池上季実子さんが『徹子の部屋』に登場。両親への思いを語る「空の巣症候群、十二指腸潰瘍…落ち込んだ時は、とことん悩みに向き合って」

2024年3月11日(月)11時30分 婦人公論.jp


池上季実子さん(撮影=本社写真部)

2024年3月11日放送の『徹子の部屋』に池上季実子さんが登場。母の介護や、両親を続けて亡くした思いと、池上さん自身のある出来事について語ります。今回は10年以上の付き合いだという東ちづるさんと、落ち込んだときの気持ちの立て直し方などを語り合った『婦人公論』2021年7月13日号の記事を再配信します。
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ドラマでの共演をきっかけに意気投合した、東ちづるさんと池上季実子さん。そのお付き合いは10年に及びます。明るく華やかなイメージのお二人ですが、時には心が大きく揺らいだり、深く落ちこんだりしたこともあったそうです(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部)

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山形ロケで2週間一緒にいて、意気投合


池上 ブログやインスタグラムではよく交流しているけど、会うのは1年ぶり。いつも「いいね」押してるわよ。

東 ありがとう(笑)。コロナウイルスの感染が広がる前は、けっこう食事やゴルフに行ってたね。

池上 知り合ってから、今年でちょうど10年目じゃない?

東 そうそう。2012年に『温泉若おかみの殺人推理』にゲストで出てもらったのがきっかけだから。山形ロケで2週間一緒にいて、意気投合しちゃった。

池上 共演して友人になることはあまりないので、私としては珍しいパターン。

東 キミちゃんは白黒はっきりしていて、明確、明朗。「口ではこう言うけど、本心はどう思ってるんだろう」と気を回さなくてすむので楽なの。

池上 お互いに言い方がストレートだから、会話が止まらない。家も近かったし、年齢もひとつ違いだしね。ちぃちゃんが長年やっているボランティア活動のイベントにもお邪魔したりして。

東 私の活動に興味を示してくれる人は多いけれど、キミちゃんは言葉だけじゃなく行動にも移してくれた。ありがたいです。


女友達に乾杯! 東ちづるさん(右)と池上季実子さん(左)

仕事という支えを失って


池上 実はこの1年、かなり落ちこんでいたの。去年は何作品も決まっていた舞台が、緊急事態宣言などでほぼ中止になってしまった。この先どうなるんだろうと、不安が膨らむいっぽうで……。

東 夏あたりに、「舞台がなくなっちゃった」という電話をもらったよね。

池上 電話で話せるうちは、まだよかったの。そのうちどんどん気分が落ちて、誰とも話せなくなってしまった。ちぃちゃんにはパートナーも猫もいるけれど、ほら、うちは娘が結婚して出ていって、誰もいないから……。ただただ、家に引きこもっていた。

東 ひとりでつらい思いをしていたんだね。仕事がない不安は、とてもわかる。私も十数年前に所属事務所を辞めた時、仕事がすべてキャンセルになって。自分で選んだ道とはいえ、「これからどうなるんだろう」と毎日恐怖だった。仕事があるから頑張れるのだけど、それが奪われると、自分を支えているものが一気になくなってしまうんだなと思ったりもして。

離婚と「空の巣症候群」、私の大きな危機


池上 私は14歳で仕事を始めて、26歳で結婚、離婚、そして子育てと、ひたすら走り続けていたから、正直悩んでいる暇もなかったの。でも仕事がなくなって考える時間ができると、「あの時、なんであんなことをしたんだろう」と、過去を振り返っては悔やんだり落ちこんだりすることばかりで……。

東 たしかにぽっかり時間が空いた時って、ろくなことを考えない。危ないよね。

池上 振り返ってみると、大きな危機は過去に2回あった。1回目は29歳の時。離婚直後の1ヵ月は、毎晩一升瓶を空けていたもの。でもそばで眠っている2歳の娘を見て、「私がこんな状態では娘は生きていけない」と気づいて、その日からお酒をすっぱりやめたの。アルコールで発散させても、なんの解決にもならないと気づいたから。

東 その切り替えがすごい。今はもうほとんどお酒を飲まないものね。

池上 思い切ったら早いんだけど、そこまでが大変。次は数年前、娘が結婚した時。大学を卒業して、これからあちこち一緒に旅行に行けるなあとワクワクしていたら、「私、結婚するから」と、ポンと家を出ていっちゃった。もう何をする気力も出てこなくて、「空の巣症候群」に。まさか自分がなるなんて、と愕然とした。

東 どうやって立ち直ったの?

池上 ひとり暮らしには広すぎる家だったの。精神状態を変えるなら、まず住む場所から、と思って、湾岸の高層マンションに引っ越して。毎日海を眺めているうちに、心がすっと落ち着いた。

東 キミちゃんは引っ越し魔だものね、気分転換になったんだ。

池上 引っ越しの趣味に助けられた(笑)。せっかくだから聞きたいんだけど、ちぃちゃんは、どうしていつも前向きでいられるのかな。

十二指腸潰瘍になって病院に行ったら


東 私も最初からこんなふうじゃなかったの。若い頃は「お嫁さんにしたい」「元気で明るい」というパブリックイメージを裏切っちゃいけないという強迫観念があって、いつも苦しかった。

そんなだから人に悩みを相談できないし、落ち込んだ時は、とことん悩みに向き合って、自己分析をしていたの。それは解決できるものなのか、諦めたほうがいいのか。問題の根本に何があるのか、と論理的に考えるうちに、立ち向かう気持ちが湧いてくる。

池上 とっても合理的。その解決方法は、いつ見つけたの?

東 まだ会社員だった20代の頃、十二指腸潰瘍になって病院に行ったら、お医者様から「仕事を辞めれば、きっと治りますよ」と言われたの。でも、「そんなの絶対無理!」と思って。

池上 どうやって生活するんだ、という話だよね。

東 そう。そこでじっくり考えてみた。「なぜ仕事がストレスなのか」を分析して、どうしてもストレスの元を取り除けないとわかったから、辞める決断をした。結果的に悩みも乗り越えて、芸能界に入る道も開けたのは、あの時、とことん自問自答したからだと思う。

両親から肯定されたことが一度もなかった


池上 私、コロナ禍で家にいる間、「自分はなぜ女優という仕事を選んだのか」を改めて自問自答したの。私は子どもの頃、両親から肯定されたことが一度もなかった。父は怒ると手が出るし、母は梨園出身(八代目坂東三津五郎の娘)のせいか、男の子だけを大事にする。

ところがスカウトされて仕事を始めたら、第三者が私を褒めてくれて。初めて自分の居場所を見つけたようで、もっと頑張ろうと仕事にのめりこんでいった。

東 私も母から良かれと思って「いい子」を常に求められてきたことがプレッシャーだったから、わかる。私は母と一緒にカウンセリングを受けて、長い間ぶつけられなかった不満もつらさも母に向かって言えたんだけど……。キミちゃんには、抱えているものがまだあったんだ。

池上 仕事をすることで自分自身を認めて、癒やしてきただけに、それがなくなった時、親との葛藤をまだ解決できていなかったと気づいたの。ネガティブに考える癖がまた出てきて、「私は必要とされていないんだ」と、自分を全否定してしまった。

東 苦しかったよね……。お仕事が復活してきた最近は、どう?

池上 だいぶ立ち直ってきた。ずっと付き合っていく問題だとは思うけれどね。

〈後編につづく〉

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