ブラジャー、マジックテープ、新幹線…開発成功の鍵となった「ある共通点」とは?

2024年12月13日(金)4時0分 JBpress

「経験は当てにならず、決断は難しい」。古代ギリシャの医学者・ヒポクラテスの言葉が示すように、経験は判断を誤らせ、ときに致命的な結果をもたらす。一方で、人は経験から多くを学習し、経験を意思決定に生かしている。この齟齬(そご)と矛盾はなぜ生じるのか。本連載では『経験バイアス ときに経験は意思決定の敵となる』(エムレ・ソイヤー、ロビン・M・ホガース著/今西康子訳/白揚社)から、内容の一部を抜粋・再編集。経験の「罠」にはまることなく、経験を適切な意思決定につなげるためのアプローチを解説する。

 第2回は、一見、無駄に見える時間が、商品開発や問題解決において思わぬ成功をもたらした事例を3つ紹介する。


ひらめきを取り戻す——自立性を育む時間と空間

 カイゼン・イベントやシックス・シグマのような、創造力を引き出す構造的アプローチは、組織のプロセスをつぶさに見直すことによって、製品やサービスの品質向上を図っていくものだ。

 こうしたアプローチは、個々の事情に応じた再設計が可能であり、多様な意見を受け入れ、外部のアイデアも借用し、異なるコンセプトを組み合わせることによって、製品やサービスのクオリティや社員の福利厚生を長期的なスパンで向上させる。

 大規模な組織でも、新製品やサービスを開発する際には、アジャイル開発やリーン・スタートアップのような革新的マネジメント手法を採用している。これは、最初から完成版を製作し、それを厳密に管理していくのではなく、まずは試作品を製作し、それをユーザーの評価を踏まえて修正する、というサイクルを繰り返しながら経験を重ねていく方法だ。

 こうした手法はいずれも、経験によって創造性が抑え込まれる可能性を下げてくれる。しかし残念ながら、いまだ常識の枠を外れた手法でしかない。大多数の企業、学校、その他の組織は、個々のメンバーが十分な個人時間・空間をもてるような設計にはなっていない。

 ほとんどの経営者や管理者には、新たなアイデアを練ったり、他者のアイデアを検討したりする余裕があまりない。むしろ、既存のシステムは、ひっきりなしに「最適な」業務遂行方法を定めて、それを厳密に管理しようとしてくる。

 その根底にあるのは、従業員にとっての最適な経験を明確に示してそれを義務づけることは可能であり、それこそが望ましい成果につながる、という考え方だ。しかし、学習になじまない環境下では、このような前提自体が破綻している。

 そこで、本章のメインテーマに沿って、社会生活、学校、職場という、それぞれ三つの領域に導入できそうな仕組みを、革新的傾向をもつ既存の手法を土台にして描いてみたい。その最大の目的は、現在のシステム内にいくばくかの自律的な時間と空間を確保することによって、経験がアイデアの創出、選択、発展にもたらす、好ましくない歪みやフィルターに対抗することである。


ホビー・ハック—一見無駄に見える実り多き時間

 マリー・フェルプ・ジャコブという名でも知られるカレス・クロスビーは、1900年代初めのアメリカ合衆国の作家で、出版社のオーナーでもあった。社交界の名士としてパーティーに出席したり、パーティーを主催したりすることが多く、ドレスアップして踊るのが大好きだった。

 ところが、この趣味が彼女に予期せぬ課題を突きつけた。当時の女性は、コルセットを着用してパーティーに出席したが、コルセットは窮屈で不快だった。しかも、ダンス好きのクロスビーにとっては耐え難いことに、コルセットのせいで自由自在に踊ることができなかったのだ。

 ある日、彼女はいいことを思いついた。ハンカチを二枚用意して縫い合わせ、それにリボンを結んだ。そして、身体を締めつけるいつものコルセットの代わりに、それを下着として身につけたのだ。彼女があまりにも自由自在に美しく踊るので、パーティーに参加している他の女性たちがそのわけを尋ねたという。

 クロスビーはさらに、現代のブラジャーの原型を作って、その特許を取得した。そんなことができたのも、ファッショナブルに着こなしながらもっと美しく踊りたい、という強い願望があったからだった。彼女は、自分が抱える問題を解決するために、何百年も前からすでにあった基本的な縫製法と材料を利用したにすぎない。彼女の趣味こそが、しかるべき時に、しかるべき場所に、しかるべきアイデアをもたらすのに役立ったのである。

 ジョルジュ・デ・メストラルは、アルプスの山奥に狩猟に出かけるのが大好きなエンジニアだった。狩猟の旅には必ず愛犬を連れて出かけた。この趣味が彼に予期せぬ課題を突きつけた。山から戻るとたいていいつも、愛犬の腹にくっついて離れない厄介な草の実に悩まされた。

 デ・メストラルは不思議に思った。犬の毛にも、それにからみつく実にも、粘着性はない。そのいずれも、磁気を帯びてはいない。では、どうして実が毛にくっつくのだろう? デ・メストラルが顕微鏡を用いて調べると、一方と他方がそれぞれ、細かいフック(鉤〔かぎ〕)とループ(輪)の形状をしているせいで、ひっかかっているのだということがわかった。

 この発見にヒントを得た彼はその後、無数の鉤と輪で構成される面ファスナーを開発し、「ベルクロ」の名で商品化した〔日本での商標は「マジックテープ」〕。この商品は、ファッション、医療、軍事、宇宙探査など、多くの分野で利用されている。

 デ・メストラルが面ファスナーを発明できたのは、一つには、愛犬を連れて山歩きをするのが好きだったからだ。エンジニアとしてのスキルと既存の材料を利用して、ファスナーのエンジニアリングという、別の分野の課題を解決したのだ。彼の趣味こそが、しかるべき時に、しかるべき場所に、しかるべきアイデアをもたらすのに役立ったのである。

 今日であれば、デ・メストラルの手法は、生物模倣技術(バイオミミクリー)と呼ばれるだろう。生物模倣技術とは、生物の形態や自然界のプロセスから着想を得た技術のことだ。

 1990年代に日本の新幹線がある問題に直面した時にも、生物模倣技術が重要な役割を果たした。開発責任者の仲津英治が解決策を見出すことができたのは、個人的に鳥に興味をもっていたおかげだという。

 当時、新幹線が高速でトンネルに入る時には、大きな衝撃音が発生し、特に客室内の騒音が問題になっていた。そこで仲津は、先頭車両の先端を、カワセミのくちばしに似せた形状に変えることにした。

 カワセミはそのおかげで、空気抵抗を抑え、ほとんど水しぶきをあげずに空中から水中に飛び込むことができるからだ。彼は、趣味の世界で得た知識を新幹線の設計に取り入れて、その形状を変えたことで、騒音を大幅に低減させ、新幹線のさらなる効率的運行を可能にしたのである。

 私たちは、創造的プロセスのほとんどを見聞きすることなく(つまり経験することなく)過ごしている。そのことが、こうした学際的アプローチの価値が正当に評価されない原因なのかもしれない。どんなものも実は、ちょっとしたリミックスなのだ。

 際立って優れて見えるものも実際には、何かを借用したり、組み合わせたり、改変したりしたものであることが多い。にもかかわらず、私たちには、こうしたつながりを体験し、それを発展させていくための個人的な時間と空間が不足している。

 趣味の世界は、そのような贅沢な時間と空間を与えてくれる。その世界は、仕事や家庭のような、人生の大部分を動かしている力の及ばないところにある。そして、私たちの注意を、コンフォートゾーン〔安全で居心地の良い環境〕や型にはまった日常から、別の方向へと向けてくれる。

 普通であれば、出会うはずのない人々に出会わせたり、行くはずのない場所に行かせたりもする。さらに、独自の課題も突きつけてくる。こうした課題に積極的に取り組み、その解決策を別の分野に応用しようとする努力が、しかるべき時に、しかるべき場所に、しかるべきアイデアをもたらすのに役立ってくれるはずだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 ハリー・ポッター、グーグル検索、GUI…革新的なアイデアは、なぜ最初は無視されてしまうのか?
■第2回 ブラジャー、マジックテープ、新幹線…開発成功の鍵となった「ある共通点」とは?(本稿)
■第3回 仕事を熟知し、豊富なアイデアを持っているはずの管理職が、なぜ創造力を発揮できないのか?

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筆者:エムレ・ソイヤー,ロビン・M・ホガース

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