルーズさんは自らが水先案内人となってブラジルのファンのコミュニティーをもっとクールにしたいと意気込む。クールに変えていくには質の底上げが必要だ。
「ブラジルの特撮とアニソン好きにもっと日本の本物を捧げたいという気持ちがあります。80、90年代にブラジルで発売されていた特撮ヒーローの雑誌は紙質が悪く、写真も日本の印刷物からの複写でクオリティが低かったんです。今回、僕たちがリリースした『決定版ジャスピオン図鑑』の図版はすべて東映さんから提供していただきました。日本でも未発表の写真が多く、特にブラジルのファンは見開き大の写真に圧倒されたと思います」と自信をのぞかせる。
一方、歌については、その環境を嘆くこともある。
「ブラジルの地方都市で歌うこともありますが、それらの街では最低限の環境が整っていない場合もあるんです。招待されて歌いにいったら音響設備がなかったり、会場が学校の校庭で、観衆を自分で歩き回って呼び集めなければならないこともありました。悲しくなりますよ」
■アニソンの血潮を受け継いだアーティストになる
アニソンの本場日本と比べて、ブラジルの業界規模が微々たるものであることは周知の事実だ。しかし横浜アリーナで歌った経験があるからこそ、自分の歌声を聴衆に届け、アニソン人気を高めるためにイベント主催者にもプロ意識を持ってほしいと願う。
「ブラジルで人気のアニソンだけを歌っていては、さらに大きなステージへとは飛び出せず、自分もアニソンや特撮のコミュニティーも成長できません。アニソン歌手でありながら、アーティストとしても成長したいので、架空の特撮ヒーローを想定した日本語のオリジナル曲も作り、YouTubeで世界に向けて発信しています」
目標はイベントを盛り上げるだけの歌手ではなく、ブラジルでアニソンの血潮を受け継いだアーティストとして確立することのようだ。
©Ricardo Cruz
クルーズさんの日本語オリジナル曲「マシン・ドリーマー」PVより - ©Ricardo Cruz
■歌に言葉の壁は存在しない
出版企画も含め、クルーズさんは今が自らの夢をさらに大きく膨らませるチャンスだと感じている。
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「アニメ・シンフォニー」終演から2日後。その充実を語ったクルーズさん - 筆者撮影
「ブラジルでは80、90年代に特撮ヒーロードラマを見て衝撃を受けた世代がいまや40代で、自分のお金で好きなものを買える年齢になっているんです。親になって自分が憧れたヒーローを子供と分かち合いたいという人もいますからね」
なるほど、今はブラジル特有の日本特撮ブームから世代が一巡し、人気再燃を仕掛けるには絶好機なのかもしれない。
「歌については、K-POPの世界的人気が証明するように言語の壁はもはや存在しません。アニソンをもっと広い層に聞いてもらいたいですし、僕もブラジルでその輪を広げていきたいです」
大人世代のノスタルジーを誘い、人気のアニソンで若者を惹き付け、アーティストとしてさらに花開けば、自分に付いてきてくれるオタクたちももっとクールな存在になれる。出版と歌のほかにもイベント司会者、オンライン日本語講師などさまざまな活動を忙しくこなすクルーズさんにはそんな思いがあるのかもしれない。
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仁尾 帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)