性犯罪者になったK-POPスターを一途に推してしまっていた…愛したファンを襲った理不尽な罪悪感
2024年9月12日(木)10時15分 プレジデント社
※本稿は、オ・セヨン著、桑畑優香訳『成功したオタク日記』(すばる舎)の一部を再編集したものです。
■ファン歴は5年、推しの懲役は6年
罪なき罪悪感(2020.04.18)
『成功したオタク』という映画の企画書を書きはじめたのは2019年5月だから、ほぼ1年が経った。いろいろなことがあり、20回近く撮影をしたが、まだ撮影すべきものも、解決されていない悩みもたくさんある。
この1年のあいだに、「n番部屋事件」が表面化した。チョン・ジュニョンは性売買斡旋の容疑でも罰金100万ウォンの略式命令を受けた。100万ウォン。最近わたしは家庭教師をして毎月250万ウォンを稼いでいる。100万ウォンは、あの人が自分の過ちを認めるに値する金額だろうか。いや、そうではないだろう。本当にもどかしい。現在裁判が進行中なので様子を見たいが、第1審では懲役6年の判決が言い渡された。それ以上長くなる可能性はあるのだろうか。いや、ないだろう。
コンサートやサイン会の現場でたびたび一緒になって顔を覚えたウンビンはファン歴7年だという。わたしはファン歴約5年。チョン・ジュニョンが6年、あるいはもっと短いあいだだけ服役して出所すればいいなんて。おかしな話だ。
映画をつくりながら、誰も傷つけたくないと思った。誰かを責めたりからかったりはしたくないと。相手が犯罪者だとしても、毎日わたしが新聞を読みながら「クソ野郎」「カス野郎」と悪態をついていても、映画で罵倒してはいけないと思った。そういうことを言いたくてつくる映画ではないからだ。しかし最近は、その考えが正しいのか、よくわからない。勇敢な人たちが身の危険を冒して、自分のため、女性のため、よりよい世の中のために声を上げているなかで、この映画は時代遅れではないだろうか。車のギアをニュートラルの位置にすると後ずさりするというが、わたしはギアをニュートラルに入れているのかもしれない。だとすれば、怖いことだ。
■スターが10人、20人と犯罪者に名を連ねた
大衆にイメージを売って生きるスターたちが、ひとりふたりどころか、10人、20人と新聞の社会面をにぎわせる。「罪を犯した」「性犯罪の加害者」「グループチャットをつくって女性に性的暴行を加え、売春もセクハラも、ありとあらゆる悪事を働いた」と。
正直、とてもつらかった。だって、裁判所の入り口でフラッシュを浴びなかったら一生見ることもなかった「博士」(メッセージアプリのチャットルーム「博士部屋」で児童・青少年を脅迫して作成したわいせつ物を流布した容疑などで起訴された、チョ・ジュビンのこと。2021年10月、韓国最高裁判所で懲役42年の刑が確定した)と、青春の半分をともにしたチョン・ジュニョンを同じように受け止めることはできない。だから、苦しかった。
チョン・ジュニョンのファンたちは、彼の美しい人生を信じ込んでいたのが痛々しい。これまでのつくられたイメージの裏に素顔が隠れていただけだとしても、すぐには受け入れがたい。わたしは、やるせない気持ちでいっぱいだ。わたしがあなたを好きだった理由がまやかしだったとは思いたくないけれど、あなたのすべてが否定されている状況で、何を信じ、何を選ぶべきか判断できないから。本当に、苦しくてつらい。
写真=iStock.com/simarik
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■犯罪者を推すことは、罪なき罪かもしれない
愛しすぎただけなのに、なぜわたしが罪悪感を抱かなければならないのか。
ファンはスターの目撃談で盛り上がる。誰かがSNSに顔をアップした瞬間、すぐにファン同士が交流するサイトやSNSでシェアされる。集合写真のなかの小さな顔でさえ、共有したいからだ。
推しと一緒に写っている人が芸能人ではない一般の人だとしても、何度も写真で見ているうちに顔を覚える。ああ、この人は推しの友だちなんだ、と。ところが、推しと友だちが一堂に会して? 姿を法廷で見ることになるとは、想像すらしていなかった。なんと、法廷に立った5人のうち、有名なスターはひとりだけにもかかわらず、わたしは全員のことを知っていたのだ。ひとりひとりの名前まで。あまりに滑稽で、胸が張り裂けそうだった。
そして、ふとこう思った。わたしは知らなかったのだろうか。あの集団のあまり良くない噂が聞こえてきたとき、「違う」とただ否定するだけでよかったのか。知りたくなかったのではないか。知ろうとしなかったのではないか。それとも、知っているのに知らないフリをしたのか。だったら、わたしは傍観者なのか。もしかすると加害者なのか。あの人を愛したわたしとは……。罪なき罪悪感に苦しんでいたけれど、罪がないわけではないのかもしれない。何も知らずに好きだったわたしは被害者だと思っていたけれど、ひょっとすると傍観者だったのかもしれない。苦しい。自分のことが、とても憎い。
写真=iStock.com/andriano_cz
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無題4(2020.06.12)
疲れたので早い時間に横になってゴロゴロしながら、気になっていた動画を思い出してYouTubeを見た。ふと、本当にふと、あの人が歌う姿が見たくなり、特に「スーパースターK4」(韓国Mnetで放送されたリアリティ音楽オーディション番組)の時代がとても懐かしくなって、いくつか検索してみた。
「アウトサイダー」のステージを見つめながら思った。そう、だから好きだった。こんな人だから、好きだったんだ。オーディション番組に出て、こんなにもカッコよく自由で魅了的な姿をさらけだせる人は、どれぐらいいるだろう。
オッパ(韓国の女性が親しい年上の男性を呼ぶ言葉。ファンが”推し”に対して使用することも多い)のことが大好きだったという事実をあらためて感じた。数年前の歌なのに一つひとつの歌詞を自然と口ずさみ、生放送を見守っていたときの空気も生き生きとよみがえった。すごく苦しい。オッパはイケメンで歌も上手だった。YouTubeのコメント欄を見ていると、さらに苦しくなった。あの人を好きだとか、かばいたいとか、そういうわけではない。ただ、かつてわたしが愛した人だから。
オッパ、なぜあんなことをしたんですか。本当にどうして。わたしが知っていたオッパの姿と違うのは、なぜですか。どうして今、オッパは拘置所にいるのでしょうか。わたしはソウルの大学に進学して、映画を勉強しています。そう伝えたかったのに。なぜ、そんなところにいるのか。本当に、どうして。
日記帳を探さずにそのままにしておいた理由。過去の動画のなかでもわたしが出ている(自分でもアホらしいと思いながら)ものだけを選んで観た理由。やっと気づいた。わたしは、自分の好きだった、愛していた、あのオッパが社会面を飾る犯罪者になってしまった事実を、まだ受け入れる準備ができていないようだ。
■母の推し俳優はセクハラ疑惑で命を絶った
お母さんのオッパ(2020.09.17)
テレビが大好きだった幼い頃は、誰かが新しいドラマに出演したり、新しいアルバムの曲を歌ったりするたびに、その人に夢中になっていた。そのたびに母に自慢して、いい気分になった勢いで、母にもお気に入りの芸能人がいるのか尋ねた。母の答えはいつも同じだった。好きな歌手はイ・ムンセ。好きな俳優はチョ・ミンギ。
毎日かけ流しているテレビの音楽番組にイ・ムンセが出演することはほとんどなかったが、チョ・ミンギの姿はいろいろなドラマで目にしていた。母はたまに冗談交じりに「ミンギオッパが出るドラマを観なきゃ」と言った。母が誰かを「オッパ」と呼ぶのが新鮮で、わたしはいつも笑い転げていた。
写真=iStock.com/ATHVisions
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2018年2月、チョ・ミンギが教授として在職していた清州大学演劇映画学科の学生たちにセクハラをしたという疑惑が浮上した。それを機に、数多くの人たちが被害を暴露しはじめると、チョ・ミンギは強硬に対処するとした当初の反応を覆し、謝罪文を発表して過ちを認めた。その後、勇気を出して声を上げた被害者たちを応援し、支持する声が大きくなった。しかし、チョ・ミンギは警察の取り調べを3日後に控えた3月9日、自ら命を絶った。
セクハラについての捜査は、加害者の死亡に伴い「公訴権なし」で終結した。取り調べが始まる前に死を選んだのは、自らの過ちを悔いての選択とは思えない。チョ・ミンギの死は、むしろ加害の最終形態であり、被害者と周りの人たちに、一生消えることのない傷を残した。亡くなる前に、事実と異なる噂や憶測が広がったことに苦しんでいたともいわれている。もしかしたら、それさえもチョ・ミンギが犯した過ちに対する報いかもしれない。本人が苦痛を受けたからといって、被害者の苦しみが消えるわけではない。その世界の王者として君臨していた人物が、自分の地位を利用して他人に与えた苦痛は、何をしようが決して相殺されることはない。その人は、もうこの世にいないから。
わたしはチョ・ミンギをよく知らない。演じる姿を観ていただけだ。セクハラ事件で関心をもったのが最初で最後だ。もちろん、良い意味での「関心」ではない。チョ・ミンギの卑怯な死に憤りを感じたのは、大学生になったばかりの18歳の頃。そのときは、その人にも熱いファンダムがあるとは思わなかった。ところが、母がそのひとりだったのだ。
母は、チョ・ミンギが運営していたホームページ「ミンギ村」の住民だった。つまり、今風にいえば、ファンカフェ(ファン同士が情報を交換する掲示板)の会員というわけだ。好きな人、好きだった人と一緒に輝きながら年を重ねるのではなく、その人に失望し、憎まざるをえないという事実が、とてもやるせない。
オ・セヨン著、桑畑優香訳『成功したオタク日記』(すばる舎)
それどころか、憎まれることから逃げるようにこの世を去ってしまったのが、虚しすぎる。
人を見る目は遺伝するのだろうか。母はチョ・ミンギ。
わたしはチョン・ジュニョン。
不思議なことに、チョ・ミンギの死からちょうど1年後の2019年3月、チョン・ジュニョンが性行為映像の違法撮影および動画流布、特殊準強姦などの容疑で検察に拘束・起訴された。推し活に夢中になっていた娘を見て、母はどんな心境だったのだろうか。
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オ・セヨン
映画監督
1999年韓国釡山生まれ。2018年韓国芸術総合学校、映像院映画学科入学。大学を休学して制作した映画『成功したオタク』が監督としての長編デビュー作となる。2021年釜山国際映画祭のプレミア上映ではチケットが即完売。大鐘賞映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞ノミネート。本国での劇場公開時には2週間で1万人の観客を動員し、「失敗しなかったオタク映画」として注目を集めた。日本では2024年3月30日に公開。
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桑畑 優香(くわはた・ゆか )
翻訳家・ライター
早稲田大学第一文学部卒業。1994年から3年間韓国に留学、延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学び、「ニュースステーション」のディレクターを経て独立。映画レビュー、K-POPアーティストの取材などをさまざまな媒体へ寄稿。訳書に『家にいるのに家に帰りたい』(辰巳出版)、『韓国映画100選』(クオン)、『BTSを読む』(柏書房)、『BEYOND THE STORY: 10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)など。
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(映画監督 オ・セヨン、翻訳家・ライター 桑畑 優香)