日本人初のノーベル賞、物理学者の湯川秀樹は、家族の中で目立たない存在だった。親は子どもの希望を聞けても、進路を決めることはできない

2024年4月8日(月)12時30分 婦人公論.jp


岸見先生「親が子どもの人生の進路を決めることはできない」(写真提供:Photo AC)

文部科学省が発表した「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)」によると、約6割が1ヵ月間で1冊も本を読まないそう。「自分の人生で経験できることには限りがあり、読書によって他者の人生を追体験することから学べることは多い」と語るのは、哲学者の岸見一郎先生。今回は、岸見先生が古今東西の本と珠玉の言葉を紹介します。岸見先生いわく、「親が子どもの人生の進路を決めることはできない」そうで——。

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目立たなくても


「目立たない子も、あるものです。目立つ子や、才気走った子が、すぐれた仕事をする人間になるというわけでは、 御座いますまい。かえって目立たないような人間が……」
(湯川秀樹『旅人』)

物理学者の湯川秀樹は、自分はあまり目立たない存在だったと自伝の中でいっている。

父親が、きょうだいの中で彼だけを違った道に進ませようとした時、母親は目立たなくてもすぐれた子どももいると再考を促した。

母親は子どもたちに不公平なことはしたくない。それに対し、父親はそれぞれの子どもにふさわしい道であれば、違う道を歩かせたところで、かえって公平といえるだろうといった。

好む者も好まない者も、それにふさわしい者もふさわしくない者も皆同じ道を歩かせるとしたら、それこそ悪平等ではないかと思い悩んだ。

父親は一中の校長森外三郎に相談した。普通に高校から大学に進ませるかそれとも専門学校に行かせるか。

〈「秀樹君はね、あの少年ほどの才能というものは、滅多にない」
「いやあ……」
「いや、待って下さい。私が、お世辞でも言うと思われるなら、私はあの子をもらってしまってもいいです」
「…………」〉 (前掲書)

その後、湯川は旧制第三高等学校に進学した。

親が子どもの人生の進路を決めることはできない


学者になることだけが人生でないと親が考えるのは正しい。

両親のやりとり、父親と校長のやりとりを湯川は自伝の中で詳しく語っているが、この子どもをどうやって学校にやらせるか相談する親とカウンセラーのやりとりのようだと思ってしまった。

湯川自身はこのような話し合いがあったことを後になって教えられたのだろう。私も父が哲学を学ぶことに反対していたと母から知らされたことがある。

親が子どもの人生の進路を決めることはできない。

子どもが自分で決めること


アドラーの父親のことを思い出した。オーストリアでは、10歳になるとギムナジウムという、大学に進学するための学校に入るか、職業学校に入るかを決めなければならない。アドラーはギムナジウムに入学したが、親が年齢を1歳偽って入学させた。

ところが、成績は振るわず、最初の年に落第した。特に、数学の成績が悪かった。


どんな人生を生きるかは本来子どもが自分で決めることである(写真提供:Photo AC)

両親が強くプレッシャーをかけ、競争意識の強い級友たちよりも1歳年下であったこともあり、アドラーはこの学校に適応することは難しいと思った。

父レオポルトは、成績が振るわないアドラーに、ギムナジウムをやめさせ、靴作り職人の徒弟にならせると怒って脅かした。

この脅しがよほど怖かったのか、その後、一生懸命勉強すると、たちまち成績は上がり、苦手だった数学も克服した。

このような強制による教育をアドラーは批判しているので、本当にこのようなことがあったとは思えないが、もしも事実なら、父親は反面教師になったことになる。

さらに、問題は、湯川の父親についていえることだが、親が子どもの人生を決めようとしていることである。

親は子どもが自分では決められないと思うか、それとも、一生を左右するかもしれない進路は親が決めなければならないと思うのかもしれないが、どんな人生を生きるかは本来子どもが自分で決めることである。

作文の課題


アドラーは、17歳か18歳の若者が、努力はしているが、まだ何をしていいかわからないのは困ったことだといっている(『個人心理学講義』)。

この年齢に達する前に、将来どんな仕事に就くかに関心を持てるように努力しなければならず、学校で将来何になりたいかというような題で作文の課題を出すことを提案している。

書くようにいわれて初めて、そういう課題がなければずっと後まで直面しないかもしれない問いに否応なしに直面することになる。

アドラーのいうように、どんなことをしてみたいかと考える援助はあっていいと思うが、必ず、「職業」選択への関心を喚起しなければならないわけではないと私は考えている。

親は子どもにどうしたいのかたずねることはできる。親の考えとは違う答えが返ってきたら、親は子どもの人生について自分の考えをいうことはできるが、それ以上のことはできない。

※本稿は、『悩める時の百冊百話-人生を救うあのセリフ、この思索』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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