新川帆立「多くの人にとって“永田町”は遠い存在。でも〈それは女性ばかりが困っているよね〉は永田町も一緒だった」

2024年5月22日(水)12時30分 婦人公論.jp


エンタメ小説の書き手、新川帆立さんの新作『女の国会』は徹底した取材から生み出された(写真提供:Photo AC)

東京大学を卒業後、弁護士として勤務。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、翌年『元彼の遺言状』で鮮烈なデビュー。エンタメ小説の書き手として次々と人気作を生み出してきた新川帆立さん。敏腕弁護士、剣持麗子が主人公の『元彼の遺言状』、公正取引委員会が舞台の『競争の番人』は2クール連続の月9として放送され、話題に。新作『女の国会』は、国会のマドンナ、“お嬢”こと、朝沼侑子が遺書を遺し、自殺したところから始まる。長年のライバル関係でありながら、ある法案の改正を目指し、共闘関係にあった野党第一党の高月馨は、彼女の死がどうも解せない——。「女性差別を書きたい」という思いが出発点となった本作では、議員、秘書、記者の生身の姿が活写される。そこには2か月もの間永田町に部屋を借り、徹底した取材から生み出されていった「人間」そのものが浮かびあがってくる。

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取材準備のなかで気付いた
政治家たちの「行間」


読者さんが政治家になったつもりで読んでもらえるものを——。それこそがエンターテインメント政治小説としての面白さであると思ったので、本作では政治家たちを人間として書く、政治家の視点から“政治”を書くということを意識しました。

私はこれまでも様々な職業の人を主人公に小説を書いてきましたが、取材の際、いつもそこで働く新入社員のつもりで取材先へと向かうんです。今回は、議員や政治記者が慌ただしく行き交う街の雰囲気も生で捉えたく、2ヵ月間、永田町にウィークリーマンションを借り、国会議員や地方議員、秘書、政治部記者と20名弱の方々にお話を伺いに行きました。

政治家のもとへ取材に行くときは、事前にその方の著書やインタビュー記事、ホームページを読み込み、何を大切にして政治活動をしているのかということを理解することを念頭に置きながら取材準備をしていきました。

ホームページでは大事にしたい政策を三つ、掲げていらっしゃる方が大半なのですが、例えば「子育てしやすい街づくり」のような生活密着型のポリシーが二つ並んだあと、「議会の審理プロセス適正化」のような、ゴリっとしたものが突然入っていることがよくあるんです。ご自身で掲げる政策の間にあるギャップ、いわゆる“行間”みたいなものっていったい何なのだろう?ということをずっと考えていたのですが、実際に会い、話を伺っていくと、その“行間”からその方の本音が透けて見えてきました。

インタビューのなかで察知
国会議員の卓越した“バランス感覚”


“憤慨おばさん”こと、野党第一党の国会議員・高月馨、“お嬢”と呼ばれる与党の二世議員・朝沼侑子、朝沼の婚約者である政界のプリンス・三好顕太郎をはじめ、登場人物には、私が取材で感じたその「行間」のようなものを反映させていきました。議員の皆さんは確固とした自身の意見や政策を持ち、それを押し通すことをしつつも、一方、選挙で勝たなければいけないので、自分が他人からどう見えているか、ということも強く意識されている。政治家というのは、そうしたアンビバレントな要求が自分のなかでぶつかる仕事。取材では、そのバランスを自然に取っていらっしゃる方ばかりだなと感じました。そして自分のやりたいことが、何をすれば通るのかというパズルが、権力構造のなかで瞬時に解ける方ばかりだなとも。

登場人物に、“政治家の独特の勘”を感じるという感想をいただくことが多いのですが、それは実際にお会いした議員さんたちが持つ、そうしたバランス感覚みたいなものから現れてきたのだと思います。

私も小説を書くうえで、自分が書きたいことと、読者さんが何を読みたいのか、そのバランスの取り方について常に考えているので、ステージは違うけど、同じような思考をしている、面白いなと感じました。


『女の国会』(著:新川帆立/幻冬舎)

政治ニュースの受け止め方が変化した
それを読者さんにも体感してほしい


本作では政治理論の抽象的なところではなく、選挙期間中の足の疲れやお腹の減り具合、地元と中央を頻繁に行き来する移動距離、睡眠時間など、具体的な数字を出し、生身の身体に近いところを書きたいと思いました。そうしたリアルを伺っていくなかで、耳に入ってくる政治ニュースについて、「これはきっとこういうことがあったのだろうな」「こんなことがあったのかも?」と受け止め方が変わっていきました。

遺書を残し、自殺した“お嬢”こと、朝沼議員の死の真相を、高月とその秘書・沢村明美とともに追う新聞社政治部記者・和田山怜奈が、与党のドンをはじめ、政治家への取材を重ねていくシーンが、本作には登場していきますが、そのなかに、外には一切出してはいけない「オフレコ発言」というものが出てきます。

本作の執筆中、政治家の方が性的マイノリティの方に対する不適切発言をオフレコの空間で話し、それを新聞社の記者が記事として出したことがありました。世間では賛否両論でしたが、取材をする以前なら、政治家がそういうことを言ったことには関心が向いても、その記事を出した記者の決意も、記者と政治家の関係もよくわからなかったと思うんです。取材をした結果、そこには政治家と記者との化かしあいがあり、想像ではありますが、「この記者さんは、記事を出すときに上司を説得したんだろうな」とか、「報じられた政治家は、その記者を今後、敵とみなすのか、それとも“まぁまぁ”とおおらかに付き合っていくのか」という風に、人間関係として捉えられることができるようになりました。読者さんも本作を読んだ後、そういう感じになっていただけたらいいなと思いつつ執筆を進めました。

「それは女性ばかりが困っているよね」は
永田町でも一緒だった


私が今回この題材に向かったのは、性差別について正面から書くためでした。2023年度ジェンダーギャップ指数125位と過去最低を更新した日本で、経済的に豊かで、社会的地位のある女性も差別に直面したことがあるのではないか。日本で一番ハイキャリアな女性は誰か?と考え、国会議員を主人公のひとりにしました。

けれど取材中は、「女性ということで不利益を受けたことはありますか?」という質問は一切しませんでした。それは単純に、その人はどういう人か、何が大変で、どんな時、うれしいと思うのかなど、「その人自身を知りたい」ということが取材の目的だったからです。さらに女性議員を前に、女性ならではの話を聞こうというのも何か違う気がしたからです。 

けれど女性差別に関するエピソードは、女性議員の方々のお話のなかで自然と出てきました。男性有権者からの嫌がらせ、出産、育児と選挙の時期がぶつかると、どうすればいいのかわからない、ということをはじめ、「それは実際、女性ばかりが困っているよね」というエピソードがたくさんあって。そしてそのひとつひとつが、「これは政治家だけに限らない」ということばかりでした。

議員さんたちは遠い存在だと思っていたけれど、私も、弁護士や企業法務の仕事、そして作家として働いてきたなか、同じようなことで悩んできました。読者さんもきっとそう思われるだろうなと思ったとき、「この小説は書ける!」と確信しました。

自分を見失ってしまった人が
ひと踏ん張りできるエネルギー源に


本作には、元アナウンサーで、義父のサポートと子育て、主婦業に奮闘しながら市議会議員をつとめる間橋みゆきという地方議員が登場してきます。普通の暮らしのなかで議員として成長していく間橋さんは、「政治ってこんなに身近なものなんだ」ということを体現するキャラクターです。

私は間橋さんの独白として書いた「自分を取り囲むピースが、自分のかたちを決めてしまっている。世間の扱いが先に来て、わずかに残った隙間に、体を無理やり合わせておさまっている」という言葉が気に入っているんです。間橋さんのように気が利いて、全方位的に対応できるがゆえ、便利屋さんのようになってしまう女性が私の周りには結構多くて。

他人の求めに応えるあまり、「自分が本当にやりたいことって何だっけ?」とわからなくなってしまうことがある。彼女たちが現状から一歩踏みだし、より幸せになるにはどうしたらいいのだろうと常々考えているんです。それはきっと読者さんたちのなかにもある気持ちだと思います。

どうすれば、自分を出すためにひと踏ん張りできるか。言い換えれば「強くなれるのか」。本作は、そのひと踏ん張りするときのエネルギー源になればいいなと思っています。

婦人公論.jp

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