短縮した営業時間を戻せない…でもそれって実はまっとうなのかも。無人販売をポジティブに取り込むことで本屋さんの可能性はもっと広がる

2024年3月5日(火)12時30分 婦人公論.jp


メディアライン曙橋店。「MUJIN書店システム」を導入し、23年より夜間の無人販売を行っている(写真提供:Photo AC)

減り続ける街の本屋さん。日本出版インフラセンターによると、2003年には20,880店あった書店数も、22年には11,495店と約半分に。町から本屋の灯を失わないために、できることはもうないのか——。プログラマーで実業家の清水亮さんとその方法を探る当連載、今回は書店の無人営業「MUJIN書店システム」を展開中の株式会社トーハン・株式会社Nebraskaのご担当者に話を聞いていきます。

* * * * * * *

紙の本を残す唯一の方法とは


◆前編はこちら

*以下
株式会社トーハン経営企画部部長 大塚正志さん=大塚
株式会社Nebraska代表取締役 藤本豊さん=藤本
清水亮さん=清水 
「婦人公論.jp」編集部=編集

清水:夜間の書籍無人販売「MUJIN書店システム」を中心に、お話を聞いてきました。ここまでポジティブな部分がありつつ、現状維持するための試行錯誤、という面を強く感じています。大塚さんは書店経営の現状をどう感じていますか?

大塚:前提として、いつか紙の本を取り巻くあれこれは、いずれ下げ止まると思います。96年に出版物の売り上げがピークを迎えてから、約30年にわたって、右肩下がりがここまで続いてきたわけですが、反面、底堅い紙の本の需要があることを強く感じています。ですので、その下り坂が落ち着く底まで、何とか業界として生き残りたい、というのが我々に共通する想いでもあります。

清水:なるほど。

大塚:なお下り坂の途中では、多くの本屋さんが消えていくのを見届けてきたわけですが、同時に無くなったお店が抱えていたお客さんがその後どうなるのか、という点に注目してきました。

清水:どうでした?

大塚:ハッキリしたのは、無くなる書店に100人のお客さんがついていたとして、100名がそのまま周辺店に散るわけではない、ということ。本を買う必要に迫られている50名は散ったとしても、残りの50名は本を買う生活習慣ごと失い、そのまま消えてしまう。やはり店舗にアクセスし、実際に手に取ることで初めて買う習慣が生まれるわけです。ですので、街に本屋を残すことこそ、紙の本を残す唯一の方法だとあらためて思っています。それで本屋さんを残すためになにができるか、と検討を続けてきたことが、今回の「無人書店」の試みとリンクしてくるわけです。

本屋さんは体験型エンターテインメント


清水:本屋さんって体験型のエンターテインメントですもんね。リアルだからこそ、偶然の出会いも生まれる。

編集:別の出版社で働いていた時、本屋さん主体で販売していた刊行物を、某コンビニエンスストアチェーンで展開したら、一気に販売部数が伸びたことがあって。そのとき検証したら、実はコンビニそのもので売れた以上に、沢山の店舗に置いたことで読者との接点が増えて認識や知名度が上がり、結果として書店販売分の部数も伸びた、とのデータが出たことがありました。そのときに接点の重要性を痛感しましたが、逆に出会いの場である本屋さんが減れば、販売部数が減るのも必然というか……。

清水:本屋さんの売り上げは高いペースのまま下がっているのでしょうか? それとも落ちてはいても、ペースは鈍化している?

大塚:売り上げというか、お店の総数そのものが減り続けているのは間違いない。それゆえに売れる量が減って初版も減る、というマイナスサイクルがまわり続けているのも事実です。ただし先ほども申した通り、落ちるにしても、そろそろ底に到達するのでは、とも考えています。


大塚さん「落ちるにしても、そろそろ底に到達するのでは、とも考えています」(写真:本社写真部)

藤本:書店さんの減り方は、CDショップやレンタルDVD店のそれとはちょっと違うと認識していて。書店さんはなだらかに減り続けているけど、この先もゼロにはなりそうにない。それは書店という業態に、しっかりとしたニーズがあることの裏返し、と考えています。

清水:体験型のビジネスだからこそ、スパッとほかの何かに置き換わらないんじゃないかな。

藤本:ただしんどいのは、改善の努力をしないと、維持すらできない状態にずっと置かれていることで……。良い方に変わるターニングポイントを、少しでも高くとるためのトライアルを続けている、というのが現状です。

AI時代の本の価値


清水:本とAIって、全く違う存在のようだけど、AIの世界では本の価値が見直され始めています。ネットにあふれている情報は玉石混交で、決してよいものばかりと言えない。本なら、ある程度のクオリティが担保されている。加えて、本が母国語で書かれていることが、その国のAIの進化において大切なことでもあって。日本のように、母国語で書かれた本がこれだけ存在している国は珍しいし、その意味で実は強い。


清水さん「本とAIって、全く違う世界のようではあるけど、むしろAIの世界では本の価値が見直され始めている」(写真:本社写真部)

編集:一方で、クリエイターと出版社などのメディア企業の関係性にまつわるニュースが多く流れています。その中に「本にする意味」「出版社を経由する意味」などの議論も混じるようになっていて。

大塚:もちろん、いろいろな事情やケースを辿った先の先で、「本って何のためにあるの?」「出版社って何のためにあるの?」という議論が生じているわけですよね。創作物を表に出すだけなら、中間搾取されるだけムダ、という話になりがちですが……。そもそも表現者が発表の仕方や売り方を選ぶ、直接販売する、というのはあるべき姿だったのだと思います。これまで選べなかっただけで、今でも出版社や書店を経由するメリットは、やはりあるのではないかと。選択肢が増えたのはいいことなのに、単純に対立させた構図で考えてしまうのはもったいないな、とも感じたり。

清水:それこそ本を取り巻く状況も、何かをきっかけに、良い方へガラッと変わると思っているのだけど。前にリクルートの『R25』というフリーペーパーが人気を博したときがあって。すでに浸透していたフリーペーパーに、新しくエンターテインメント性を加えたことで、あらためて脚光を浴びた。

編集:突然「これからはフリーペーパーじゃない?」って。

清水:前回取材させてもらった「PASSAGE by ALL REVIEWS」さんは、著者と読者の間の距離を変えていました。サインや特典を加えて“グッズ”という側面で、本の価値を増やしたり。それって「ハック」なんですよね。既にあるものの、何かを変えることで、価値を新しく生み出すという。

編集:サラリーマンとして働いている限り、書店の営業時間と生活リズムが合いにくい。本屋さんにアクセスしにくい状況に置かれ続けているのは事実と思います。だからこそ「ハック」というか、既存店が新しい仕組みで夜間営業を、という取り組みは大変にありがたいですね。

あらゆるものごとは幸せな方に流れていく


大塚:コロナを経て、本屋さんの営業時間短縮が進んだのは事実だと思います。以前22時まで開いていたのを20時で閉める、といったお店が増えました。その流れに人不足が加わり、営業時間を戻せないまま、という書店さんがとても多い。

清水:前提として、負担が軽減される方向で一度変わったものが、もとに戻るのは困難。経営していた会社でも、リモートワーク導入後に、そのまま遠方へ引っ越したままの社員が多く…。コロナの流行を機会に、仕事や生活が楽な方、あるいは良い方に変わった部分もあったわけです。

編集:確かに以前は22時まで店を開けていられた。でもそれは、何かを犠牲にして成り立っていたのかもしれない。

清水:あらゆるものごとは、より幸せな方へ流れていく。その結果として、時短や自動化に流れたなら、それはやむを得ない。でもそれで、やりたくないけど、やらざるを得なかった仕事が減るのなら…至極まっとうなことと思います。余裕ができた分、クリエイティブな仕事や新しいことにチャレンジしたり、困っている人を助けるために時間を使えたなら、やっぱり幸せなんじゃないかな? だから、無人化が進むのをポジティブに捉えたいですよね。パートさんを減らす、とかそういうことではなく。セルフレジなんか、その典型かも。

編集:セルフレジ、書店さんでも導入店舗が増えていますよね。このままレジが高機能になっていけば、現場の業務負担軽減はもちろん、データ集積もより進んでいくのでは?

大塚:多くの書店は「スリップ」による在庫管理から、すでに「POSデータ」管理に切り替わっているので、その意味で、かなり利便性は高くなっていると思います。ただし、これからより集約が進んで、どの地域のどの時間に、どういった本が誰相手にどれくらい売れたか、といった細かいデータ集積や分析がより進んでいくのは間違いないでしょうね。

編集:街そのもののデータのハブとして、書店がその価値や存在感を高めていく。そうなるといいですよね。

書店員さんも幸せになるように


大塚:今回「MUJIN書店システム」導入を進めるにあたり、書店員さんがどんな仕事をしているのか、あらためて聞き取りを行いました。つまりは一日のうち、何の作業に何分使っているか、ということです。すると多くの店員さんが、労働時間の半分くらい、レジの内側に立っていることがわかりました。

編集:半分も。

大塚:もちろんレジに立つといっても、レジ打ち以外にいろいろなことをそこでしているわけですが。でも現実として、場所は縛られている。なのでレジ周りにテコ入れをし、セルフレジと組み合わせたシステムにすることで、その場所から解放され、よりクリエイティブな仕事に時間を使ってもらえるんじゃないかな、と。

清水:POPを書くのが得意・好きという人には、なるべく長い時間POPを書いてもらう…とか? そもそも、得意なものや楽しい仕事と、苦しい仕事を切り分けるのがテクノロジーであって。嫌だな、面倒くさいな、と思うものはAIにやらせればいい。

編集:「人工知能と仕事をする=仕事を奪われる」という発想になりがちですが。

清水:嫌々やっている仕事まで本当に残したいの? という想いはあり。書店員さんが喜びを感じるとすれば、自分の推している作家さんの本が売れるとか、お客さんとのやりとりとか、そういうことなのかな。であれば、よりそれに注力できるというか「ここで働いてよかった」と思ってもらえる方向に進んでほしい。現場が元気になる仕組みになるのが、とにかく第一。


藤本さん「より楽にアクセスできる仕組みに、書店側も主体的に変わっていかなければならない」(写真:本社写真部)

藤本:私は、書店員さんの仕事の影響力を、お店の外にどんどん広げていきたいと思っていて。たとえば店頭のPOPでは、お店に来た人以外は見ることができない。そうではなくどこでも、それこそスマホのむこう側にまで、情報を送るようにしないと。無人書店ではLINEを使う仕組みを設けていますが、これなんかは正にデジタルの入り口を作り出しているわけです。ユーザーにとって、より楽にアクセスできる仕組みに書店側も主体的に変わっていかなければ、と考えています。

清水:デジタルでの接点を意識するのは大事ですよね。たとえば、Amazonは過去の購入履歴を見て、どんどんレコメンドしてきます。でも、そのレコメンドは一方的に押し付けられたものだし、本屋さんに足を運んでいたら、もっと素晴らしい出会いがあったかもしれない。レコメンドに満足して、本屋さんってめちゃくちゃ楽しい場所ということを知らない世代が増えていったとすれば、非常にもったいないですよね。やはり本屋さんは街に残していかなければならないな……。というところで、今回もたくさんの気づきがありました。お忙しい中、ありがとうございました。

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