仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?

2023年10月19日(木)4時0分 JBpress

 GAFAMをはじめとする欧米企業が、今、盛んに現代アートのアーティストと協業している。イノベーション創出の起爆剤となっているようだが、その背景にはどのような秘密があるのか。当連載は、アーティストの作品制作時の思考をビジネスに応用する手法を解説した『「アート思考」の技術 イノベーション創出を実現する』(長谷川一英著/同文舘出版)より、一部を抜粋・再編集してお届けする。アートとビジネスは無縁と思っている方にこそ、ぜひ本編を読んでいただきたい。
 第2回目では、「アート思考」の起源と他の思考法との比較、そして革新的なアイデアを実現するために異なる思考法を組み合わせる方法を探る。

<連載ラインアップ>
■第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?
■第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?(本稿)
■第3回 チキンラーメンとウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣
■第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは(11月6日公開)
■第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?(11月10日公開)

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「アート思考」「論理的思考」「デザイン思考」を比較する

 本書の主題である「アート思考」は、「自らの関心・興味に基づき、常識を覆す革新的なコンセプトを創出する思考」をいいます。アート作品が、アーティストの個人の価値観や興味を表現しているのと同様に、アート思考は自分起点で考えることに重点があります。さらに、革新的なコンセプトを創出するために、思考を飛躍させるという特徴があります。

「アート思考」という言葉が使われたのは、2008年ごろに、フランスのビジネススクールESCPCのシルヴァン・ビューロゥ(Sylvain Bureau)がArt ThinkingImprobable というプログラムを始めたことが最初といわれています
(※6)

※6 ESCP「Sylvain Bureau」

 2009年にビューロゥの友人でアーティストのピエール・テクタン(Pierre Tectin)が作った教育メソッドを取り込みました。そして、起こりそうもないものを創り出す手法を学ぶこと、確実性や現状を疑うことで作品をデザインすることの2つのアプローチで教えるようになりました。
同じ2008年、アーティストでコンサルタントのヨルグ・レッケンリッヒ(Jörg Reckhenrich)が「The Strategy of Art」を執筆、「クリエイティブリーダーシップにおけるアート思考」を提唱しました。レッケンリッヒは、世界中の大企業とコラボレーションを行ない、アートを通じてより革新的で創造的になることを支援しています(※7)

※7 Jörg Reckhenrich, Jamie Anderson, Costas Markides 「 The Strategy of Art」Business Strategy Review Vol.19, issue 3, p.4-12 (2008)

■「論理的思考」と「アート思考」

 日本では、2017年に山口周氏が、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(※8)
を刊行して以来、アート思考の注目度もあがってきました。

※8 山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』光文社新書(2017)

 山口氏の主な主張は以下の通りです。経営学者のヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)が、経営とは経験(クラフト)、直感(アート)、分析(サイエンス)の三つを適度にブレンドしたものと述べました。

「アート」は組織の創造性を発揮することで、ワクワクするようなビジョンを生み出します。「サイエンス」は体系的な分析や評価を通じて、「アート」が生み出したビジョンに裏づけを与えます。そして、「クラフト」は経験や知識をもとに、ビジョンを現実化するための実行力となります。重要なのは、どれかひとつだけが突出していてもうまく機能しないということです。ところが、現在の日本企業では過度に「サイエンス」と「クラフト」が重視されています。「アート」が言語化できないのに対して、「サイエンス」と「クラフト」は言語化して説明しやすいのです。

 しかし、現在のように複雑で変化の激しい時代には、分析的・論理的な判断だけでは舵取りが難しくなっています。美意識を鍛えて「アート」の部分を強化し、論理では対応できない事態にも対処できるようにすべきと考えられます。山口氏が主張するように、現在の日本企業は論理的・分析的に考えるサイエンスとクラフトが重視されています。

 ビジネスパーソンの皆さんは、普段から「論理的思考」を使うことが多いと思います。論理的思考とは、「物事を体系的に整理したり、道理にそって筋道を立てて考えること」をいいます。データ分析に基づき経営戦略を立てたり、効率的な生産計画を策定したりするときに威力を発揮します。

 しかし、前項で示したような、「これまでになかった革新的なイノベーション」を創るには不向きと思われます。これまでにないものは、分析するデータが存在しないからです。そのため、主観的に自分が興味をもった事象を突き詰めていく方が、イノベーションが生まれやすくなるのです。

 本書では、イノベーションの創出に重点をおき、アート思考を、現代アートのアーティストがこれまで世界になかった作品を制作するときの思考と同様に、「自らの関心・興味に基づき、常識を覆す革新的なコンセプトを創出する思考」と定義します。

■他者起点で解決策を考える「デザイン思考」

 一方、日本企業が10年前ぐらいから取り入れるようになった「デザイン思考」があります。デザイン思考とは、「商品やサービスを使うユーザーの視点からビジネス上の課題を見つけ、解決策を考えること」を指します。

 ヒットしている商品やサービスの多くは、顧客の潜在ニーズを見つけ、それに応えています。デザインコンサルタント企業IDEO社を創業したデイヴィッド・ケリー(David M. Kelly)が、2005年にスタンフォード大学の中に、いろいろな学生が集まり、問題解決のプロセスをデザインすることを学ぶ場として、「ハッソ・プラットナー・デザイン研究所」(通称d. school)を創設しました。

 このd.school で、現在一般に使われている「デザイン思考」の5つのプロセスが開発されました。

共感:ユーザーを観察し潜在ニーズを探る
定義:ユーザーのニーズを定義する
概念化:解決するアイデアを出す
プロトタイプを作成する
テストを繰り返し、精度の高い製品にする

 デザイン思考では、ユーザーが実際にどのように考え、感じ、行動するかに基づいてアイデアを生み出すことを重視しています。この思考法は、既存のものを顧客のニーズに合わせて大きく改変する手法としては実績がありますが、本書で取り上げる、これまでにない革新的な製品を創るのは難しいのです。ユーザーがこれまでにないものを想起することが難しい点があります。

 また、他者起点でアイデアを出す行為は、他の第三者も同じアイデアにたどり着く可能性があり、アイデアの参入障壁が低くなってしまうという指摘もあります。これまでにない革新的な製品を創るには、主観に基づくアート思考がより適していると考えられます。

※参照 各務太郎『デザイン思考の先を行くもの』クロスメディア・パブリッシング(2018)

■3つの思考を組み合わせ、アイデアを実現させる

 本項では3つの思考法を紹介しましたが、これらは単独で使われるよりも、革新的なコンセプトを製品化していく過程で、補い合うように使われます。例えば、アート思考で革新的なコンセプトを考え出したとしても、製品として必要な要件を挙げるときは、論理的に考える必要があります。初代の製品を出した後、顧客のニーズを踏まえて展開させるときには、デザイン思考を使う必要があります。次ページ表に3つの思考法の比較を記載しました。それぞれの特徴を理解して使い分けるようにしてください。

 次項では、これまでにない革新的な製品やサービスを創った事例の中から、主にアート思考が使われたと考えられるものを紹介します。

<連載ラインアップ>
■第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?
■第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?(本稿)
■第3回 チキンラーメンとウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣
■第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは(11月6日公開)
■第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?(11月10日公開)

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筆者:長谷川 一英

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