チワワを指さして教えた「ワンワン」をすべての動物に使うなんてヘン…と感じるのは「大人」だから。「子ども」からすれば真正面から<言葉>に取り組んでいるだけ

2024年4月22日(月)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

「子どもはラクラクとことばを覚えられてうらやましい」「幼い時から外国語に触れていたら、今頃はバイリンガルになれたのに…」。いずれも「ことばの学習」についてよく耳にする一言です。一方「赤ちゃん研究員」の力を借りて、人がことばを学ぶプロセスを明らかにしてきた東京大学の針生悦子先生は「赤ちゃんだってことばを覚えるのに苦労している」と断言します。その無垢な笑顔の裏で、実は必死にことばを学んでいた…あなたは信じられるでしょうか? 書籍『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』をもとにした本連載で、赤ちゃんのけなげな努力に迫ってまいりましょう。

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単語の意味をめぐる「大人の常識」


1歳頃から子どもは単語を話し始めても、そこからすぐに、話すことのできる単語の数が爆発的な勢いで増えていくわけではありません。

その理由について、大人の側からも考えてみたいと思います。

たとえば、窓から見た車にしか子どもが「ブーブ」と言わないことについて、大人が少しヘンだと思うとすれば、それはなぜなのでしょうか。あるいは、「チワワを指さして“ワンワン”と言っただけなのに、すべての動物が“ワンワン”になってしまうなんてヘンだ」と私たちが考えるとすれば、それはどうしてなのでしょうか。そういう単語の使い方は、大人の常識とは違うからでしょうか。そうすると、その大人の常識とは、いったいどのようなものなのでしょう。

というわけで、ここで質問です。

(1)の写真を見せられて、「これは?」と尋ねられたら何と答えますか。また、(2)の写真を見せられたときは? あまり考え込まずにできるだけ素早く答えてください。


(1)これは?


(2)これは?

問いかけの曖昧さ


では答え合わせをしましょう。(1)リンゴ、(2)ヒツジ、でしたか?

「それ以外に何を答えるというのか、それしかないだろう」と思った方もいらっしゃるかもしれません。あるいは、「これは?」という曖昧な問いかけ自体に、戸惑われた方もいらっしゃるかもしれません。

それでも、ふだんの生活のなかで、私たちがこういうモノを目にして何と言うかはまったくの自由、ということを考えれば、この問いかけの曖昧さは、それこそふだんの私たちが置かれている状況そのものだと言えます。

こういう曖昧な、何を答えてもいいとされる状況で言うとすれば、それはやはり「リンゴ」とか「ヒツジ」になるのではないでしょうか。

ここで確かめたかったのは、たとえば、リンゴの写真を見せながら「これは?」と尋ねられて、「マルイ」とか、「クダモノ」と答えることはあまりないのではないか、ということです。「ヘタ」と言うこともないでしょう。

(2)の場合もやはり、真っ先に「フワフワシテイル」とか、「ドウブツ」、あるいは「メリノ」と答えたという人も、あまりいなそうです。

モノの名前


このように、何かモノを目の前にしたとき、私たちが口にしやすい単語は、実はある特定のタイプに偏っています。

それはつまりモノの名前です。「マルイ」とか「フワフワシテイル」といった、その対象の性質でもなければ、「ヘタ」などの部分の名称でもなく、その対象全体を表すモノの名前です。

また、モノの名前はモノの名前でも、リンゴに対して「クダモノ」とか、羊に対して「ドウブツ」とか「メリノ」とは、あまり言いません。

「クダモノ」や「ドウブツ」は、上位カテゴリーの名前です。つまり、「クダモノ」には、リンゴだけでなく、バナナもぶどうもパイナップルも含まれます。その結果、「クダモノ」と呼ばれるモノの共通点は、「リンゴ」と呼ばれるモノの共通点より少なくなります。

また、見た目の類似性という点でも、「リンゴ」は、フジもコウギョクもゴールデンデリシャスもそっくりな形をしていますが、クダモノどうしとなると、そういうわけにはいきません。

「メリノ」は、「ヒツジ」の下位カテゴリーの名前です。羊のなかの特定の種類が、メリノなのです。ほかに羊には、チェビオットやサウスダウンといった種類もありますが、結局どれも羊だし、お互いによく似ています。特に種類にこだわる場面でなければ、全部「ヒツジ」でいい、と考えるのは私だけではないと思います。

結局「大人の常識」とは


こうして見てくると、私たちがモノを見たときに、最初に口にする単語は、モノの名前に相違ありません。そしてさらに言うなら、モノの名前はモノの名前でも、上位カテゴリーの名前でもなければ、下位カテゴリーの名前でもない、その中間のレベルのカテゴリーの名前であることがわかります。

この中間レベルは「基本レベル」と呼ばれます。

「ヒツジ」「ウマ」「キリン」は皆、この基本レベルのカテゴリー名です。同じ名前で呼ばれるモノどうし(たとえば、「ヒツジ」と呼ばれるモノどうし)は、互いに形がよく似ていて、一目でそれとわかります。同時に、「ヒツジ」対「ウマ」のように異なる名前で呼ばれるモノどうしの違いも一目でわかります。

このように「大人の常識」とは、モノを指し示して単語を言うときは、基本レベルのカテゴリー名を言う、ということだったのです。学習者の側にまわれば、誰かがモノを指して何か単語を言ってくれたら、その単語はそのモノの基本レベルのカテゴリー名だと考える、ということなのです。

だから大人には、チワワに対して教えられた「ワンワン」を動物一般に使う、といったことが少しヘンに感じられるのです。

しかし子どもにしてみれば、そんな常識は知りません。それで、真正面から取り組み、いろいろ試してみているだけなのです。

それにしても、一つ一つの単語で、こうやっていろいろ試していたのでは、話せる単語の数がなかなか増えていかないのも確かに仕方ないような気がします。

※本稿は、『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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