樋口恵子×和田秀樹 65歳以上5人に1人が認知症と言われるのに「なったら人生おしまい」?高齢者の「迷惑をかけてはいけない」はマイナスにも働く

2024年3月14日(木)6時30分 婦人公論.jp


和田先生「認知症になったからといってすぐに『何もわからなくなる』ということはない」(写真提供:Photo AC)

厚生労働省が公開している『令和2年版 厚生労働白書』によると、2040年の平均寿命は男性83.27歳、女性89.63歳と推計されるそう。そこで今回は、老化を受け入れて「うまく老いる」コツを、評論家の樋口恵子さんと精神科医の和田秀樹先生の対談形式でお送りします。和田先生いわく、「認知症になったからといってすぐに『何もわからなくなる』ということはない」そうで——。

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認知症を必要以上に恐れすぎない


樋口 認知症も気がかりです。2025年には認知症の人が700万人となり、65歳以上の5人に1人が認知症と言われています。こういうデータを聞くと、高齢者はもの忘れがあるたびドキッとするんじゃないでしょうか。

以前、脚本家の橋田壽賀子さんが「認知症になったら安楽死したい」と発言して物議をかもしました。認知症への不安と、どう向き合っていくかというのも課題になっていますね。

和田 みなさんが認知症を恐れるのは、「認知症になったら、何もわからなくなる」「認知症になったら人生おしまいだ」と思っているからだと思います。はっきりと言いますが、認知症になったからといってすぐに「何もわからなくなる」ということはありません。もちろん、「人生おしまい」でもありません。

認知症の6割を占めるアルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞に脳のゴミのようなアミロイドβというタンパクなどが、10年、20年という長い時間をかけて沈着し、脳が変性していくことにより発症するとされています。

たいていの場合、進行はゆっくりなので、診断されてすぐ突然、生活が一変するということはありません。自分の名前がわからなくなったり、人と会話が成り立たないといった、コミュニケーションがとれない状態に陥るのは、発症から少なくとも5年ほどかかると言われています。

認知症を「病」と考えるより「老化」のひとつと考えたほうがいい、と私は思っています。

2023年9月に、脳のゴミを取り除くというアルツハイマーの新薬の製造販売が承認されました。日常生活の機能回復や症状の進行を多少遅らせる効果はあるとされていますが、軽度の場合が対象で、適用になる人が限られるなど、すべての認知症の人に効果があるとは言えません。

現時点ではできるだけ生活を変えず、今までできていたことを続けていくことが、進行を食い止める最もいい方法です。料理ができる人は料理を、ガーデニングが好きな人はガーデニングを、友人とカラオケに行っていた人はそれを続けるなど、生活を楽しむことがいちばんの薬です。

できることはたくさんある


和田 最近は、認知症になったご本人が顔を出して、どんな思いで、どんな生活をしているのか発信することが少しずつ増えてきました。それを見ると、認知症になってもできることはたくさんあります。

自分でもの忘れがあることを自覚して、買い物に行くときは何を買うかメモを活用したり、スマートフォンのリマインド機能を活用して薬の飲み忘れを防いだり、といった工夫をしている認知症の人もいるのです。

また、長年の経験で身につけた技は認知症になっても忘れないことが多いので、すごい技を持っている町工場の職人さんや、農業や漁業を長くやってきた方は、若い人には真似のできない熟練の仕事ぶりを発揮したりします。

たとえ、その日が何月何日か正確に答えられなくても、9+9の足し算ができなくても、得意な能力はすぐには失われません。

認知症医療の第一人者に、長谷川和夫先生という医師がいました。「長谷川式認知症スケール」という早期診断の検査テストを考案したり、「痴呆症」という侮蔑的な病名を現在の「認知症」に変えたことで知られています。

長谷川先生は、88歳のとき認知症であることがわかりましたが、認知症であることを公表し、もの忘れはするけれど、こうして話せるんですと日本各地を講演して回りました。

「認知症はちっとも不幸なものではない」と、身をもって示されたのです。

高齢になったら「人の手を借りる力」を磨く


樋口 長谷川先生とは、病院と地域をつなぐ中間施設(介護老人保健施設の前身)をつくる委員会でご一緒でした。ほんとうにいろんなことを教えていただいて、すばらしい方でした。

私はもし認知症になったら、長谷川先生のように公表しようと考えています。「まわりに隠さないで、友人や隣近所に告げて、できるだけ公的援助を受けてほしい」と娘にも言ってあります。

公表するかしないかは個人の自由ですが、家族が認知症であることを隠しての「かくれ介護」が増えると、外に向けて助けてと言えない家族が悲惨な末路を遂げたりと世の中暗くなるばかり。

社会学者の上野千鶴子さんからも、私のように「老い」をテーマに仕事をしてきた者には、自身の老い方を公表する責任があると言われ、なるほどと納得しました。

和田 私もそれはいいことだと思います。認知症であることを公表することで、協力者が増え、暮らしやすくなります。


和田「うまく人の力を借りる能力は、老いを生きるうえで、ぜひ身につけてほしい能力です」(写真提供:Photo AC)

80代以降は「老いを受け入れる時期」で、補聴器や 、車いすといった道具を上手に利用することが大切ですが、道具を上手に利用することと同時に、うまく「人の力を借りること」も必要になってくると思います。

日本人は「人に迷惑をかけてはいけない」という思い込みが強く、それはある意味で立派なことですが、年をとったときにはマイナスに働きます。うまく人の力を借りる能力は、老いを生きるうえで、ぜひ身につけてほしい能力です。

依存力


樋口 人にお願いする力ですね。私は「依存力」と言っていますが、すごく大切なことだと思います。本当は助けてほしいんだけれど、自分からその状況を説明せず、何となく雰囲気で察してほしいという人がいます。

勘のいい人が近くにいたら手を貸してくれるでしょうけれど、ほとんどの場合は手を貸してくれません。当たり前ですね、助けてほしいと伝えていないのですから。その結果、勝手に「誰も助けてくれない」と落ち込んだりします。

依存力というのは、ただ人に甘えるというのではなく、きちんと自分の状況を人に伝えて、なおかつ自分と他者との関係のなかで失礼にならないように、どうしてほしいか的確に伝える能力も含まれるんじゃないかしら。その結果、相手が手を貸してくれたら、「ありがとう」とお礼を言うし、ダメな場合でも理由を聞いて、あとくされなく引きます。

お金で解決できることなら、それもひとつの解決方法です。誰か助けてくれるのを期待して待っているのではなく、自分からオープンにかかわっていくという姿勢が大切なのだと思っています。

と、そんなことを言いながら、一方で介護される身になることに、強い抵抗があるのも私です。一時デイサービスを利用していたとき、理学療法士から「ヒグチさん、介護されるのは嫌ですか」と聞かれました。

「嫌かもしれません。介護されるほうは『好きで介護される身になったんじゃない』と、いつも悲しい思いをしていると思いますから」と答えました。

われながら、かわいげのない答えでした。でも、いつかは介護される身になることはたしか。これから、ケアされる身になったとき、しっかりと「ありがとう、お世話かけました」と言えるように、依存力を高め「ケアされ上手」にならなければと思っています。

※本稿は、『うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ』(講談社)の一部を再編集したものです。

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