アプリ刷新でグッドデザイン賞、三井住友銀デザインチームが挑む銀行文化変革

2023年10月11日(水)5時50分 JBpress

 企業変革を進める際に必ずと言っていいほど直面するのが「組織カルチャーの壁」だ。DX推進のためにデザイナーを採用した三井住友銀行(以下、SMBC)は、「デザイン」という新しい文化を組織に浸透させる過程で多くの困難に直面したという。SMBCはその困難をどう乗り越え、デザインの力による変革を進めていったのか。『銀行とデザイン デザインを企業文化に浸透させるために』の著者でありSMBCのインハウスデザイナーとしてUI(User Interface)/UX(User eXperience)デザインを担当するリテールIT戦略部 堀祐子氏と、デザインチームを統括するリテールIT戦略部長 中村裕信氏に話を聞いた。


初めに問われたのは「インハウスデザイナーの存在意義」

——2016年、SMBCはデザイナーの採用に乗り出しましたが、そこにはどのような背景があったのでしょうか。

中村裕信氏(以下敬称略) 多様化するお客様のニーズに応えるために、アプリやWebサイト上で新たなサービスを提供することの必要性を感じていました。そのためには「お客様視点で物事を考えられるデザイナーの存在」が必要不可欠だと感じ、インハウスデザイナーの採用を始めたのです。


 言い換えると、組織や商品起点の「プロダクトアウト」ではなく、お客様一人ひとりに寄り添ったサービスを提供する「カスタマーイン」の発想に立って、お客様目線でメッセージを伝えることが求められていました。

 一見すると、デザイナーと銀行は相性が悪そうに見えるかもしれません。しかし、物事を理詰めで1つ1つ丁寧に、最後まで突き詰める点は同じです。こうした互いの特性を理解することで相乗効果を生み、新たな価値をつくり出せると考えていました。

——堀さんは2017年にSMBCに入行されました。銀行のインハウスデザイナーとなって、苦労した点はありましたか。

堀祐子氏(以下敬称略) 2016年に1人目のインハウスデザイナーが入行した際には、デザイナーの制作環境として必須ともいえるMacのパソコンやデザイン制作ツールが無く、WindowsのPowerPointを使ってデザインをしていた、と聞いています。そこで、デザイナーに適した環境づくりを進めるために、Macやデザイナー向けの制作ツールの導入を上司に相談しながら整えていったそうです。

 プロジェクトに参加する前段階でも苦労がありました。UI/UXに携わるデザイナーは本来、企画の段階からプロジェクトに入り、お客様起点でサービスづくりに取り組むことが理想です。しかし、当初はインハウスデザイナーである私たちの価値や役割が行内では認知されていなかったため、本来は出席すべき会議に呼ばれないことも多々あったのです。

 その背景にあったのは、「デザインがある程度決まってから、外部パートナー企業のデザイナーに制作を依頼する」という慣習でした。外部パートナー企業のデザイナーとインハウスデザイナーの違いを打ち出せずにいる中で、「自分たちの存在意義は何なのか」とだいぶ悩みました。


存在感を高めるために有効だった「銀行らしくない」手法

——行内でインハウスデザイナーの価値や役割が十分に認知されない状況を、どのように克服されたのでしょうか。

堀 UI/UXデザイナーのプレゼンス(存在感)を高めるためには「デザインの価値」を知ってもらう必要があります。そこで、会議があれば都度、積極的に声掛けをして参加させてもらえるように働きかけました。

 特に心掛けたことは、会議の場で挙がった複雑な要件や課題をその場で「こういうことですか」と皆さんの目の前で素早くデザインをし、見せることです。また、企画担当者が作ったアイデアをそのままデザインするだけでなく、こうしたらもっと見やすくなる、わかりやすくなるなど提案し、デザイナーだからこそできることを、常にプラスαの価値として残すように意識していました。


 そして、「銀行らしくない」手法で社内外から反響を集めたのは、メディアプラットフォームであるnote(ノート)でSMBCデザインチーム公式アカウントを開設して始めた情報発信でした。これは、SMBCのデザインチームが銀行という組織でどのように働いているのか、社内外の方々に知ってもらうための取り組みです。

 情報発信の検討段階では、カスタマージャーニーマップの枠組みを活用し、「デザイナーである私たち自身が日頃、どのように情報を得ているか」を考えました。日ごろからSNS等で情報収集をしているその中で、「noteで発信すれば、感度の高い人たちにアプローチできる」と判断して、この取り組みを始めたのです。「銀行がnoteで記事を書いている」というギャップもあり、結果として多くの人に情報を届けられたと思います。

——インハウスデザイナーに対する周囲の変化が起きたのは、いつ頃からでしょうか。

中村 2019年にデザインリニューアルした「三井住友銀行アプリ」がグッドデザイン賞を受賞したあたりから、少しずつ企画担当者から相談を持ち掛けられるようになりました。その要因は受賞したこと自体ではなく、インハウスデザイナーがいることで制作物の質が向上して、お客様からポジティブな反応をいただけるようになった点が大きいと考えています。

 今でも、必ずしも全ての人がデザイナーの役割を理解しているわけではありません。そのため、サービス開発などのプロジェクトが始まった早い段階から「この案件にデザイナーは参加していますか?」と声掛けするようにして、デザイナーの価値を理解してもらえるように努めています。

——組織の中でデザインの考え方を浸透させるために、リーダーがすべきことは何でしょうか。

中村 2つあります。1つ目は「何のためのデザインか」という目的を明確にし、デザイナー以外の行員にも共有すること。UI/UXデザインを「見栄えを整えること」と捉えてしまうと、デザイナーが活躍できる幅も狭くなってしまいます。

 UI/UXデザイナーの仕事は、「お客様起点で物事やサービスについて考え、顧客体験を一からつくること」です。予め目的を明確にすることで、企画の初期段階からデザイナーが入る意味が理解できるのではないでしょうか。

 2つ目は、「デザイナーはデジタルサービスを進化させるために必要不可欠な経営資源」という認識を持つことです。デザイナーがプロジェクトに入ったからといって、必ずしも直接的に売上が増えるとは限らないため、デザイナーの価値を数値化することは困難です。しかし、デザイナーが企画段階から取り組むことで、実際にお客様からポジティブなお声をいただくことも増えました。

 マネジメント側がデザイナーの課題解決に向けたアプローチや思考方法に価値を見い出し、「デザイナーの存在こそが経営資源」と認識すれば、インハウスデザイナーに仕事を任せる意味も見出しやすくなります。結果として、デザインのノウハウを社内で蓄積しやすくなるはずです。


デザイナーの活躍を支えたのは「調整役」の存在

——サービス開発やデザインリニューアルなどのプロジェクトを進める際に、メンバーにインハウスデザイナーの役割を理解してもらい浸透させるために、具体的にどのようなことを行いましたか。

堀 企画担当者の立場からすると、「インハウスデザイナー」と「外部パートナー企業のデザイナー」との役割の違いがわからず、迷いが生じているようでした。そこで、インハウスデザイナーは行内の企画担当者とデザインの要件を検討し、外部パートナー企業のデザイナーは実画面を設計する、というように役割分担を明確化しました。こうした工夫によって、企画担当者が迷ったときには最初に声を掛けてもらえる関係性を築くことができました。

——企画担当者とデザイナーのコミュニケーションを円滑にするために、どのようなことをすべきでしょうか。

中村 デザイナーがお客様起点で物事を考えることに集中できる環境づくりが大切です。そのためにも、各部署とデザイナーの調整役として「デザインプログラムマネージャー」を配置しました。このポジションには、デザイナーと同じ価値観でデザインについて考えられる人物を起用しています。

堀 デザインプログラムマネージャーが「このプロジェクトでは、ここまで関わってください」と明確に打診してくれるので、求められる期待値や業務内容を把握しやすくなり、幅広い仕事を受けられるようになりました。

 そのおかげもあり、現在はSMBCの仕事だけではなく、三井住友カードを始めとするグループ会社との仕事も増えています。

——銀行の枠を越えてグループ会社へと仕事の領域を広げる中で、重要視していることはありますか。

堀 お客様を正しく理解するための体制づくりに注力しています。どのプロジェクトでも、お客様を正しく理解することは不可欠です。定量調査で集めた数値を分析するだけではなく、さらにユーザーを深く理解するための定性調査を根付かせることが必要です。

 その対応策としてグループベースで行ったことが、リサーチチームの立ち上げです。リサーチといってもその業務範囲は広いため、ここでのゴールは「リサーチの運用方法を確立し、社内にその取り組みを浸透させること」としました。

 当初、リサーチチームのメンバーは、UXデザイナー2名と企画担当者2名、UIデザイナー1名でした。経験者のUXデザイナーがリードする形で調査設計やユーザーインタビューを行い、リサーチ結果は社内にフィードバックすると同時に、定期的にマネジメント層にも報告しました。

 リサーチチームの実績を発信していくうちに、徐々にチームの認知度が向上し、リサーチプロセスを組み込む手法が少しずつグループ内に浸透していったことを実感しています。


変革には強い矜持と覚悟が必要

——デザインやUXリサーチの文化を組織内で広げる過程では、様々な試行錯誤があったと思います。こうした変革を成功させるためのポイントは、どのような点にあるのでしょうか。

 「やるべきことを地道に行い、成果が出たら発信」というサイクルが大切だと考えています。成功も失敗も発信することで共感を生み、徐々に認知が広がり、自分たちの存在意義につながります。

 そして、思ったことを言葉にして伝える雰囲気づくりも大事ではないでしょうか。特に、デジタル分野では早いサイクルで新しい技術や考え方が出てくるので、気軽に意見を言い合い、スピード感を持って仕事できる環境づくりを意識的に行っています。

中村 変革のポイントは2点あると考えています。1点目は、変革に伴う痛みを苦痛だと思わずに「楽しむ」ということです。「変革には痛みを伴う」と言われますが、そればかり感じていると先に進めなくなります。だからこそ、意識的に楽しむことが必要ではないでしょうか。

 もう1点は、「何があっても、変革をする」という決意と矜持を持って挑むことです。DXにはプラスの側面もあれば、適切に進めなければセキュリティ面のリスクが増す、といったマイナスの側面もあります。そうしたマイナスの側面にも正面から向き合い「それでも新しい価値を創造し、提案する」という強い覚悟と責任が必要だと思います。

——最後に、SMBCのデザイナーチームの今後の展望を教えてください。

中村 これからも次々と新たな技術が登場すると思いますが、より安心・安全に使用していただくためには、サービスを提供する側からメッセージや使い方を丁寧にお伝えする必要があります。それがまさにUI/UXデザイナーの役割です。

 技術の進化やお客様とのコミュニケーション方法に変化が生まれようとも、デザインやデザイナーに対する期待や意義は変わらないでしょう。むしろ、デザインの重要性は高まっていくはずですから、その期待に応えられるように努力を続けたいと思います。

堀 今後、お客様の求めているものや時代の潮流が変化することもあるかもしれません。しかし、「お客様起点」という軸は変わらないはずです。その軸を忘れることなく、デザインに携わっていきたいと思います。

筆者:夏野 久万

JBpress

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