ウクライナ侵攻3年、『犬と戦争』山田あかね監督が現地で感じた空気「逃げ出すより“助けに行くんだ”」

2025年2月24日(月)7時0分 マイナビニュース


●私は死んでもいいけど…
映画『犬に名前をつける日』、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』「犬と猫の向こう側」「花子と先生の18年」などで知られる山田あかね監督が、およそ3年の時間を費やしたドキュメンタリー『犬と戦争』が公開された。
きょう24日でロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始からちょうど3年。幾度も海を越えてウクライナで動物たちを救おうとする人々を取材した山田監督だが、現地での取材には当然多くの困難があった。劇中には収められていない苦労や思わぬ出来事などを聞いた——。
○ウクライナ語が分からない中での取材
——劇中には、もし何かあった場合に備えて遺産に関する書類などにサインする場面がありました。戦渦の海外です。周囲に止められませんでしたか?
私に関しては福島の原発の20キロ圏内に入ったり、車が行けない能登半島に行ったりと、もともとそういう人間ですし、今さら誰も驚きません。「止めても行くんでしょ」という感じでした(笑)。とはいえさすがに今回ひとりでは怖かったので、ほとんど全てのドキュメンタリーで組んでいるカメラマン(谷茂岡稔氏)に「私はこれからウクライナに行こうと思うのだけれど、行ってくれますか?」と聞きました。
戦争って保険がきかないんです。本当に自己責任になる。私は死んでもいいけど、一緒に行く人に何かあって家族に1円も残らないとなったらどうするんだろうと思ったので、「自己責任になりますが」と確認したんですけど、彼も「行きたい」というので一緒に行くことにしました。
——取材をスタートしてからも困難がたくさんあったかと。
まずはコーディネーターがつかまらなかったこと。侵攻が開始されてすぐは世界中が取材をしていましたし、日本でも大手のメディアが、日本語とウクライナ語ができるコーディネーターを押さえていました。だから人が全然見つからなくて大変でした。仕方ないので最初はポーランド人で英語しかできないけど現地の知識がある青年と、日本語ができるポーランド人の観光ガイドの女性にお願いしましたが、取材対象が英語のできる人に限られてしまうし、ウクライナ語が分からないから、どこが危ないという情報も入ってこない。本当に大変でした。
○防弾ジョッキやヘルメットを準備しても…
——そんな中で取材に向かっていたんですね。
取材先を見つけること自体も大変でした。犬と猫のために、農場を借りて臨時シェルターを作っていた「ケンタウロス財団」。住所が分からなくて、そのシェルターを見つけるのにも3日かかりました。本部とWhatsApp(Meta社のメッセージングアプリ)ではつながっていたけれど、忙しい中、日本から来たよく分からない英語しかできない人間に、そんなに返事もくれないんですよ。
「国境近くにいるので探してください」しかない。だから実際の取材に入るまでが大変でした。アメリカ映画の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で、ニューヨークからワシントンまで大統領を取材するための移動の先々で大変な目に遭うんだけど、あそこまでじゃないけど、とりあえず進むしかない感じでした。
——劇中には防弾チョッキを身に装着する様子も出てきていました。銃弾が貫通しないというヘルメットを購入したとも聞きましたし。
やたら重いので、結局みんな着なかったんです。私たちが狙撃されるような事態になったら、防弾チョッキを着ていたって死ぬだろうという話になって。ヘルメットもね、ものすごく高額なものだったけれど、購入したんですよ。だけどやっぱり邪魔で。結局ほぼ使いませんでした。
●夜は戒厳令…極寒で車中泊の危機
——日本でも大きく報道された、ミサイル攻撃のあったキーウの小児病院へも行かれていました。
あのときに何に一番驚いたかというと、すごい数の一般市民がすぐに駆けつけて一斉に瓦礫(がれき)を撤去する姿です。怒るよりも助けに行くことが日常化していて、軍や病院の関係者はもちろんそうだけど、市民がみんなで協力するから、めちゃくちゃ早く片付くんです。
当然、重症の子どもばかりが来るような病院を攻撃することに対しての怒りはみんなありましたけどね。あえて狙ったのか、誤爆なのかはもう分かりませんけれど。とにかくミサイルが落ちたら、逃げ出すという空気より、まずは「救おう」「助けに行くんだ」という空気がすごくて驚きました。
——こちらも日本のニュースでも大きく扱われていたヘルソン州のダム決壊水没地域にも行かれてましたね。
半年くらい前までロシア軍に占領されていた区域で、なおかつ川の向こう側にはまだロシア軍がいました。でもその時は洪水で水浸しになったあとで、みんな避難した後だったので残っている人はほとんどいませんでした。いるのは高齢の方や、逃げる手段がなかったり、外国語ができないといった人たち。インフラもなく、配給所で缶詰とかをもらって食べている感じでした。
それでも「ヤギがいるから置いていけない」と言う人や、犬をかわいがって支えにしていた人もいました。そこで砲弾の音が聞こえるんです。遠くでバーンと。夜になると戒厳令が出る場所ですし。それで私たちもヘルソンに泊まるのは危険だから日帰りにしようと言っていたのですが、遅くなって帰れなくなって。
——そうなんですか!? 日を分けたのではなく、日をまたいで取材していたんですね。
そうなんです。夜のヘルソンでは10時に外を歩いていると捕まるんです。軍に捕まって撮影機材をチェックされたりしたら、これまで撮ってきたものが無駄になる可能性もある。だから本当は夜の10時にはキーウに戻らなきゃいけなかったんだけど、全然間に合わなくて。
コーディネーターが、空き家を貸してくれる人を何とかギリギリで見つけたので、泊めてもらえるように話をしてくれたんだけど、着いた頃には10時1分を過ぎてしまって。「規則だから」と言って入れてもらえなかったんです。「しょうがない、車で寝るか」と、私とカメラマンとドライバーとコーディネーターの4人で、ワゴンで寝ようとしたんです。だけど、めっちゃ寒いし危険だしで、コーディネーターがもう一度「助けてください!!」ってお願いして、怒られながらどうにかドアを開けてもらって空き家に泊めてもらいました。
○「ある意味常軌を逸している」東出昌大に託した理由
——最後に、ナレーションに東出昌大さんを選ばれた理由を聞かせてください。
最初は自分でやるつもりでしたが、多くの人に届けるためには、やはりある程度知名度のある方に頼む必要があると思いました。そう考えているときに、猟師としての東出さんを追ったドキュメンタリーの『WILL』を観たんです。動物が好きなんだけど、森に入って鹿を撃つ。それで撃ちながらいつも「ごめんなさい」という気落ちが消えないと。痛みを伴いながら撃って、命を奪って食べている。
私たちも普段、命を奪って肉を食べて暮らしているけれど、その場所には立ち会わずに済んでいる。それを自分からあえて立ち会って「ごめん」と思いながらやるのって強烈な覚悟だし、ある意味常軌を逸しているとも言える。
私も、自分から戦地まで行くのって、まあ常軌を逸してますよね。だから、動物に対して同じくらい常軌を逸した思いのある人にやってもらわないといけないと思いました。それで、東出さんにお願いしようとご本人にお伝えしたところ、「ぜひ」とお返事を頂いてかないました。
●山田あかね東京都出身。テレビ制作会社勤務を経て、1990年よりフリーのテレビディレクターとして活動。ドキュメンタリー、教養番組、ドラマなど様々な映像作品で演出・脚本を手がけている。2010年、自身の書き下ろし小説を映画化した『すべては海になる』で映画初監督。東日本大震災で置き去りにされた動物を保護する人々への取材をきっかけに手掛けた監督2作目『犬に名前をつける日』(16年)は、国内外で評価され続けている。映画『犬部!』(21年)では脚本を務めた。2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナ侵攻から約1カ月後、『犬と戦争』の取材を開始し、完成に至った。元保護犬の愛犬“ハル”と暮らす。
望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら

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