顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは
2024年9月13日(金)4時0分 JBpress
複数の販売チャネルを統合し、シームレスなショッピング体験を提供する「オムニチャネル」。各チャネルで収集されたデータに基づき、顧客に最適化した購買体験を提供するマーケティング戦略として注目されている。本連載では、オムニチャネルを実践する国内企業8社の事例を解説した『ケースブック オムニチャネルと顧客戦略の現在』(近藤公彦、中見真也編著/千倉書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。都市型ショッピングセンター(SC)のパイオニアであるパルコの施策を取り上げる。
第5回は、オムニチャネルを推進するパルコの組織体制の進化と、オムニチャネルプラットフォーマーになるための今後の課題を考える。
<連載ラインアップ>
■第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
■第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?
■第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
■第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?
■第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは(本稿)
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■ オムニチャネル組織
これまでパルコは、WEBコミュニケーション部(2013年3月)、WEB/マーケティング部(2015年3月)、グループICT戦略室(2017年3月)、そしてグループICT戦略室を改称したグループデジタル推進室(2019年3月)と、同社のオムニチャネルを担う組織を進化させてきた。
グループデジタル推進室では、「攻めのIT」としてデジタルを戦略に活用するデジタル推進担当、ならびに「守りのIT」としてデジタルのオペレーションを担う情報システム担当が設けられた。
そしてデータ基盤の整備を終えた2020年3月、グループデジタル推進室は発展的に改組され、データベース構築とその運営・分析を担う「デジタル推進部」とそのためのシステムを構築する「情報システム部」(2023年3月、情報システム推進部)が設置され、デジタル推進部は企画やコミュニケーションを担当するCRM推進部との連携を深める体制となった。林氏は、次のように述べている。
お客様視点で顧客理解のためのデータを統合するために、それぞれのチームがそれぞれの仕組みをつくって運用することに限界を感じました。これらを統合するサービス設計をして、顧客にまつわるデータベースを構築する際に両者が一緒になることでスピードアップにつながるという判断がありました21。
CRM推進部は、PARCOカード等のキャッシュレス決済、PARCOポイント、ポケパル払い、ONLINE PARCOのサービス企画やオペレーション、および自社のサービス・仕組みに関する顧客の声(VOC:Voice of Customer)を収集して、サービス改善につなげるカスタマーサポートを担う部局である。
デジタル推進部とCRM推進部の連携体制の構築により、パルコがDAPCサイクルと呼ぶデータ&インフラマネジメント(データ活用環境&インフラ構築)、分析(インサイト・示唆)・データ活用、コミュニケーションプランニング、そしてプランされたコミュニケーションの実現・実行という一連のサイクルをスピーディーに廻すことを目指した(下図参照)。
DAPCサイクルでは、DataとAnalytics をデジタル推進部が、PlanningとCommunicationをCRM推進部がそれぞれ担うことを想定し、2020年より林氏は、このデジタル推進部とCRM推進部を兼務することとなった。
21 JDIR(JBpress Digital Innovation Review)「探求 DX insight 第3回 DX 先進企業 パルコは何に取り組み、どこに向かう?」、2021年11月29日。(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67850)
まとめと課題
この章では、次の2つのリサーチクエスチョンを設定した。
- パルコはオムニチャネルプラットフォーマーとして、オムニチャネルをどのようにとらえ、どのように推進してきたのか。
- その推進プロセスにおいて、パルコは、「館」としてどのようにテナントと協調し、どのような買い物体験を顧客に提供しているのか。
最後に、これらリサーチクエスチョンを踏まえ、パルコの事例研究のまとめと同社の今後の課題を指摘しておくことにしよう。
■まとめ
パルコのオムニチャネルプラットフォーマーへの道のりは、2012年春、テナントのスタッフが商品情報を発信するショップブログを開設したことに始まった。
続いて2013年春、テナントの商品のECサイトであるPARCO SHOW WINDOWのサービスが開始された。そして2014年5月、顧客とのタッチポイントを絶やさない24時間PARCOのコンセプトを体現するカエルパルコが生まれた。
そして2015年3月、カエルパルコをさらに進化させ、来店前、来店中、そして来店後と一連のカスタマージャーニーを捕捉することができる公式アプリPOCKET PARCOが誕生した。
2017年、パルコは「PARCO as a Service」(PaaS)としてデジタルショッピングセンタープラットフォームというコンセプトを打ち出した。このコンセプトを具現化したのが、2019年11月にリニューアルオープンした渋谷PARCOである。
そこでは、「館」であるパルコ、入居するテナント、それらを結びつけるソーシャルメディアが連動して、顧客に「思わぬ発見」(セレンディピティ)をもたらすさまざまな仕掛けが組み込まれている。この渋谷店こそ、デジタルショッピングセンターをさらに進化させた新たなショッピングセンターの形、セレンディピティセンターである。
オムニチャネルの本質は、店舗、EC、ソーシャルメディアなど、多様な取引/コミュニケーションチャネルを統合的に管理することによって、顧客にシームレスな買い物体験を提供することである(近藤・中見 2019)。
オムニチャネルプラットフォーマーであるPARCOにおいて、顧客へのシームレスな買い物体験の提供はPARCOとテナントとの間で二重に行われている。パルコは、ONLINE PARCOでテナントの商品を掲載し、顧客からの注文を受けた商品は、テナントの店頭在庫から発送される。
一方、入居するテナントについて、顧客はONLINE PARCOからも購入することができ、その売上げはテナント側に立つため、テナントの自社ECとのカニバリゼーションがなく、ONLINE PARCOに商品や情報を提供する誘因が働いている。
またPOCKET PARCOでは、来店前、来店中、来店後の一連のカスタマージャーニーにおいて顧客に有用な情報提供がなされている。この仕組みにより、顧客に効率的な買い物環境が提供される一方、ウォーキングコインでPARCO店内の回遊性を高め、商品やサービスとの「思わぬ出会い」、すなわちセレンディピティが演出されている。
さらに、PARCOポイント、POCKET PARCO、ONLINE PARCO の顧客IDを一元化した会員WebサービスPARCOメンバーズの導入により、パルコ全体として顧客に統合的な買い物体験を提供する基盤が整備された。
こうした統合的かつシームレスな買い物体験の提供を支えているのが、24時間PARCOのコンセプトに基づいたカスタマージャーニーの捕捉から得られる各種のデータである。
パルコはこのデータをAIを含め、多面的に分析することで顧客の購買行動を立体的に捉え、個客ベースのニーズを踏まえたデータドリブンなテナント情報やイベント情報の提供や提案を行っているのである。
さらにオムニチャネルでは、さまざまな取引/コミュニケーションチャネルを統合的に管理するオムニチャネル組織の構築が不可欠であるが、パルコでは、DAPCサイクルにおいてDataとAnalyticsからPlanningとCommunicationへの一連のフローを連動させることを重視し、組織体制の構築を図っている。
■ 課題
パルコは、ショッピングセンターとして先端的な取り組みを相次いで打ち出し、デジタルに裏づけられたオムニチャネルを進化させてきた。オムニチャネルプラットフォーマーとして、商業施設である館、入居するテナント、パルコとテナントそれぞれのEC、そして顧客コミュニケーションを担うモバイルアプリ、それぞれを連携させ、シームレスな買い物体験の提供を模索しつづけてきたのがパルコである。
パルコのオムニチャネルの歴史は、買い物体験の革新の歴史と言い換えてもいいだろう。その現在の到達点が、顧客に思わぬ出会いの機会を与えるセレンディピティセンターというコンセプトである。
こうしたオムニチャネルの基盤となるのが、顧客の購買・行動データの分析とそれに基づくさまざまな施策である。しかし、イコールパートナーとパルコが位置づけるテナントとの対等な関係は、裏を返せば、パルコの方針とテナントのそれとが齟齬を来す危険性を常にはらんでいる。
前述のPARCO_ya上野で行ったAIカメラによる来店客層把握・分析の試行はすでに終了し、テナントでの顧客の購買情報が収集できる画期的な仕組みであった電子レシートは十分な成果を上げられなかった。パルコとテナントが同じベクトルのもとで協調できてはじめて、館レベルで統合的かつシームレスな買い物体験を提供することができる。
こうしたパルコとテナントの組織間の協調をいかに構築・強化できるかは、オムニチャネルプラットフォーマーとしてのパルコのきわめて重要な課題である。館としてのPARCOと入居するテナントの二重構造のなかで、「PARCOらしさ」をいかにして演出し、統合的な顧客体験を提供するのか。
また、オムニチャネルプラットフォーマーとして、パルコはいかに個々のテナントへの顧客エンゲージメントを超えて、館としてのPARCOへのエンゲージメントを高めるのか。
オムニチャネルをめぐるパルコの事例は、カスタマージャーニーの捕捉、顧客・購買データの収集と分析、ならびに「館」とテナントという二重構造のなかでのシームレスな買い物体験の提供、それを支える組織間の協調、それらの重要性と課題を端的に示している。
<連載ラインアップ>
■第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
■第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?
■第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
■第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?
■第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは(本稿)
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筆者:近藤 公彦,中見 真也