父から「ごめんなぁ、ワシに似てブサイクになって」と謝られ…“太っちょゴブリン”と呼ばれた中年男性がセルフケアで変わるまで

2025年5月20日(火)8時10分 文春オンライン


『午前三時の化粧水』(爪切男 著)集英社


 愛とは何か、という問いは多くの人が持ち、答えはあったりなかったりするけれど「私に愛されたという証拠をあなたに残してあげたい」は「愛とは何か?」の深度の深い1つの答えだと思う。


『午前三時の化粧水』は一見「中年男性のセルフケア本」に見える。それ自体大切なテーマだし、そこに惹かれて読んだわけだが、さらに「男性とルッキズム」「傷と再生」「愛とは何か?」まで描かれており、今この本を必要とする男性が多くいるはずだと強く思った。そしてこの「愛」は他者だけでなく自分にもかかっている。


 そもそも「セルフケア」「自分へのご褒美」は女性が主語になることがとても多い。その必要性にジェンダーは関係ないはずだ。男性がセルフケアをすることは「恥ずかしいことである」「自意識過剰である」というマチズモ由来の社会的通念があり、若くてイケてる男性にしかまだ開かれていない門なのだろう。


 著者が子供達から「太っちょゴブリン」と呼ばれているところから話は始まるわけだが、著者は子供達を責めず、そのことを面白おかしく原稿にしながら、多分傷ついている。思春期にニキビで悩み、バク転ができるようになったけれど「ニキビ面でそんなことしたら変なあだ名をつけられるかも」と披露しなかったそうだ。父親から「ごめんなぁ、ワシに似てしまったから、お前もブサイクになってしまったなぁ」と謝られる。


 爪さんの文章はペーソスに溢れ非常に面白いのだが、その下にケアしきれていない傷が見える。タイムスリップして爪少年の傷に寄り添いたい気持ちになるのだ。


 パートナーの言う「あなたって自分の不幸を笑い話にしているけど、それってつらいことに強いんじゃなくて、つらいって思わないように誤魔化してきただけだよね」この指摘はとても鋭いと思う。私自身にも刺さった。傷なんてネタにしよう、自虐しよう、そういう中で生きてきたし、誤魔化さないと死んでたかもしれないんだから。生き延びるための防衛策なのだ。


 この傷に対し、パートナーの愛がぐんぐん効いて、その愛由来で美容が始まり、セルフケアを通して、自分をネグレクトしない、自分に対して敬意を払う、愛する、まで進んでゆく。体重が30キロ減ることよりも、この自分への接し方を変えることのほうがどれだけ難しいことか。そして変わった今も「昔があるから今がある。私はいかなるときも過去の自分を否定したくない」と言えるのは、過去の自分への眼差しに愛がある証拠だと思う。


 最初に引用した「愛されたという証拠をあなたに残してあげたい」はパートナーが爪さんにかけた言葉だ。これ以上ない深い愛で、こんな言葉、そうそう出会えない。そしてそれはそのまま対自分にもかけてあげるべき言葉じゃないだろうか。さらに、読者にもこの言葉は効いてゆくのだ。



つめきりお/1979年生まれ、香川県出身。作家。2018年、のちにドラマ化される『死にたい夜にかぎって』でデビュー。著書に『もはや僕は人間じゃない』『働きアリに花束を』等。『クラスメイトの女子、全員好きでした』は連続ドラマ化された。


いぬやまかみこ/1981年大阪府生まれ。イラストエッセイスト。著書に『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』等。



(犬山 紙子/週刊文春 2025年5月22日号)

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