軽BEVの走行コストは安いのか、押し寄せる「充電大幅値上げ」の影響

2023年6月25日(日)6時0分 JBpress

 日産自動車「サクラ」、三菱自動車「eKクロスEV」の登場によって身近な乗り物になった軽自動車規格のバッテリー式電気自動車(BEV)。だが、時間あたりの充電電力量が少ない“ミニBEV”だけに、走行コストの問題は気にかかるところだろう。果たして軽EVはお得なのか損なのか──。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏がeKクロスEVで長距離試乗を行い、その走行データを交えながら検証した。(JBpress編集部)

*【前編】『軽BEVは実際どのくらい走れるのか、三菱「eKクロスEV」の長距離試乗で検証』を読む


燃費のいいガソリン車と比べた軽BEVの走行コスト

 BEVは値段は高いが走るコストは普通のクルマより安い──というのがこれまでのイメージだった。自宅で充電するのであれば、電気料金が上がった今でもおおむねその通りであるが、出先での充電についてはその構図が突如崩れた。

 今年3月末、日本最大の充電ネットワークの元締めである電力業界主導のイーモビリティパワー(以下eMP)社が急速充電、普通充電の双方について大幅値上げすると発表したのだ。

 エネルギー高騰を値上げの理由としているが、上げ幅はそれだけでは説明がつかないくらい大きい。eMP社は充電スポットを設置している事業者に提携料という名目でお金を支払っているが、エンドユーザーへの値上げと同時にその提携料の引き上げも発表している。

 日本では急速充電器の設置、運用に費用がかかりすぎるため赤字にならざるを得ず、分配を手厚くしないと充電スポットの廃止が続出してインフラが崩壊しかねないという局面にある。その困難な状況を乗り切るための苦肉の策と言ったほうがいいかもしれない。

 だが、ユーザーにとっては1kWhあたりの電気代がすべて。普通充電であろうと急速充電であろうと、ガソリン車より高くなるようならそもそもBEVに乗る意味がない。

 今年7月以降の普通充電の料金は、会員が3.85円/分、1時間あたりに直すと231円。このほかに急速、普通充電の両方を使う会員の場合で4180円、普通充電のみの場合で1540円の月会費がかかる。月会費を払わないビジターの場合は15分までが132円、以後は1分8.8円。1時間あたりだと528円である。

 筆者はロングドライブ中、幾度か普通充電を試してみた。そのうち静岡〜愛知県境にある道の駅「潮見坂」での200ボルト15アンペア=3kW充電を例に取ると、スタートから3時間15分で充電率は39%から89%へと50%ぶん回復した。新料金体系の会員価格の場合、充電料金は750.75円。投入電力量のほうはというと推定9kWhである。1kWhあたりの充電器使用料=実質電力料金は83.4円だ。

 1kWhあたり10km走ると仮定すると、走行コストは1kmあたり8.3円となるが、これはレギュラーガソリン価格166円、燃費20km/リットルの軽自動車とブレイクイーブン。それより燃費のいい軽自動車には負ける一方である。

 BEVに力を入れてきた日産も9月に独自サービス「ZESP3」の値上げを行う。従来、普通充電料金はプランによって無料〜1.65円/分だったが、それが3.3円/分になる。トヨタ自動車はすでに今年4月「EV・PHVサポート」を値上げ済み。4.95円/分プラス月会費と高額だ。

 自動車メーカーが独自の充電サービスの価格をこれだけ大幅に引き上げたのはeMP社の卸価格引き上げの影響とみられる。大容量バッテリーを搭載する高価格帯のBEVを除き、とくに影響を受けるのは、自宅での普通充電ができない集合住宅住まいのユーザーだ。

 BEVを使うベースとなる普通充電の公共スポット利用料金がこれほど高くなっては走行コストでガソリン車にボロ負け。住宅事情の悪い都市部に公共スポットを整備してBEVの普及を図るという行政プランは、先行きが危ぶまれる事態と言っていい。


軽BEVにとって値上げが不利になる理由

 乗り心地、静粛性、加速力といった商品性に関しては、軽BEVは明らかに素晴らしい特性を持っている。

 eKクロスEVの0─80km/h加速は8秒2と、一般的な軽のターボカーを大きく凌駕する水準だったが、そればかりでなくスロットルを踏んだ瞬間から一呼吸置かず加速が始まるため、実用上の速さではさらに差が広がる。そういう商品性をセカンドカー、ないしは近場専用で味わうというのであれば、得難い選択であることは間違いない。

 問題は走行コストだ。前述したように、今年に入ってからのeMP社の料金改定は完全に超高速タイプの急速充電器、大容量バッテリー車偏重型のもので、時間あたりの充電電力量が少ない小容量バッテリーカーにとっては相当なネガティブインパクトがあった。

 クルマを保有していれば、時には遊びにも使いたくなるというもの。出先での充電を必要とするお出かけのコストはどのようなイメージになるのか。その一例として、筆者がeKクロスEVのロングツーリングで鹿児島に滞在中に試した、大隅半島にある本土最南端の佐多岬を巡る261.2kmのワンデードライブを紹介しよう。

 鹿児島市から錦江湾の奥部、桜島を経て本土最南端の急速充電スポットがある道の駅「根占(ねじめ)」までは128.5km。滞在先に充電設備がないためそこまで中継充電を一度行ったが、フル充電スタートであれば余裕で到達できる距離である。

 そこの急速充電器は最高で74アンペアしか電流が流れない低性能機。その先、佐多岬までは標高差数百mの急勾配が連続する往復70kmのマイレージということで念のため20分充電することとなったが、その充電器があるからこそ足の短い軽BEVで本土最南端を訪問できるのだ。決して無用のものではない。

 佐多岬からの帰路に道の駅根占でもう1発、10分間充電し、今度は陸路ではなく桜島フェリーを使って薩摩半島へ。到着時の充電率は10%を切っていたが、佐多岬といえば薩摩半島在住者も滅多に行かない場所。そんなところへも途中、合計30分、12kWhぶんの充電で行けるくらいの性能はあった。

 問題はコストである。このドライブの充電をeMP社のサービスで行ったとしよう。

 月4180円の基本料金を払えば合計30分の充電に支払う料金は27.5円/分×30分で825円。ただし頻繁に出先で充電するのでなければ基本料金が重くのしかかる。100分使ったとして41.8円/分が上乗せになるのだ。その場合、基本料金なしのビジター料金のほうが安いが、その30分充電料金は1650円。前述のように投入電力量は12kWhだったので、1kWhあたりの電気代は実に136.8円にのぼる。

 それに到着後の充電に要する430円を加えると2080円。ガソリン価格を165円/リットルと仮定すると、燃費リッター20.7kmのクルマとようやくブレイクイーブン。電気料金の高い電力会社のエリアであったり、急速充電で走行する比率がこれより高くなったりした場合は一気にBEVのほうが高コストとなる。


軽BEVはパーソナルモビリティの役割を果たせるか

 充電料金の大幅値上げが相次ぐ中で相対的に超お得となっているのは、三菱自動車の充電サービス「電動車両サポート」である。

 三菱系ディーラーで急速充電を行う場合、今のところ使用料は5.5円/分と激安、道の駅や行政機関などにある公共スポットもコースによって8.8円/分から13.2円/分とリーズナブルな価格。他社ディーラーの充電器を利用する時のみ16.5円/分と少々お高いという料金体系である。普通充電はコースによって無料〜1.65円/分と、こちらも廉価だ。

 このプランで佐多岬ドライブの料金を計算すると、途中充電の料金は道の駅の8.8円×30分=264円。到着後に自宅で充電できるなら、多めに見積もって九州電力の従量契約の第3段階料金26.88円/kWh×16kWh=430円。260kmドライブの費用がフェリー代を除いて合計600円ほどというのは激安以外の何物でもない。

 三菱自動車が充電サービスの料金を安価に設定したのは、「アイミーブ」「アウトランダーPHEV」など、単位時間あたりの充電電力量が少ない小容量バッテリーの電動車両だけを手がけてきたという同社のビジネスの経緯が深く関わっている。

 充電電力量が少なければ料金も安いのが道理というユーザー感覚を尊重した料金設定で、単に激安価格で顧客を釣ろうしているわけではないのだ。

 eMP社の充電料金大幅引き上げは、やむを得ない部分はあるにせよ、やり方がまずかった。高速、超高速タイプはいざ知らず、普通充電や性能の低い急速充電器までユーザーが利用する気をなくすくらいの値上げを行ったのは、結局のところeMP社を主導する電力業界にとってEV充電ビジネス=B2B、お客さまはEVユーザーではなく充電スポット設置業者だからだ。

 たしかに普通充電器や低スペックの急速充電器の設置業者に支払われる単位時間あたりの料金は上がるだろう。だが、高額な料金が嫌われて使われなくなれば収入増どころか、存続さえ危ぶまれることになる。

 三菱自動車とて、eMP社に支払う充電ネットワーク利用権の金額が爆上げされたのは他メーカーと同じ。今はその値上げ分を三菱自動車が被っているという状況で、今後もこの水準を維持できるかは不透明だ。しかし、重要なのは料金水準より、充電電力量の少ないユーザーには低廉に、多いユーザーにはそれなりにという課金の公平性だ。eMP社が三菱自動車から学ぶべきはそのB2Cスピリットである。

 今後数年でトヨタ・ダイハツ・スズキ連合やホンダなどが軽BEVを続々投入する予定だ。軽BEVは製造時に膨大な量のCO2を排出するリチウムイオン電池の搭載量が少なく、環境負荷を減らす効果が大型のBEVより格段に高いという絶対正義を持つ。

 だが、今のままでは事業所に充電器を設置するルートバンをはじめとする商用車はまだしも、自宅で充電できるユーザー限定、それもひとたび遠出すればガソリン車よりずっと高い走行コストを払うことになる軽乗用BEVはユーザーから敬遠される商品になってしまう。

 今後、軽BEVが自宅や事業所周辺にくぎ付けとならず、走行距離が長くならざるを得ない地方部においてもしっかりとパーソナルモビリティとしての役割を果たせる乗り物になるのか。そのためには、大型のバッテリーカーにとっては無用の長物だが小容量バッテリーカーにとっては使う価値のある低性能な充電器の利用料を高速機と別レイヤーにするなど、B2Cの視点に立った工夫をeMP社、電力業界に迫る必要があるだろう。

 日本自動車工業会はここ10年の間に他業界や政府との交渉力を落としてしまったが、一念発起してより良い電動車の使用環境整備に尽力していただきたいところだ。

筆者:井元 康一郎

JBpress

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