元Jリーグチェアマン村井満氏、リクルート激震の経験が導いた門外漢の変革

2023年11月6日(月)5時50分 JBpress

 2014年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の第5代チェアマンに、サッカー界以外から初めて村井満氏が起用され就任した。村井氏はリクルート勤務時代の経験から独自の「天日干し」という組織運営手法を生み出し、8年にわたってJリーグの経営改革を牽引。DAZNと10年間2100億円の配信契約を締結し、2019年には年間入場者数が過去最高を更新、過去最高の収益を記録するなど、Jリーグの発展に大きく貢献した。前編となる本記事では、同氏初となる著書『天日干し経営: 元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した』(東洋経済新報社)の内容に触れつつ、チェアマンとして取り組んだデジタル改革や天日干し経営の考え方、活用シーンなどについて話を聞いた。

■【前編】元Jリーグチェアマン村井満氏、リクルート激震の経験が導いた門外漢の変革(今回)
■【後編】元Jリーグチェアマン村井満氏がコロナ下で「71回もの記者会見」を開いた狙い
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「天日干し」が組織を浄化し、透明性を高めてくれる

——ご著書のタイトルでもある「天日干し経営」ですが、「企業経営における天日干し」とはどのようなことを意味するのでしょうか。

村井満氏(以下敬称略) 洗濯物を天日に干すと雑菌の繁殖が抑えられ、魚の干物を天日に干すと旨味成分がつくられます。このように様々な効果がある「天日干し」の概念を経営手法に生かすことができないか、と常々考えてきました。


「自然界の天日」が「降り注ぐ太陽」だとすれば、「経営における天日」は「降り注ぐ関係者の視線」といえます。企業経営において、私たちはまるで太陽の光をいっぱいに受けるように、顧客、従業員、取引先など、様々なステークホルダーの視線を受けています。そうした関係者の視線をしっかりと受けることで組織が浄化されたり、透明性が増したり、組織力が高まったりするのではないか。このような仮説のもとに定義した考え方が「天日干し経営」です。

——天日干し経営の実践に至るようになった、そもそものきっかけは何だったのでしょうか。

村井 今でこそ「経営の根幹をなす考え方」として話していますが、元々は私自身がもがき苦しんだ経験から導かれた概念です。前職のリクルートでは「戦後最大の疑獄事件」と呼ばれたリクルート事件が経営を直撃し、現場でその対応と後始末に追われました。そしてその後、サッカー未経験者の私が想像もしていなかった「Jリーグのチェアマン」という職を引き受けることとなりました。

 これらの職で共通していたことは、かつて経験したことのない仕事が降ってきて、それまでに身に着けてきたノウハウだけでは太刀打ちできない状況に追い込まれたことです。「未知の世界にどう立ち向かうか」という難題に直面したとき、自分を晒し、自分自身の考えや想いを鏡に映して、周りの視線からフィードバックをもらいながら、あるべき経営の姿を描いていくしかなかったのです。

——全てを晒して周囲の視線を浴びることは、勇気がいることだと思います。

村井 様々な方面から批判やお叱りの声を受けたとき、「経営者をやったことがないのに何がわかるのか」と排除したい気持ちになるのもわかります。しかし、天日は基本的に全ての人を照らすものですから、批判やお叱りの声を選り好みすべきではないのです。

 特に、今はSNSを通じて情報が拡散されるため、見知らぬところで何が書き込まれているかわからない時代です。事実は一つかもしれませんが、人によって見え方や解釈は全く違います。その事実を受け入れること、知ることだけでも有用です。「自分が他者の目にどのように映っているのか」を客観的に捉え、現実に向き合うことは非常に大切です。 


Jリーグ全51クラブに足を運び見えてきた「共通課題」

——Jリーグのチェアマン就任早々に全クラブのスタジアムを訪問し、時には街を歩き回って情報収集されたと伺っています。なぜ、こうした行動を起こされたのでしょうか。

村井 私は、プロサッカー選手を経験したことはありません。サッカーの監督・コーチ経験もなく、サッカー界で働いた経験もありませんでした。いわば「ど素人」といえる人間がJリーグのチェアマンに就任したのです。未知の世界に足を踏み入れた当初、何から着手すればよいのかわからず、経営の方向性も何も描けない状況でした。

 この大ピンチを打破するためには、自らを晒して、関係者からの声を聞くしかないと思いました。そこで行ったのが、足を使ってひたすら51クラブを訪ね歩くことです。オフィスに行き、練習場に行き、スタジアムに行き、サポーターが集まる飲み屋まで徹底的に足を運びました。

 半年という期間を費やし、自分を晒しながら各クラブを見て回ることで、51クラブの共通課題が何となく見えてきました。それは、「どのクラブにもハイパーエンジニアがいない」ということです。その気づきを踏まえて、「Jリーグのデジタル改革を進めたい」と全クラブに投げかけたところ、全会一致で賛同を得ることができました。

 共通課題が浮き彫りになるまでの足を使ったプロセスは、まさに天日干し経営の実践だったといえるのではないでしょうか。もちろん、現場に足を運べばよいというほど単純ではないと思います。しかし、自ら表に出て、自らをさらして「足で考えた」ことは、机上の思考よりもはるかに説得力をもつはずです。


DAZN放映権改革の着火点となった従業員の「画期的アイデア」

——Jリーグの改革というと、Jリーグ公式戦全試合のネット配信を実現した「DAZNとの放映契約」も話題になりました。この配信契約には、どのような狙いがあったのでしょうか。

村井 DAZNとは10年2100億円という配信契約を締結することとなったのですが、その期間や規模以上に重要なのは「全ての試合の映像をJリーグが制作し、制作者著作権をJリーグが保有する」という前提をつくったことでした。結果として、Jリーグの話題の拡散は量、質、即時性のいずれにおいても格段に進歩しています。

 そして、DAZNとの放映権交渉の発火点となったのは、従業員のやんちゃな遊び心から生み出されたアイデアでした。

 DAZNとの放映権締結以前、Jリーグの試合の動画を「Jリーグが無断でネット上に公開すること」は許されていませんでした。当時、Jリーグの制作著作権は配信を行う中継パートナー側にあったので、Jリーグがサッカー動画をYouTubeにアップするという発想すらなかったのです。

 その常識を覆したのが、若い従業員のフレッシュな発想でした。それは、人気サッカー漫画「キャプテン翼」で披露される芸当である「反動蹴速迅砲(はんどうしゅうそくじんほう)」を、川崎フロンターレの大久保嘉人選手と中村憲剛選手に挑戦してもらい、そのシュートをYouTubeにアップするというものでした。その結果、1週間に400万回も再生されたのです。さらに、そのYouTube動画を見た子どもや中学生までもが、「反動蹴速迅砲」を真似て次々と撮影動画を投稿し始めたのです。

 これまでの常識を覆す画期的な発想に、私自身驚愕しました。天日干しの考えのもとで従業員に傾聴した結果として、若い従業員から多くのことを学んだ体験だったと考えています。

——天日干し経営の考えを生かして、従業員の能力を引き出した結果ともいえそうですね。

村井 天日干しの概念を生かせる場面は、他にも色々挙げられます。今までの成功体験やノウハウが通用しない全く新しい経営環境に置かれたときや、イノベーションを起こすべく新たな方向性を模索する状況において極めて有効な手段といえます。さらに、組織内に際立って優秀な人材がいないような状況下で組織力を高めたい場合、社会的不祥事といった不測の事態においても天日干し経営は有効だと思います。

 企業経営だけでなく、サッカーというスポーツ組織を通じて実践できたわけですので、人が集う組織であればどこでもこの考え方が応用できると考えています。

——経営思想や理念を社員一人ひとりに伝えて、行動を起こしてもらうことは簡単ではないと思います。天日干し経営の考え方を組織内に浸透させるために行ったことは何でしょうか。

村井 天日干し経営を実践しても、策を一つ打っただけで状況がガラリと変わるようなことはありません。その一方、天日はあらゆるところに降り注ぐわけですので、部分的ではなく、全体を変えていくことができます。

 従業員全員の意識を変えるために実践したことの一つが、オフィス構造を変えたことです。「天日干し経営をやるぞ!」と言っておきながらチェアマン室に閉じこもって仕事をしていたら、私がどんな仕事をしているのか、わかるはずないですよね。誰とどんな電話をしているのか、オフィスにいるのか外出中なのか、その様子や状況がわかるように自らを晒しました。この姿勢が天日干しの基本だからこそ、Jリーグのオフィスをフリーアドレス制にすると同時に、チェアマン室や役員室を全廃しました。

 他にも、複雑に入り組んだ株式の持ち合い構造を解消し、「Jリーグホールディングス」を設立することで「天日に晒しやすいシンプルな組織構造」を実現しました。加えて、情報が誰のところにも降り注ぐように、データインフラの構造も変えました。

 天日干しには多少の覚悟が必要であり、表面的な形式を整えることとは一線を画します。天日干し経営を阻害する構造上の問題があるならば、それらを一つずつ潰していくことが重要です。

【後編に続く】元Jリーグチェアマン村井満氏がコロナ下で「71回もの記者会見」を開いた狙い

■【前編】元Jリーグチェアマン村井満氏、リクルート激震の経験が導いた門外漢の変革(今回)
■【後編】元Jリーグチェアマン村井満氏がコロナ下で「71回もの記者会見」を開いた狙い
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筆者:三上 佳大

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