鈴木梨央、芦田愛菜への憧れは「ずっと変わらない」 芸能界入りを決めた15年前や分かれ道となった『八重の桜』を回顧

2025年1月12日(日)12時2分 マイナビニュース


●「芦田愛菜ちゃんみたいになりたい」と憧れて飛び込んだ芸能界
5歳で芸能活動を開始し、数々のドラマや映画、舞台で活躍している鈴木梨央が、今年2月10日に20歳を迎える。新成人の鈴木にインタビューし、芸能界入りを決めた15年前の思い、人生の分かれ道となったNHK大河ドラマ『八重の桜』(2013)にまつわるエピソード、今の女優業への思いや今後の抱負、憧れの存在など話を聞いた。
2010年に日本テレビ系ドラマ『Mother』を見て「芦田愛菜ちゃんみたいになりたい」と思い、芦田が所属する事務所のオーディションを受け、芸能界に飛び込んだ鈴木。当時のことを今でも「覚えている」と語る。
「人見知りで泣き虫で、やりたいこともないというのんびりした女の子でしたが、母がドラマ好きということもあって小さい頃からドラマを見ていて、初めてすごく集中して見た作品が『Mother』でした。自分もこの世界に入ってお芝居してみたいという気持ちになり、オーディションを受けさせてほしいと母に泣きながら何度もお願いしたのを覚えています。それが生まれて初めてのお願い事で、母も『そんなに言うなら応援するよ』と言ってくれて」
5歳にして自分が本当にやりたいことを見つけ、それ以降、芸能界から離れたいと思ったことは一度もないという。
「『このお仕事じゃなかったら何になっていたかったですか?』という質問をいただくことがありますが、想像できないんです。このお仕事が好きですし、生まれて初めてしたお願い事だったので」
鈴木の熱意に母親も驚いていたそうだ。
「それまでもスイミングや空手などいろんな習い事を試していましたが、泣いちゃったり、もじもじしてしまったり。そういうことなく無我夢中にオーディションに挑んでいる姿は母もびっくりしたみたいです」
『Mother』を見て憧れた芸能界。実際に入ってから「テレビに出るって簡単なことではないんだと思い知らされました」と振り返る。
「5歳の自分は全く知識がなかったので、頑張ったらすぐ愛菜ちゃんみたいにテレビに出られると思っていたし、撮影もすぐ終わってすぐ放送されると思っていましたが、全然そんなことなくて。オーディションも、書類の段階で落ちてしまうことがたくさんあって、現実を思い知らされた瞬間がすごくありました」
当時は事務所のレッスンに全力を注ぎ、演技の勉強に励んだ。
「毎週日曜日のレッスンにかけていました。平日は、小学校から帰ってきてレッスンの台本を読み込むというのが、自分の中での勉強であり遊びで、それがすごく楽しくて大好きでした」
そして、2012年にフジテレビ系ドラマ『カエルの王女さま』で子役としてデビュー。「3次か4次ぐらいまでオーディションがあり、決まった時はすごくうれしかったです」と当時の喜びを語る。
●『八重の桜』に受からなかったら辞めていた 西田敏行さんとの秘話も
その後、2013年放送の『八重の桜』で綾瀬はるか扮する主人公・八重の幼少期を演じ、注目を集めた鈴木だが、当時は「これに受からなかったら辞めよう」という覚悟でオーディションに参加したという。
「5歳の時に始めてから2年ぐらい経っていて、私は辞めたくなかったのですが、母から『この作品に受からなかったら辞めるぐらいの覚悟で挑んできなさい』と言われて、そこで受かってなかったら辞めていたと思います。合格した時は、まだ続けていいんだといううれしさと、これからお芝居をもっと頑張っていかないといけないという覚悟を決めた瞬間でした」
鈴木にとって人生の岐路となった『八重の桜』。一生懸命撮影に挑み、成長を実感できたという。
「常に草履を履いて撮影していたので、脚が傷だらけになりながら、ぬかるんだ道を何度も走ったり、うまくできなくて泣いてしまうこともたくさんありましたが、そのひとつひとつの経験が今の自分を作った大切な過程だと感じています」
西郷頼母を演じた西田敏行さんの優しさが伝わるエピソードも明かしてくれた。
「木登りをして(西郷頼母に)怒られるシーンがあったのですが、本当に怒られている気持ちになってしまっていたら、西田敏行さんが待ち時間の時やシーンが終わった後にも変顔をして笑わせてくださったり、たくさん声をかけてくださり、緊張をほぐしてくださいました。私もそんな風に人としても俳優としても尊敬できるような役者になれるようしっかりと歩んでいきたいです」
また、監督からクランクアップの時にかけてもらった言葉をずっと大事にしているという。
「『長く続けていくと最初の気持ちを忘れがちになることがあると思うけど、初心を忘れないでほしい』と言っていただいて、それは今でも意識しています。演じられる喜びや、撮影現場にはたくさんのスタッフさんがいて、1人の力だけでは成立しないということも『八重の桜』で感じ、そういった最初の気持ちをこれからも忘れないようにしたいです」
2014年には、芸能界入りのきっかけとなった芦田愛菜と日本テレビ系ドラマ『明日、ママがいない』で初共演。それからまもなく11年経つが、芦田が自身にとってどういう存在か尋ねると「憧れの気持ちはずっと変わりません」と答えた。
「同い年でありながら、常に自分の先を走っている先輩。今の自分がいるのは本当に愛菜ちゃんのおかげで、愛菜ちゃんの作品を見てなかったら自分はどうなっていたんだろうと考えることもありますが、それは想像できないです」
●目指す女優像とは? “周りを笑顔にする”綾瀬はるかをリスペクト
「お芝居が好き」「お芝居が楽しい」という気持ちは子供の頃から変わらないという鈴木だが、お仕事との向き合い方には変化があるという。
「『この役を演じたい』という思いだけでなく、より演じる人物の内面を考えて分析する時間が増えました。いろんな方のお芝居を見て研究し、自分に足りないものを吸収していくということも意識しています」
将来的にどういう風になっていきたいのか展望も聞いた。
「ずっとこのお仕事をしていきたいです。こういう役をやりたいとか、明確な目標もありますが、それよりも、一緒に作品を作った方たちから『またお仕事したい』と思ってもらえるような信頼の厚い女優になりたいと思っています。そして、ダメなところがあったら指摘してもらえるような人になりたいなと。指摘してもらえたら、もっと頑張ろうと思えるので」
すでに芦田愛菜と西田敏行さんへの憧れを語ってくれたが、綾瀬はるかにも特別な思いがあるという。鈴木は、『八重の桜』に加え、TBS系ドラマ『わたしを離さないで』(2016)でも、綾瀬演じる主人公の幼少期役を務めた。
「綾瀬はるかさんはこのお仕事をする前からドラマなどでたくさん拝見させていただいていましたが、お芝居ももちろんですが、ご一緒した時に、周りの方を笑顔にする力がすごくある方だなと感じ、自分もそういう大人になれたらなととても尊敬しています」
そして、普段の綾瀬と役に入った時の切り替えや、周りのために動く座長としての姿をリスペクト。「綾瀬さんが存在しているだけで皆さんが笑顔になるような方ですが、スイッチが入ると人が違ったかのような姿になれるのもすごいなと思いますし、自分のことよりも周りの人を元気にしようと考えて座長として存在している姿がすごくかっこいいです」と語っていた。
■鈴木梨央
2005年2月10日生まれ、埼玉県出身。2010年、5歳で芸能活動を開始。主な出演作は、ドラマ『八重の桜』(13)、『あさが来た』(15)、『ひきこもり先生』(21)、『命のバトン〜赤ちゃん縁組がつなぐ絆〜』(21)、映画『僕だけがいない街』(16)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)、『最高の人生の見つけ方』(19)、『屋根裏のラジャー』(23 ※声優出演)、『モアナと伝説の海2』(24 ※声優出演)、舞台『奇跡の人』(19)、『るろうに剣心 京都編』(22)、『ダーウィン・ヤング』(23)、『新生!熱血ブラバン少女。』(24)、『ピーター・パン』(24)など。

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