『べらぼう』幕府の重鎮を演じた石坂浩二「あの白眉毛が」と言われるからには大胆に…実は「絵師役が来ると思っていた」
2025年4月13日(日)20時45分 婦人公論.jp
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
江戸のメディア王として、日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築いた人物“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。幕府の重鎮、松平武元(たけちか)を演じたのが石坂浩二さんです。吉宗から家治まで徳川将軍3代に仕えた老中首座で、昔ながらのやり方にこだわり、先進的で商業主義の田沼意次(渡辺謙さん)とたびたび衝突。4月13日放送の第15回「死を呼ぶ手袋」では意次の忠義を認める発言をしたものの、急逝しました。石坂さんに武元役に込めた思いと14年ぶりの大河出演について語ってもらいました。(取材・文:婦人公論.jp編集部)
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「保守の親分」
蔦屋重三郎を主人公に江戸時代中期を描く大河ドラマをやると聞いて、おもしろいなと思いました。大河ドラマでは幕末はありましたが、初めて取り上げる時代ですよね。ただ、オファーをいただいた役は、松平武元役。幕府のほうなんだなと少し残念でした。私、ちょっと絵が描けるから絵師役が来るんじゃないかと思ったんですよ。
松平武元さんと聞いたときは、誰だかわかりませんでした。調べてもなかなかわかりにくくて。結局あっちこっちからお話を聞いたり、資料を読んだりしました。3代の将軍に仕え、西の丸でお世継ぎになる人に仕える老中ということでした。
舞台となる時代は、徳川の世が長く続き、 保守的な政策で町民たちの力がどんどん強くなってきた世の中。そこで武元がいる場所から考えると、つまりは保守の親分。そしてこの先も徳川を続けていこうと考えている最後の人かなととらえていました。
「白眉毛が懐かしい」
台本を読んだら、「あの白眉毛が」って書いてあったので、そう言われるぐらいのものをつけないといけないという話になりました。 演出の大原さんが、「大胆にやった方がいいです」と言ったので、かつら屋さんに依頼して作っていただいたんです。
扮装あわせのときに眉毛をつけたら前が見えない。両端が長いので、すごく視野が狭くなっていました。「左右同じじゃない方がいいですよね」とか相談しながら、長い眉毛を少しずつ作って完成した形です。左の眉毛が長かったので、左に向くときには不安でした。今はあの眉毛が懐かしくて、記念に持って帰ろうかと思っているくらいです。
最初に映ったときにはただ歩いただけで、眉毛の長さが全くわかりませんでした。次のときに見たら、「これはちょっと大げさなんじゃないかな」とやや反省しましたけども、周りがいいというのでこれでいいかなとなりました。
割とまめにいろんな手紙をくださるファンの方が何人かいらっしゃるんですけど、そういう方たちが「あの眉毛がちょっとやりすぎじゃないか」と書かれたものもありましたね。
最初にカツラをかぶったときって絶対似合わない。 でも、ひと月、ふた月ぐらいすると不自然さがなくなる。かつらが変わるわけないので、顔が変わってるんだなと思います。
だから眉毛も何と言われようと別にどうとでもない。ただ、面白いと言ってくださった方は結構いました。模型仲間から受けましたけどね。
コテコテの徳川方
武元の人物像として、「コテコテの徳川方」っていうのを出したかったんです。家康が作った、「平和への方程式」は正しいという信条があって、それを継承していくのが重要な仕事だと考えている。
そこへ、新しい勢力として、米本位から金や銀による貨幣本位にしていくことを高らかに叫んでいる意次という相手がいた。先進的な意次と相対する役ということで、手や体をあまり動かさないような昔ながらの時代劇の芝居をしました。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
15回では、家基の殺害を調べる過程で、意次の忠義を認める場面がありました。家基が殺されたのは明らかなので、武元にも大きな心の変化はあるに違いないんです。 「意次に反対しているけど、しかし」という気持ちはあったと思います。
武元は自分自身は去るつもりだと思うんですよ。 西の丸にいても、お世継ぎは死んでしまった。彼の仕事がなくなるわけですよね。力がある人は、意次しかいない。 そしてずっと見ていると、世の中は彼の言うような方向に変わっていく。
結局言いたかったのは、「志は一緒なんだ」ということです。長いシーンでしたが、こっち側から撮ったり、謙さん側から撮ったりと、セットの壁を外して撮影するので大変でした。
渡辺謙の声の使い方
意次との最後のやり取りでは、(脚本の)森下佳子さんの作劇術も感じました。最初に意次を脅しておいて後で認める。その前のシーンを読むと、意次は自分が(家基殺しを)疑われてしまうと焦っている。武元は さっさと「お前のことを信じているよ」って言えばいいのに脅したわけです。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
普通だと、一貫して何か同じことを言うような感じで物語が進むことが多いのですが、今回の作品では、例えば、蔦重が揉めているところでも、むしろいろんなところに考えが飛んでいても、それが実はその先でちゃんと効果を生むようになっている。オンエアを見て、あるいは流れがつながったのを見て、「ああ、そうだったんだ」となることもあります。
15回でも、意次との緊張感のある状況からの「お茶で一服しよう」やり取りで、一挙に今までの話が解決したと思ったら片方(武元)が死ぬんですからダイナミックな流れだと感じました。
森下さんがいらっしゃったときに、「15回楽しみにしてますからね」って言われました。プレッシャーがありましたが、一生懸命やったつもりです。
武元について調べていくと、毒殺されている本もあれば、死んだとしか書いてないものもありました。私は毒をもられたと思っています。武元は、家基が死んだときにはかなりショックを受けたし、自分も陰謀に巻き込まれている感覚はあったと思います。何らかの形で自分が抹殺されるかもしれないと思ったでしょう。殺された自覚はあって亡くなったんだと解釈をして演じました。
意次役の謙さんとのシーンは楽しみにしていて、撮影前に2人でせりふについてどうするとか、ああだこうだ言っていましたね。謙さんは、声の使い方を微妙に変化させることができてうまい。ちょっと深い優しさが後ろにある声なんですよ。 それをうまくコントロールして、悪くするところが聞いていても面白い。
2人とも阪神ファンなので、 芝居の話以外は、ほとんど阪神タイガースの話をして過ごしていました。
大河学校で学んだ
大河ドラマは『天と地と』で初めて主演して、『べらぼう』は14年ぶりの出演となりました。1年間放送されるし、撮影期間は1年以上なので大変です。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
若い時は、1話限りの作品だと、流れの中でどう演じるか考えようにも、そんなに大きな流れがない。でも、大河はその役としてずっと演じていかなきゃいけないので、「そういう芝居は歳をとったときに取っておいた方がいいのか」「目線の高さが少しずつ変わった方がいいのか」とか考える。
芝居のやり方や相手役との間の取り方、それはずいぶん教わりましたね。 長いことをやるので、留学したみたいな気持ちかな。 大河学校でちょっと勉強して帰ってきて民放に出演するみたいな感じでした。これから先はそんなにないけれど、何か歴史上の人物は演じてみたい。絵師が好きというお話をしましたが、私は、葛飾北斎親子がとっても好きです。ただ、北斎の晩年までは蔦重が生きてないので、ずれがありますからね。
NHKの『歴史探偵』とかいろいろなところで、歴史上の人物の見直しがされています。それこそ、蔦重が出した黄表紙みたいなものの中で、いい加減に書かれた話が正しいことみたいに伝わったところもある。それが覆されることは当然ある。
歴史は必ず、後の人が、自分の前に栄えたやつは「本当は悪かった」と書くに決まっているので。そういう意味では、今回演じた武元があまり知られてない人物だったことが嬉しかった。これはやりがいがあるなと。これからも、スポットライトがこれまで当たらなかった人物を演じてみたいと思っています。
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