レーシック手術でトラック運転手の仕事を失った…「視力1.2」の眼球でひそかに進行していた"病気の名前"

2024年11月20日(水)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rabizo

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近視を矯正するレーシック手術は安全なのか。眼科医の平松類さんは「私なら手術は受けない。日本の失明原因の第1位は緑内障だが、レーシック手術をすることで、病気が発見しにくくなるリスクがあるからだ」という——。
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■近視矯正手術を受けるかどうか決められない


「最近見にくくなってきたな」「災害の時に眼鏡がなくて見えないと困る」色々なきっかけで近視の矯正手術を考える事があります。


レーシックやICLという治療が有名です。読者のみなさんも一度は聞いたことがあるかもしれません。レーシックとは角膜という黒目の部分を削る事で近視を矯正する方法、ICLとは目の中に人工のレンズを入れる事で度数を矯正する方法です。


これらの方法はある程度確立され、安定した手術ではあります。ところが、いざやってみようとネットで情報を探してみると、「素晴らしい」「安全だ」と評価する人がいたかと思えば、反対に、「こんなにひどい事になった」「危険だからすべきではない」という人がいる。一体どちらを信じればよいのか、途方に暮れる人も少なくないのではないでしょうか。


結論からいうと「人や状況による」というのが正確です。でも、それでは困ってしまいます。なので、本稿では、近視屈折手術後、不幸な顚末(てんまつ)をたどった実際の症例をもとに、なぜそうなってしまったのか、また、どうすればそれを防ぐことができたのか、解決策を含め、お伝えしていきたいと思います。


さらに、筆者自身が手術を受けていない理由をお話しすることで近視矯正手術を受けるかどうかの選択の目安についてもお示ししたいと思います。


■レーシックで失明寸前になった人


42歳男性、トラック運転手のAさん(※)。視力を回復させようと、20代の時にレーシック手術を受けましたが、約20年がたち、なんだか見えにくくなってきました。


※筆者註:プライバシー保護のため、患者の年齢・名前は改変しています。


「レーシックの効果が切れてきたのかな……」


不安になったAさんは、手術を受けたクリニックに相談しようと思いましたが、すでにクリニック自体がなくなっていました。仕方がないので、近所の眼科を受診したところ、「緑内障」と診断されました。この時点で、左右どちらの目も、視野の4分の3がすでに見えなくなっていました。視力は裸眼で1.2と良好でしたが、病気で視野が欠けたために「見えにくく」なってしまったのでした。


医師から「かなり進行している。このままいくと失明してもおかしくない」と言われたAさん。どうにかしなくてはと、緑内障の治療を専門とする当院を受診しました。さっそく目薬での治療を始めましたが、効果が出ない。手術を受けようか、決められないでいるうちに視野は狭まっていくばかり。視力も急激に衰え、今ではメガネをかけて、右目0.1、左目0.2という失明寸前の状態になってしまいました。


もともとやっていた配送の仕事は、運転ができないので退職することになりました。次の職を探してはいますが、この視力で雇ってくれる所はなかなかありません。


■視力はよくなっても「病気のかかりやすさ」は変わらない


なぜこんなことになってしまったのでしょうか。ポイントは2つあります。


まず1つ目は病気のかかりやすさの問題です。近視がある人というのは、眼球の長さ「眼軸」が長くなります。


出所=『自分でできる! 人生が変わる緑内障の新常識』(ライフサイエンス出版)

この眼軸は、健康的な人だと24ミリ程度が一般的です。しかし、近視の人の眼軸はのびた状態になっていて、30ミリをこえることもあります。


近視の人が眼の病気を発症する確率が高くなることがわかっていますが、これは眼軸がのびることで、視神経のゆがみが大きくなるためです。具体的には、強度近視の人は、近視がまったくない人と比べて、発症率が、緑内障で2.92倍、網膜剝離で12.62倍、黄斑症で485.08倍になるという研究があります。


レーシックやICLは角膜を削ったり、レンズを入れたりすることで見え方は矯正できますが、眼球の形が変わるわけではありません。つまり、病気になりやすい目ということは変わらないのです。


メガネやコンタクトであれば、作り変えるときなどに眼科に行く機会もあったかもしれません。しかし、Aさんの場合、視力には問題がないために、眼科に定期的に通うことがありませんでした。これは、病気の発見が遅れてしまった1つの要因といえるでしょう。


■眼圧が正確に測れない


では、眼科に行っておけば、こんなことにはならなかったのかというと、実はそうでもありません。ポイント2つ目、「眼圧」に関わる問題について解説しましょう。


みなさんは、眼科で、目にプシュっと空気を吹き付けられた経験はないでしょうか? あれは、眼圧といって、目の硬さを測る検査です。一定の空気の圧力でどのぐらい角膜がへこむのかを見ることで、目の圧力を測っているのです。


出所=『自分でできる! 人生が変わる緑内障の新常識』(ライフサイエンス出版)

眼圧が高いと緑内障になりやすいという事がわかっています。ですから、眼圧というのは、緑内障の発見、ひいては治療において非常に重要な役割を果たしているわけです。


ところが、レーシックを受けた目は眼圧を正確に測ることができません。冒頭でお話しした通り、レーシックというのは、角膜を削る手術です。削ると当然膜は薄くなりますから、空気を当てたときに眼球がへこみやすくなります。このため、元に戻る時間が長くなり、測定値としては本来よりも極端に低く出るということが起きるのです。


■治療の効果がわかりにくい


緑内障を検査する方法はほかにもありますが、一般的な検診では眼圧しか測りません。つまり、眼圧を正確に測れないということは、緑内障の見逃しにつながるのです。


この「眼圧問題」は、当然治療の中でも問題になります。


例えば、目薬を増やしたり、手術の効果を確認したりしたいときには眼圧を見ます。「眼圧18だったのが、16になった。よし、この目薬はきいているな」というような塩梅です。


ところが、レーシック歴がある人であればそう簡単にはいきません。例えば、本当は18なのにもかかわらず、8といった極端に低い数字が出ます。そうなると、本来18から16で効果が出ている治療も、8から7.6というように、数字としてはほぼまったく下がっていないように見えるので、効果があったのかどうかがわからず、治療が手さぐりになってしまうのです。


■早期発見を助ける3つの方法


緑内障は、悪化を防ぐことしかできない病気です。残念ながら、一度失った視野は取り戻すことはできません。だからこそ、見える状態を維持するために、早期に発見して治療に取りかかることが非常に重要なカギになります。


それでは、レーシックを受けた人は、緑内障を早期に発見することは無理なのかというと、決してそうではありません。解決策を3つ、お示ししたいと思います。


まず、1つ目は、術後も定期的なフォローを受けるということです。視力はよくなっても、病気のかかりやすさ自体は変わりません。通いやすい近所の眼科で、年1回程度検診を受けることをおすすめします。本当は術後すぐに始めたいところですが、緑内障の観点で言えば、発症率が上がる40歳からはとくに気を付けるべきでしょう。


2つ目は、健康診断では眼圧検査だけではなく、「眼底カメラ」という検査も受けることです。一般的な検診には含まれていない場合がほとんどですが、オプションで受けることができます。これは近視矯正手術をしていない人にも言えることですが、「眼底カメラ」をしておくことで緑内障のほかにも、多くの眼病の早期発見につながります。


3つ目は、セルフチェックを行うことです。「片目ずつみてみる」という手法が簡単かつ有効です。


■視野は半分欠けるまでは自覚症状がない


何となく見にくいなと感じる場面があったとしても「気のせいだろう」とついつい放置してしまう事があります。特に両目で見ていると、多少片目が悪くなっても気づきにくいものです。


驚かれるかもしれませんが、一般に、視野は半分欠けるまでは自覚症状がないといわれています。人間の体はよくできたもので、視野が欠けても、片方の目がもう片方の目を補う作用がはたらくので、両目を使うと問題なく見えてしまいます。


出所=『自分でできる! 人生が変わる緑内障の新常識』(ライフサイエンス出版)

さらに、脳も関係しています。人間には、実は見えていない「盲点」がありますが、私たちが普段それを意識することはありません。これは、脳が見えない部分を補完する役割を果たしているからなのです。Aさんも、「片目を隠してみてみる」ということを1度でもしていたら、早くに気づけたかもしれませんね。


緑内障は日本の失明原因の1位になっています。レーシック手術を受けたことで、病気の発見が遅れる、または治療が困難になることによって、失明することも十分に考えられます。


■リスクがない手術は存在しない


手術には必ずリスクが伴います。そしてそれは、手術そのものによって生じる問題とは限りません。その時点ではわかっていないけれども、将来的にわかってくる問題というのもあります。


Aさんのケースも、以前はあまり重視されていませんでしたが、レーシックが普及して時間がたつにつれて顕在化してきた問題です。


手術に伴うこうしたリスクは、屈折矯正手術に限らず、白内障手術やあらゆる手術に言えることです。ところが、こと屈折矯正手術になると、そのメリットやデメリットが極端に強調される傾向があります。いったいなぜなのか。


日々患者さんと接していて感じるのは、「術後リスクの受け入れやすさ」という心理的な問題です。


もちろん、避けられるなら誰だってリスクは背負いたくありません。ただ、網膜剝離や緑内障など、眼病を治療するための手術であれば「やらなければ失明する」という状況ですから、術後のリスクは、多少心理的に受け入れやすいかもしれません。しかし、近視矯正手術は、多くの人にとって、「見えにくい」という不便な状態を解消するための手術であり、言ってしまえば、やらなくたって困らないものです。だからこそ、何か起きた時に心理的になかなか受け入れにくいということがあります。


■なぜ私はレーシックもICLも受けないのか


筆者も近視で、普段はメガネをかけて生活していますが、近視矯正手術は受けていませんし、受ける予定もありません。


なぜかといえば、まず1つには「困っていない」からです。繰り返しになりますが、視力矯正手術というのは、メガネやコンタクトで生活することに不便さを強く感じる場合に、メリットがでてくるものです。しかし私自身あまり不自由を感じていない。むしろ、眼科医という特性上、細かく見る作業が多く、メガネで細かく見られるほうがかえって便利、という事があります。


2つ目は、老眼問題です。40代半ばともなってくると徐々に老眼になります。せっかく近視の矯正手術を受けてメガネが外せても、今度は手元を見るためにメガネが必要になる。そんな事態がすぐに来ることがわかっているのに、わざわざリスクを背負って、治療をするメリットを感じないからです。


3つ目は、やはり、リスクの問題です。非常に危険というわけではないですし、実際に不具合が出る人はほんのごく一部ですから、手術を積極的に行う医師からすれば「安全で安心」と思うでしょう。「99%大丈夫」と言われると、まさか自分が1%に入るとは想像しませんが、その1%は確実に存在します。そして筆者は、緑内障の治療を専門とする関係でその1%側にいる人たちをたくさん見てきました。


こうした患者さんの多くは、矯正手術を担当した医者の元ではなく、当院のようなところにいらっしゃるので、結果として多くの不幸な症例を目の当たりにすることになります。Aさんに限らず、さまざまな症状を抱え、目の前で苦しんでいる患者さんを見ていると、自分がやりたいという気持ちにはなれないというのが正直な気持ちです。


筆者が受けないからといって、矯正手術を受けることが悪いというわけではないですし、むしろ受けることで「この人は幸せになれるだろうな」という患者さんもいます。ただ、気軽に受けることができる手術だからこそ、こうしたリスクをきちんと考えた上で、納得した選択をしてほしいと思っています。


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平松 類(ひらまつ・るい)
眼科医 医学博士
愛知県田原市生まれ。二本松眼科病院副院長。「あさイチ」、「ジョブチューン」、「バイキング」、「林修の今でしょ! 講座」、「主治医が見つかる診療所」、「生島ヒロシのおはよう一直線」、「読売新聞」、「日本経済新聞」、「毎日新聞」、「週刊文春」、「週刊現代」、「文藝春秋」、「女性セブン」などでコメント・出演・執筆等を行う。Yahoo!ニュースの眼科医としては唯一の公式コメンテーター。YouTubeチャンネル「眼科医平松類」は20万人以上の登録者数で、最新情報を発信中。著書は『1日3分見るだけでぐんぐん目がよくなる! ガボール・アイ』『老人の取扱説明書』『認知症の取扱説明書』(SBクリエイティブ)、『老眼のウソ』『その白内障手術、待った!』(時事通信出版局)、『自分でできる!人生が変わる緑内障の新常識』(ライフサイエンス出版)など多数。
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(眼科医 医学博士 平松 類)

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