バス業界で維持されてきた「稼ぎたい人が稼ぎ、休みたい人は休む」はまもなく崩壊…時間外労働に上限が生じる「2024年問題」で何が起こるか

2024年2月7日(水)6時30分 婦人公論.jp


綿貫さん「2024年問題は、バス運転士にも影響がある」(写真提供:Photo AC)

バスの運転士不足が叫ばれる中、路線バスを減便する動きが全国各地でみられています。日本バス協会によれば、12万1000人の運転手が必要なのに対し、現状11万1000人とすでに1万人不足しており、その不足は今後さらに拡大していくそうです。一方、バスの運行管理者の経験を活かし、交通系YouTuberとして活動しているのが綿貫渉さんです。その綿貫さん、「2024年問題は、バス運転士にも影響がある」と言っていて——。

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2024年問題、バスはどうなる?


この記事ではバスをはじめとした公共交通機関について研究している駒澤大学文学部地理学科の土谷敏治(土は正しくは「土に`」の異体字)(つちたにとしはる)教授に取材のうえ、私の見解と研究者である教授の視点を交えてバスの未来を探る。

近年、「2024年問題」というフレーズをよく聞く。これはトラックドライバーに関して影響があるものとしている報道が多く、それも事実であるが、実はバス運転士にも影響がある問題である。

そもそも2024年問題とは何だろうか。従来、労働者の時間外労働は厚生労働大臣の告示によって上限の基準は定められていたものの、特別な事情があれば上限なく時間外労働を行うことが可能だった。それが、2019年に施行された働き方改革関連法によって、特別な事情があったとしても超えてはならない上限が定められた。

この法律は2019年から施行されているものの、自動車運転の業務に関しては経過措置が設けられ、適用は2024年4月1日からとなる。ここでいう「自動車運転の業務」はトラック運転者だけでなく、バスやタクシーの運転者*1も含まれている。

これらの業務については、1989年制定の「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下改善基準)で、労働時間等の上限が定められていた。この改善基準を、今回の働き方改革関連法の適用に対応した形で、より厳しい上限の内容に改めることになる。

【*1】バス「運転者」としているが、これは厚生労働省の改善基準のサイトの記載に合わせている。

バス会社も勤務体制の組み直し


具体的には、トラック運転者において1ヶ月の拘束時間の上限が最大320時間だったものが、2024年以降は310時間が上限となる。

また、退勤から翌日の出勤までの勤務の間隔を従来は8時間以上あける必要があったのに対し、今後は9時間以上あける必要がある。


『逆境路線バス職員日誌 車庫の端から日本をのぞくと』(著:綿貫渉/二見書房)

その結果、従来の上限ぎりぎりで運用してきた事業者にとっては上限が厳しくなることにより同じ人数で仕事を捌ききることができなくなる。

新たに人材を雇用したくても、人手不足によりそれも叶わず、従来通りの輸送が困難となることが危惧されている。

これが2024年問題である。

ただ、前述の通り、この改善基準はトラック運転者だけではなくバス運転者にも適用される。

バスにおいては1ヶ月の拘束時間が309時間の上限であったものが294時間に、退勤から翌日の出勤までの間隔は8時間以上だったものが9時間以上あけるよう変更される。また、年間の時間外労働の上限はトラック・バスともに年960時間が上限と定められた。

これにより、バス会社もこれに対応した勤務体制に組み直す必要があり、各社対応に向けて動いている。

現場への影響は?


長時間労働の常態化抑制になるのは事実だが、実際に働く現場にはどのような影響が出るだろうか。

私が運行管理者を行っていた2015年前後は退勤から翌日の出勤までの間隔が8時間ギリギリという勤務はなかったものの、人員不足や急な欠勤による勤務の変更により、結果として退勤と出勤の間隔が8時間ギリギリとなってしまう場合は多々あった。

出退勤の時刻においては夜ラッシュに対応する勤務は21時台の退勤が、朝ラッシュに対応する勤務は5時台の出勤が多いため、8時間の間隔であればこの両方を効率よくこなすことができた。

とはいえ、その勤務はキツいということであれば運転士は断ることができる環境であったし、家に帰ると睡眠時間が短くなってしまう場合には営業所に宿泊できる設備が整っていた。

鉄道乗務員の泊まり勤務は仮眠時間が4〜5時間程度だ。


残業を希望しない人が残業せざるを得なくなるなら、場合によっては退職してしまうということもあるかもしれない(写真提供:Photo AC)

そう考えると、バス運転士において12時間労働などの長時間労働に加えて勤務間のインターバルが8時間ギリギリというのが常態化するのは確かに良くないが、労使間合意のうえで8時間のインターバルで勤務できる余地は残っていてもいいのではないかと感じる。

また、残業時間についても、限界まで稼ぎたいという希望で上限ギリギリまで時間外労働をしている運転士は一定数いる。

もちろん従来も拘束時間の上限の規制があるため、1989年の改善基準制定前のような、青天井で残業して年収1000万円を稼ぐということは難しいが、それでもバス会社で稼げるだけ稼ぎたいという考えの人は多い。

1ヶ月の拘束時間の上限が15時間減るのも大きな影響だが、それ以上に勤務間のインターバルが9時間に変更されるのが大きい。

本人が残業を希望していたとしても、勤務間のインターバルに合致する勤務に空きがないと残業を割り当てることができないためだ。

やってみないとわからない


21時台退勤の翌日、5時台に出勤するということが不可能になるので、こういった場面は増えるだろう。

その場合、誰が残業することになるか。それは普段あまり残業を希望していない人にお願いして担当してもらうことになるだろう。

現状のルールが長年運用されてきたことにより、「稼ぎたい人が稼ぎ、休みたい人は休む」という棲み分けが自然とうまく行われてきた。

それが今回の改正で崩れてしまい、残業を希望しない人が残業せざるを得なくなるなら、場合によっては退職してしまうということもあるかもしれない。

全員が上限いっぱいまで長時間労働することが前提になった勤務であれば問題だが、そうでなければ本人の希望で多く稼げる余地があったほうが、結果としてあまり稼がなくてもいい(残業が少ないほうが嬉しい)人の希望も叶えられる。

とはいっても、2020年以降のコロナ禍によって特に深夜の時間帯のバスは大幅に減便され、需要が回復しつつある今もその大半は減便されたままだ。

法改正自体は2019年に決まっていたので、今回のコロナ禍をきっかけに2024年問題にある程度対応できる勤務体系にシフトしているバス事業者も多いだろう。

そう考えると、トラック業界に比べれば思ったより影響は出てこないのかもしれない。実際にどうなるかはやってみないとわからない面も多い。

2024年になったいま大きなトラブルがないことを願うばかりだ。

※本稿は、『逆境路線バス職員日誌 車庫の端から日本をのぞくと』(二見書房)の一部を再編集したものです。

婦人公論.jp

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