「この俺じゃ駄目かな」と振り向いた寅さんが…風吹ジュンが明かす『男はつらいよ』撮影秘話

2025年1月30日(木)20時0分 文春オンライン

〈 「ヤンキーなんですか?」秋吉久美子が“一夜の縁”を結んだ寅さんから投げかけられた一言 〉から続く


 渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。


『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992年)


◆ ◆ ◆


葛飾柴又へ行かないマドンナ


 この『寅次郎の青春』は、私が竹中直人監督の『無能の人』(1991年)へ出演した翌年の作品にあたります。おそらく、『無能の人』が得た賞の授賞式で山田監督と言葉を交わしたのがオファーのキッカケだったのかな、という気がします。


 私が演じるのは、宮崎県の油津(あぶらつ)にある理髪店の女主人・蝶子。独り身で、身寄りは船乗りの弟・竜介(永瀬正敏)がひとり。土地に根付いているけど、少し淋しそうな女性ですね。他の作品と違うのは、蝶子さんは油津から葛飾柴又へ行かないという点でしょうか。マドンナといえば東京にいるか、地方から帝釈天へ訪ねていくかして寅さんやお団子屋さんのみんなと交流しますから。私は残念ながら、おいちゃん、おばちゃん、さくらさんたちとお喋りする機会がありませんでした。



風吹ジュン(ふぶきじゅん)1952年、富山県生まれ。75年、ドラマ『寺内貫太郎一家2』で俳優デビュー。出演作にドラマ『岸辺のアルバム』、映画『蘇る金狼』『無能の人』『家族はつらいよ』など。


 出会いは近所の喫茶店。どこかにいい男いないかなと愚痴る蝶子さん。「その男この俺じゃ駄目かな?」と振り向く男が寅さん。カッコいいんですよね。


「ラブシーンみたい」と床屋での言われたシーン


 ロケ地の油津は素敵な場所でした。海があり綺麗な入江があって、川が流れていて。そこに理髪店があるんですが、室内の場面はスタジオに凝った床屋のセットを組んで撮りました。撮影前に私も理容師さんのことを勉強して来たんです。沢木耕太郎さんとご縁があり、エッセイ集『ポーカー・フェース』でも触れられている三軒茶屋の床屋さんで手ほどきを受けまして。


 寅さんがシャンプーやシェービングをする場面は、『寅次郎の青春』以外にないみたいですね。床屋での撮影に入る前、私にとって初のカメラテストを受けました。店内に光が差し、そよ風がカーテンを揺らして……。「あれ、ちょっとこれまでの『男はつらいよ』とは違う?」と感じました。どこか情緒があって、フランス映画の『髪結いの亭主』(90年)を意識したような……。渥美さんの髪に触れると、普段触られることがないのか、ビクッ! と身をすくませるリアルなリアクションをなさってて(笑)。続いて髭を当たるところは、「2人の距離が近くてラブシーンみたいだ」と仰る方もいます。そこは意識していませんでしたが、たしかにしっとりした雰囲気からそう見えるのかもしれませんね。


気になる本編の蝶子さんと寅さんの関係


 渥美さんは本番以外、静かに身体を休めていました。それでも気さくに声をかけてくださり、海沿いの食堂へ磯汁を食べに連れて行ってくれまして。地方のお店に詳しいのは、津々浦々を旅している寅さんだから?なんて思ってみたりも。


 満男と泉(後藤久美子)を海辺で見守りながら、2人で『港が見える丘』をデュエットするシーンも素敵でした。蝶子が、


「あなたと二人で来た丘は」


 と、口ずさむと寅さんが自然に応じます。


「港が見える丘 色褪せた桜唯一つ 淋しく咲いていた」


 渥美さんの抑えた優しい声がいいんです。山田監督に「さすが歌手ですねぇ」なんて褒めて頂いた時は恐縮しちゃいました。


 撮影後、私や沢田研二さんが出演した舞台『漂泊者のアリア』をNHKホールまで観にきてくださったのも忘れられません。まだまだお元気で、寅さんも続いていくだろうなって思っていましたから、3年後の訃報は信じられませんでした。


 気になる本編の蝶子さんと寅さんの関係ですが、私はフラれちゃったんだと思います。最初に頂いた台本では寅さんと油津でお別れした後、彼女は急に結婚して博多に去るのではなく、寅さんに連絡を取るような流れだったと記憶してます。その本通りだったとしたら、2人の“その後”は、どうなったんでしょう。柴又に彼女が開いた理髪店で“髪結いの亭主”になる寅さん(笑)。そういう場面を想像しながら、『寅次郎の青春』をまた観返そうと思います。

〈 寅次郎は今どこに? 妹・さくらは「ローマの町をほっつき歩いているかも」 〉へ続く


(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月2日・9日号)

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