大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」

2023年8月28日(月)4時0分 JBpress

 本連載は、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏が満を持して上梓した新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。

 第3回となる本稿では、「両利きの経営」を掲げて失速したコダックと成熟事業の中から連続的に新規事業の種を見出すことに成功した富士フイルムの比較などを通じ、「バックキャスティング」に潜む罠に陥らず、イノベーションを生み出し続けるシナリオプランニングや「非線形思考」など、VUCAの時代を生き残る秘訣に迫る。 

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」(本稿)
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは

■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由(9月11日公開)
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価(9月19日公開)

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「100キロ先を見よ」

 ソフトバンクの孫正義社長は、「100キロ先を見よ」と語る。

 船酔いをするときは、たいてい近くを見すぎている、近くの景色は流れていくため、それを目で追うと船酔いしてしまうのだ。遠くの一点はそれほど動かないので、それを見ていれば船酔いを避けられる。それが、100キロ先を見るということだ。

 世の中では、着地点から逆算する「バックキャスティング」が喧伝されている。ただし、バックキャスティングには3つの落とし穴がある。

 1つ目は、よほど視野を広げない限り、着地点そのものを見誤ってしまうことだ。「未来予想図」などと銘打ちながら、実はまったく飛べていない着地点から逆算している企業があまりにも多いのは、笑えない話である。

 2つ目は、着地点の確からしさを見極めようとすることだ。未来は、不確実なことだらけである。たとえばAIが人間の知能レベルを超える「シンギュラリティ」が本当に来るのか、来るとしたらいつなのかなどということは、誰にも分からない。したがって、それは仮説として置くしかなく、その正しさを議論しても意味がない。大事なことは、その着地点が今より十分に非連続であることだ。

 3つ目の落とし穴は、当面の打ち手がずれてしまうことだ。着地点にばかり気を取られていると、足元をすくわれる。一方、確実に歩み出そうとすると、着地点にはいつまでたっても届かない。「着眼大局、着手小局」とはいうものの、その着手が難しい。

 ファーストリテイリングの柳井正社長は、よく次のような小話をする。

「今、壁を垂直に歩けと言われても絶対にできないが、1日に1度ずつ傾けていくと、いずれ慣れて垂直に歩けるようになる」

 もちろん、まともに考えると、忍者かスパイダーマンにしかできない芸当である。とはいえ、少しずつストレッチの量を増やしていけば、不可能と思っていたことがいずれ可能になるという教えである。「未来に向けていかに角度を上げていくか」が、知恵の絞りどころとなる。


未来を妄想するパワー

 シナリオプラニングはコンサルタントが得意とする手法だ。シナリオを考えるうえで、どこまで想定外をシナリオとして置けるかが重要になる。

 通常企業が中期計画や長期計画を考えるとき、まず未来の着地点を構想するが、そこではあり得ないシナリオは排除される。なぜなら、実現可能性の低い未来に向かっては、誰も本気で取り組もうとはしないからだ。シナリオプラニングといいつつも、結局、ある範囲内に収まるようなシナリオになってしまう。シナリオを超える現実に直面すると、「想定外」という言い訳が飛び出すが、始めから視野に入れていないのだから当然だ。それでは、VUCA時代の未来を拓くことはできない。

 プランAを想定内の範囲に限定しておくのはいい。しかし、プランBは思いきり上振れしたときを想定して描く。そしてプランCでは、世の中にあり得ないことが立て続けに起こる事態を想定する。現状の延長線上の思考に陥りがちな社内の常識派からは、荒唐無稽だというそしりを受けるくらいでなければだめだ。あえて起こり得ないことを想定するのが、プランB、プランCのポイントである。

 確からしさを議論するのはプランAだけでよく、プランBとプランCは確かではないことを議論する。両極端を書くことで、シナリオに幅ができる。

 ただし、これらのシナリオプラニングをコンサルに「外注」する企業をよく見かけるが、これはいただけない。

 特にプランAのような想定内シナリオは、コンサルがもっとも得意とする領域である。しかし、それは当たり前の未来図でしかなく、さらにいえば、明日の常識(コモディティ)を示しているにすぎない。

 私がマッキンゼー時代、隣のチームがクライアント企業から未来有望な事業候補の策定を依頼された。プレゼンを受けたクライアント企業の社長は、プレゼン資料を掲げて「これはNGリストだと思え」と社員に語ったという。コンサルが考えつくような未来は、あっという間にレッドオーシャンになるだけだと、3カ月、1億円をかけてNGリストを作らせたというのだから、あっぱれである。

「未来を予想する確実な方法は、自ら未来を創ることだ」

 パーソナル・コンピューターの父として知られるアラン・ケイの名言である。

 他社の託宣に頼ってはならない。未来は自らの志で描き、自らの手で作り上げるものである。そのような未来こそが、その企業ならではの北極星となるのだ。

 村田製作所では、中島規巨社長が若手社員を集めて、「未来妄想ストーリー」を描かせている。まさに社員の「妄想」こそが、未来を実現しようとする情熱を掻き立てるのだ。「スピリチュアル・シンキング(霊的思考)」のパワーである。


S曲線の波乗り

 生命同様、事業にもライフサイクルがある。一般的に事業は、生成期・成長期・成熟期・衰退期の4つのライフステージを経過していく。生成期では緩やかに上昇し、成長期では急激に上昇し、成熟期には上昇が止まり、衰退期で下降に向かう。このように事業は時間軸上でSカーブを描く(図23)。

 1つの事業が終わり、次の事業が始まると次のSカーブが描かれる。前の事業の衰退期と次の事業の生成期が重なるが、これを乗り換えるのは難しい。とくに、衰退期と生成期の状態はまったく違うので、困難を極める。

 日本では一時期、『両利きの経営』がもてはやされた。不確実性の高い新規事業の探索と、安定した利益を確保する成熟事業の深化を、高いレベルでバランスさせよという教えである。もっとものように聞こえるが、実はそれが命取りとなる。Sカーブをつぎはぎしても、骨太な未来を想像することはできないからだ。

 コダックは、両利きの経営を掲げて失速していった。それに対して富士フイルムは、成熟事業の中に新規事業の種を見出し、第2、第3のSカーブを生み出していった。既存と新規、探索と深化をデジタルに切り分けてはならない。その間の相乗効果を時間軸上でいかに生み出していくかが、経営の難しさであり、醍醐味でもある。

 Sカーブの波乗りには、動的な思考能力が不可欠である。そのためには、時間軸上で、自らの立ち位置をずらし続ける知恵がカギを握るのである。


線形思想から非線形思想へ〜創発する世界

 パラダイム・シフト1のメッセージは、線形思想から非線形思想への転換である。線形思想では、想定される因果関係で物事が起こると考える。これは現状の延長戦で考えやすく、方程式になりやすい。

 一方の非線形思想は、第3章の複雑系の項目で議論した通り、さまざまなものの因果関係が思いもよらないかたちでつながっていくことを想定する。たとえば、北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こるという「バタフライ効果」が典型例である。それが「カオス」と呼ばれる現実世界の実態である。

 理論生物学者のスチュアート・カウフマンは、そのような「カオスの縁」から生命が生まれてくると論じる。それは「創発」という言葉で表現される。

 創発とは、予測できないことが偶然に重なることによって起こることだ。あらかじめ想定したり、シナリオに織り込むことは不可能である。

 そしてそのような創発こそが、イノベーションの原型となる。次世代イノベーションを生み出すためには、非線形思考が不可欠なのである。ではそれを身につけるには、どうすればいいか。

 先は読めない。しかし、少し前に出れば必ず何かが見えてくる。それを私は「学習優位」(Familiarity Advantage)と呼んでいる。その詳細は、PS5の「勝ち軸」のところで論じることとしたい。

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」(本稿)
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは

■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由(9月11日公開)
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価(9月19日公開)

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筆者:名和 高司

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