13歳の少年が女子生徒を殺害した容疑で逮捕…Netflix『アドレセンス』が警鐘を鳴らす“マノスフィア”の正体とは?

2025年4月24日(木)12時0分 文春オンライン


※以下の文章には『アドレセンス』のネタバレが含まれます。



 エンターテインメントには社会を動かす力がある。#MeToo運動を後押ししたり、人種や性的マイノリティの俳優やスタッフの起用を促す。あるいは、未解決のままお蔵入りとなっていた事件がドラマシリーズ化されたことで、新たな展開を迎えるといったパターンもいくつもある。


中学校の教材にまでなったNetflixドラマ


 新たにそうした事例に加わったのが、世界各国で議論を巻き起こしているNetflixの英国ドラマ『アドレセンス』だ。なにしろ英国では本作を鑑賞した首相が強い衝撃を受けたと語り、政府の支援を受けて同国全土の中等学校で視聴可能となることが決定したというのだから。


 13歳の少年が同級生の殺害容疑をかけられるという衝撃的な事件を全4話で描いた本作は、配信開始から11日間で6630万回再生を記録。リミテッドシリーズとしては歴代1位を獲得し、現在まで再生回数は9670万回で記録はいまだ更新中だ。エミー賞を筆頭に今期の賞レースの台風の目になることは間違いないが、単なる秀作の域を超えて、英国政府をも巻き込む議論に発展するほど、何が人々の興味を引き、問題意識を喚起するのだろうか。


60分ワンカットの手に汗握る緊張感


 まず技術的な挑戦において、本作は目を見張るものがある。


 物語はシンプルだ。第1話は少年が連行された警察署で聴取などが行われ、第2話は担当刑事が少年が通っていた学校に出向いて聞き取りなどを行う。第3話は心理療法カウンセラーの女性が少年と対話をし、第4話は少年の家族の日常が映し出される。



Netflix公式Xより


 しかし、既に多くのメディアでも指摘されているように、本作は1話約60分程度のドラマをワンカットで撮影している。95分をワンカットで撮影した映画『ボイリング・ポイント』のフィリップ・バランティーニ監督と主演俳優スティーヴン・グレアムのコンビが手がけているので勝算はあったのだろうが、ワンカット風を除くと映画も含めてこれほど高度な技術を用いた大胆な挑戦がなされた作品は、そうはないだろう。


 1話ワンカット撮影のスタイルは、それだけで話題作りには事欠かない。屋内も屋外も、さらには車で移動する俯瞰のシーンなど、日常の風景であっても、一体どうやったらこんなことができるのかと驚かされるのだから人と話したくなる。しかし、こうした技術的な挑戦は、すべてがクリエイターのグレアム(本作では父親役を好演)とジャック・ソーンのビジョンを具現化し、メッセージを伝えるために有効である点が、本作が真に優れた作品である理由なのだ。


 ワンカット撮影が生む、リアルタイム進行のドラマの臨場感と緊迫感には圧倒的な没入感があり、登場人物の表情や心情の変遷に視聴者をシンクロさせる絶大な効果がある。特に、当初は実際に犯行を犯したのかどうかがわからないジェイミーの複雑で微細な心情や表情の変化をつぶさに捉え、視聴者はその些細な変化も見逃さないよう映像と俳優の演技に集中する。


 ジェイミー役のオーウェン・クーパーは驚異の新人俳優ぶりを見せて圧倒的だが、他の共演者も等しく名演を披露している。この点に関しても、演じる俳優陣やスタッフにしても、舞台を通して行う演劇のスタイルを用いた撮影では、1回のテイクへの向き合い方も、求められる力量、準備期間も変わってくるはずだ。いかに、このチームが高いレベルで作品を成立させたのかについては、今年これ以上の作品が登場するのかと思えるほどである。


15歳の少女が惨殺された事件がモデルに


 賞レースを席巻する理由はこれだけでも十分だが、各国で議論を生むに至った理由、本作の真価は、このような野心的な手法を使って現代社会に警鐘を鳴らしたいと考えたグレアムとソーンによる脚本にほかならないだろう。


 グレアムは、ラジオ・タイムズ紙の取材で、本作は2023年9月にロンドン南部のクロイドンで起きた15歳のエリアンヌ・アンダムを17歳のハッサン・センタムが惨殺した痛ましい事件に着想を得たと語っている。クマのぬいぐるみを巡る些細な対立の中で起きた事件では、加害者センタムが怒りっぽい行動で知られていたこと、軽い侮辱に対して過剰な攻撃を行ったことなどが事実として明かされている。


 また、グレアムはイギリス中部リバプール近郊のサウスポートで2024年7月に起きた、子供向けのダンス教室を近くに住む17歳のアクセル・ルダクバナが襲撃し、3人の幼い少女たちを刃物で殺害した事件にも影響を受けたとして例に挙げた。


 これらの事件からグレアムが考えたのは、背景には今や子供たちの日常の中心にあるとも言えるSNSやネット上の情報が、子供たちに大きな影響を与えている可能性があるのではないかということだった。そのことをテーマに据えて、ドラマは子供たちを取り巻く社会=学校や家庭環境がどうであったのかをじっくりと浮き彫りにする。


 視聴者の興味は、ジェイミーが好意を寄せていたという被害者の少女に対する暴力行為に向かわせた原因を突き止めたいという短絡的なものだが、本作はその答えを与えてはくれない。あくまでも考え得る要因が提示されるだけだ。


普通の家庭で育った少年が、なぜ殺人犯になったのか


 まず父親のエディは、ジェイミーに男らしいスポーツをさせようとしたが、ジェイミーはその期待には応えられなかった。またエディが短気であること、幼少時代には体罰を受けていたことなども断片的に明かされる。


 しかし、だからと言ってエディは女性に手をあげるような人間ではないし、愛情深い母親には何ら問題があるとは思えず、姉もまた、何があってもジェイミーの味方であり続けようとする。完璧な家族(というものが存在するとは思わないが)ではないにせよ、ジェイミーは愛されて育った子供であり、比較的ありがちな家庭と言えるだろう。


 それでは学校はどうだったのか。担当刑事は同じ学校に通う息子から、ジェイミーと被害者ケイティのSNSのやりとりをめぐって問題があったことを聞かされる。しかし、絵文字に込められた意味などを早口で訴える息子の話が、刑事にはピンとこない。SNSと無縁だった父親世代と、その子供たちの世代とでは、今のSNSを中心とする子供たちのコミュニケーションのあり方や関係性は、理解できないというのが本音だろう。教師たちも似たようなものかもしれず、そもそも現実的にSNSの管理など無理な話という気もする。


 しかし、ここで重要なのは単純ないじめの構図ではなく、徐々に明かされていくジェイミーの言動が、「13歳の少年にふさわしいものではない」という点から読み取れるSNSやネット上の情報との関連性にある。


 学校で俗に言う“非モテ”を意味するインセルというレッテルを貼られていたジェイミーは、SNSを介してネット上のさまざまなコンテンツや思想などにもアクセスしていた。そのこと自体は他の子供たちも大人も似たような体験をしているのだと思うが、精神状態が不安定になったり、感情が過敏になっている思春期の子供が受け取るのと、既に成人した大人が受け取るのとでは、同じ情報でも意味や重さが違ってくることは容易に想像ができるだろう。


少年犯罪の裏にある“マノスフィア”の影響


 そして、第3話の心理療法士との対話で明らかになるジェイミーの本音や感情を吐露する言葉から、かなり明確にマノスフィア的な思想を読み取ることができる。マノスフィアとは、一般的には男性がより“男らしく”なる方法や異性との関係構築に関するアドバイスを提供するオンラインコミュニティの総称で、往々にして男性の孤独や社会的挫折の原因がフェミニズムにあるとするなど、女性蔑視的な見解が見られるとされている。


 まだ13歳の少年が、このような考えに基づき行動しているのかと驚きを禁じ得ないが、父親が望むような“男らしさ”に自分は応えることができず、 “非モテ”のレッテルを貼られたジェイミーは、自らを正当化する理由をマノスフィアという考え方に求めてしまったのだろうかと推測することができる。


 本作で真に恐ろしい瞬間は、ジェイミーが被害者の少女や女性の心理療法士に対して支配的で蔑視的な言動を垣間見せる瞬間だ。「女性とはこういうものだろう」といった浅はかなステレオタイプで「男性」として優位に立つという発想を、どうやったらジェイミーのような子供が体得して実践することができるのか。そして、その情報源がSNSを介したものだとするならば、家庭や学校、あるいは社会は、どうやってそれを未然に防ぐことが可能なのだろうか?


 先に挙げたイギリスで実際に起きた少年犯罪だけでなく、世界各地で似たような事件は起きている。そうした事実を踏まえた上で、どうやったらこうした事件が防げたのかと考えるとき、それがどれだけ困難であるか、問題の根深さを『アドレセンス』はフィクションとして誰もが自分ごとに思えるように臨場感を持ってわかりやすく突きつける。だからこそ、人々は漠然と抱いていた問題意識を喚起されて議論を交わさずにはいられないのだろう。


【参考文献】
https://www.mylondon.news/news/tv/netflixs-adolescence-inspired-true-story-31201349


(今 祥枝)

文春オンライン

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