29歳で仕事を辞めて渡米! 現地でゼロから学んだ日本人がハリウッドの映画ポスターデザイナーになるまで(前編)

2021年1月19日(火)18時41分 シネマカフェ

暁恵ダニロウィッチさん

写真を拡大

映画の世界に携わる人たちにお仕事の内容について根掘り葉掘り聞く「映画お仕事図鑑」。連載第6回目となる今回、ご登場いただくのは、海を渡りハリウッドで映画のポスターのデザイナーとして活躍されている暁恵ダニロウィッチさん。

29歳で単身、アメリカに渡り現地でグラフィックデザインを学び、いくつかの会社を経て、現在は「GRAVILLIS」という映画・テレビの広告デザイン会社に勤務している暁恵さん。ハリウッドでの職歴はすでに15年近くになり、現地で結婚もされて、現在は新型コロナウイルスの影響もあり、ロサンゼルスの自宅でお仕事をされています。そんな彼女にリモートインタビューで話を伺いました。暁恵さん曰く「ハリウッドの映画の世界で日本人が活躍する余地はたくさんある」とのこと。ハリウッドで仕事をしたいと考えている人はもちろん、新しく何かを始めたいと思っている人は暁恵さんの言葉、行動力に背中を押してもらえるはず!

帰国子女→広告代理店勤務…順風満帆に見える人生の中でわき起こった「本当にやりたいことは?」という問い
——29歳で渡米されたということですが、そこに至るまでの経緯について教えてください。

子どもの頃は、父の仕事の関係でアメリカと日本を行ったり来たりするような生活を送っていました。高校時代をミシガン州で過ごしたので、帰国子女ということで日本で大学にもすんなり入学できて、就職活動でもわりとスムーズに内定をもらって、25歳で広告代理店で働き始めました。

環境が自分を運んでくれたというか、なんとなく、世の中をうまく渡っていたんですけど、ある時、「自分が本当に何がやりたいのか?」がわからなくなってしまったんです。そこでようやく自分の人生について真面目に考え始めたんですけど、そんな時、広告代理店でクリエイティブ系の部署の人とお仕事をしたことで、グラフィックデザインに興味を持ちました。

とはいえ、会社ではずっと営業だったので、いまからグラフィックデザインを学ぶことなんてできるのかな? という思いもありました。同時に、自分はせっかくアメリカで長く過ごしてきたのに、その経験を活かしきれていないということにも気づいて、もう一度、アメリカに行って自分のやりたいことを勉強しようと思い立ったんです。それが29歳の時です。

——アメリカで過ごした経験があるとはいえ、29歳にしての大きな決断ですね。

そうなんです(笑)。どこに行ったらいいのか? と考えた時、ハリウッドのあるロサンゼルスならエンターテインメントの仕事ができるんじゃないかと考えて「絶対にグラフィックデザインの仕事をやってやろう!」と、まずはロサンゼルスに飛びました。グラフィックデザインの勉強をする学校の中では比較的学費の安いUCLA Extension(カリフォルニア大学 ロサンゼルス校附属エクステンション)のサーティフィケートプログラムというのがあるんです。通常のアートスクールは学費がすごく高いんですが、UCLA Extensionは、仕事をしながら学びたい人、転職のために手に職をつけたい人が勉強できる学校で、夜間コースなどもあります。私はUCLA Extensionのデザインコースに2年間通い、修了証を取得しました。


——グラフィックデザインに関しては、そこでほぼゼロから勉強を始めたということですか?

そうですね。日本でグラフィックデザインに興味を持ち始めてからは、自分でPhotoshop(※画像編集ソフト)などを使って、友人の名刺のデザインをさせてもらったりはしていましたが、せいぜいそれくらいで、以前にデザインについて学んだことも全くなかったです。

——カリフォルニアでエンターテインメントの仕事をしようと考えたということは、以前からハリウッド映画や海外ドラマが好きで、親しみを覚えていたということでしょうか?

それがすごく不思議なんですけど(笑)、私自身、小さい頃から洋画が大好きで…というタイプの人間でもなかったんですよね。大好きなスターがいたわけでもないし。ただ、エンターテインメントそのものというか、人々を楽しませる“メディア”には興味がありましたね。

もうひとつ、渡米後の話ですが、映画のポスターデザインをやろうと思うきっかけとなった出来事があって、学校にポスターデザインをやってるUCLA extensionの卒業生が講演に来たことがあったんです。大手の映画・TVの広告デザイン会社で働く若い女性で、彼女から映画のポスターデザインの仕事について話を聞く機会があり、その時、この業界に魅力を感じ、自分で調べ始めました。その時に使ったのがIMP Awardsというサイトです。



業界で働いている人や映画のポスターデザインに興味のある人には必須のサイトです。新しい映画やテレビ、オンラインストリーミングのポスターデザインが毎日アップデイトされています。仕事の募集も出てますが、デザイン会社も全て出ているので、どの会社がどのポスターをデザインしたかをすぐに調べることができます。このサイトのDesignersをクリックするとアメリカはもちろん世界のエンターテインメントのデザイン会社のリストも見ることができます。

調べてみると、ハリウッドだけでポスターのデザインをする会社って数え切れないほどあるんですよ。そんなにあるんだったら絶対にどこか自分も仕事させてもらえるところが見つかるはずだ! と思って、リストにあった会社100社以上にメールを書いて、郵送でポートフォリオも送りました。そうしたらいくつか「面接に来てください」と連絡がありました。

ただ、実際に面接に行っても、就労ビザが必要な旨を説明すると必ずそこがネックになって、採用に至らないんですね。結局、会社の数は多いけど、それぞれの会社がそこまで規模が大きいわけでもなく、余裕もないのでビザを出してまで外国人を採ろうと思わないんですよね。


多くの人がぶつかるビザの壁をどう乗り越えるか?
——多くの外国人が、アメリカでの就労に関して直面する大きな“壁”ですね。

はい。できる限りのことはしたので、諦めて日本に帰国することも考えました。そんな時、車を運転していたら偶然、映画・TVスタジオのキャリアフォーラムの広告を見つけたんです。もうどんな可能性も試してみようと足を運びました。ところがそのフォーラムはクリエイティブ系の仕事をする人に向けたものではなかったんですけど…(苦笑)。でもそこで、ワーナーブラザースの人事の方にダメ元でポートフォリオを広げて、熱意を見せたんです。そしたら、私のアプローチに圧倒されながらも私がデザインした手作りの名刺を受け取ってくれて、その半年後に奇跡的にその人事の方から「新しくできたTVマーケティングのクリエイティブ部門に空きがあります」と連絡があったんです。そしてクリエイティブ・ディレクターとの面接の機会をいただき、ワーナーブラザースの「World Wide Television Marketing 」という部署で働き始めることになりました。


過去の経験から、労働ビザの依頼を採用面接の時点でするのは難しいことを学んだので、その時は、OPTという学生終了後1年だけ働けるビザで仕事を始めました。心の中では、大手の映画スタジオであれば、ビザを出してくれるんじゃないかという思いで、自分のスキルをアピールするために必死に働きました。そして半年後、タイミングを見てクリエイティブ・ディレクターに労働ビザのスポンサーになることを依頼したんです。

ところが期待は裏切られ、この部署ではビザのスポンサーはできないと断られました。労働ビザのスポンサーになる会社はお金の負担と厄介な手続きが必要となるので、新しい部署ではそこまでする余裕がないとの理由でした。ただその時「でもこの部署であなたをキープしたいので、もし自分でなんとかビザを手配できるのであれば、引き続き採用することを約束します」という言葉をいただきました。その言葉を信じて、なんとかしてビザを自分で取得しようという思いが募りました。そこで、広告や口伝で探した弁護士に相談に行き、やっとの思いで自分でデザイン会社を起業して、投資家ビザを取得することができました。

ただし投資家ビザの更新はとても難しかったので2年後、新しい弁護士をまた探し、結果的に通常は困難と言われているアーティストビザの取得に成功しました。アーティストビザとは科学や教育、事業、スポーツの分野における活躍が顕著な外国人や芸術、映画、TVの分野で優れた才能を持つ人に発行されるビザで、それまでの仕事の成果を見てくれたクリエイティブ・ディレクターをはじめ、他の上司も私のアーティストビザの取得を支援してくれました。


ハリウッドでのお仕事スタート! TVのポスター制作を経て、念願の映画のポスターデザインの世界へ!

——念願のハリウッドでのデザイナーとしての生活が始まったんですね!

結局、ワーナーには7年ほどいたんですが、CWテレビジョンネットワークやDC作品、カートゥーン・ネットワークなど、グループ内の会社の作品の広告、ポスターなどを作っていました。ただ、私がやりたいと思っていたのはあくまでも映画のポスターデザインだったんです。そこはTV関連の部署なので、ドラマやコメディなどTV番組のポスターだけしかできなくて…。

そもそも、規模の大きな映画の場合、マーケティングの予算も大きいので、ポスターはスタジオが自分たちで作るんじゃなく、ほぼデザイン会社への外注なんです。そこでワーナーを退職して、映画のポスターのデザイン会社への転職にトライしてみたんですが、これまで映画ポスターをデザインした経験がないので、なかなか難しいんですね。

——これまで担当されてきたTV番組のポスターと映画のポスターではデザインの仕方は大きく異なるんですか?

これが全然違うんですよ、訴え方が。TVのほうはすごくシンプルです。ワーナーは特にそうで、例えばトーク番組の「The Ellen DeGeneres Show」(邦題:エレンの部屋)なら、とにかくホストのエレン・デジェネレスを大きく見せればいいという構成ですし、他のコメディやトークショーもそうですね。映画のようにストーリーを伝えるデザインである必要がないんです。

——ちなみに“ポスター”というのは、日本でも映画館や街中などに貼られているタイプのポスターのことですか?

簡単に説明しますと、業界では“キーアート”という言い方をするんですが、作品を紹介する際にメインで使用される代表的な画像、デザインがあるんです。それがリサイズされたり、背景を取り除かれたりして、例えば“billboard”と呼ばれる、高速道路などで見られる大きな看板が作られたり、バス停に張り出されるポスターになったりもするし、背景のないシンプルな形でストリーミング用に使用されたり、用途に合わせていろんな使い方をされるわけです。

映画のポスターに関してもいくつか種類があります。ポスターのデザインなんて、写真と文字をくっつけているだけだろうって思っている方も多いと思うんですが(笑)、実際は映画が公開される何年も前から計画されて、細かく作られているんです。

まず“teaser(ティザー)”と呼ばれるものがあって、これは映画について全てを見せるのではなく、一部だけを紹介したり、におわせることで話題性、人々の興味や関心を喚起するためのもので、キャストの顔さえも出さないものもあります。

その後、“payoff(ペイオフ)”と呼ばれる、メインのポスターが出てきます。ある程度、その映画が認知されている状況で、より多くの人々に広めるために出されるポスターですね。

それとは別に“character(キャラクター)”というのがあって、これはその名の通り、映画の登場人物をひとりひとり見せるためのポスターです。


——制作から公開までの時間の長さや登場人物の数などの違いも含めて、TVと映画では同じポスターでもそのデザインが大きく違うんですね。

そうなんです。結局、スタジオでの経験しかないと、転職するにしてもスタジオからしか声がかからないんですね。それでワーナーからFOXに転職して、1年ほど仕事をしたのですが、やはりそこでも「本当に自分がやりたいこととは違うなぁ…」という思いは抱えていました。

その後、会社を辞めてフリーランスで仕事をすることにして、映画のポスターデザインをする会社に「フリーでやっているので仕事をください!」と電話とメールで仕事を探しました。フリーランス時代に最後に仕事をした会社が「BOND(ボンド)」という会社で、そこは一流の映画のポスターデザイン会社にいた4人の人たちが共同パートナーになって設立した新しい会社だったんです。当時、業界でも一番話題になっていた会社で、あちらから声をかけていただけて、そこで働くことになったんです。



ただ、ここで配属されたのが「ホームエンターテインメント」という、DVDやブルーレイなどのソフトのパッケージなどをデザインをする部署だったんです。ここでも微妙に自分の希望とは違ったんですが(苦笑)、とはいえ、これだけ話題になっている会社だし、いつか映画のポスターのチャンスが来るかもしれないという思いで働き始めました。

ちなみにDVDやブルーレイのパッケージのデザインも、映画のポスターを小さくしただけだろって思われがちなんですけど(笑)、あれはあれで別でデザインし、作っているんです。そういう意味で、自分で「デザインを作る」ということを勉強をさせてもらいました。

——キャリアを積みながら、徐々に自分が本当にやりたい仕事に近づいていくという感じですね。

そうですね。「BOND」に在籍していたのは3年ほどで、その間、たまに自分の部署の仕事が空くと「映画のほうも手伝って」と声をかけてもらって、映画のポスターをデザインする機会もあったんですが、そのうち「映画のポスターデザインをメインでやりたい!」という気持ちが強くなって、いま在籍している「GRAVILLIS(グラヴィリス)」という会社に移りました。それが1年半ほど前になります。

シネマカフェ

「ハリウッド」をもっと詳しく

「ハリウッド」のニュース

「ハリウッド」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ