【『虎に翼』最終回目前】「寅子と航一を法律婚させるかはとても悩んだ」吉田恵里香が語る“モデルがいるドラマ”で大切にしたこと

2024年9月21日(土)12時0分 文春オンライン

 日本初の女性弁護士の一人である三淵嘉子をモデルにした連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合ほか)。法律を学べる唯一の学校に入学した戦前の女子部時代、そして弁護士、戦後は裁判官として働く主人公の寅子が、世の中の「はて?」と対峙する姿を描きます。最終回を前に、脚本家の吉田恵里香さんのインタビューを『 週刊文春WOMAN2024秋号 』より抜粋して紹介します。


——4月から始まった『虎に翼』も、いよいよ最終回を迎えます。今、どんなお気持ちですか?


吉田 「悔いなくやりきった」と感じています。もちろん反省する部分はあるのですが、今の自分の力を出しきれたと思います。初めての朝ドラを出演者、スタッフ、すべてが恵まれた現場で書けたのはとても嬉しいことでした。



吉田恵里香さん


——主演の伊藤沙莉さんはじめ、出演者の方々も魅力的でしたね。


吉田 伊藤さんが寅子を演じてくれたので、ここまで書けました。他の方だったら、寅子のような疑問や対話を諦めない生き方ではなく、もう少し分かりやすいキャラクターにしたと思います。


 伊藤さんは怒りを表現しても嫌われない、稀有な才能を持った俳優さんです。当時の女性の中では寅子は恵まれた環境で育っていますが、伊藤さんが等身大で演じていると、それが嫌味なく素敵だなと思えるんですよね。


——視聴者の反応には触れていたのでしょうか。『推しの子』の作画・横槍メンゴさんとのラジオ(『ウチらと世界とエンタメと』)では、食事中の15分だけSNSを見ると明かしました。


吉田 シナリオを書き終わったので、少しずつまとめて読んでいるところです。4歳の息子がいるのですが、息子が黙々と動画を見ながらご飯を食べてくれるときだけSNSの反応を見る、と決めていたんです。でも最近は私の膝の上でご飯を食べるのがブームで、身動きが取れず(笑)。


 視聴者の反応を知りすぎたり、全く目を通さないのではなく、バランスが大事だと思っています。とくに朝ドラは長期戦なので、締め切りが来ているのに落ちこんでいたら作品のためになりませんから。自分のメンタルを保つために、執筆中はなるべくSNSを見ないようにしていました。


 ドラマ『チェリまほ』(『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』)は、出産前に書きあげて、出産後にオンエアだったので、放送中に感想を見ていましたがそれは例外で。『虎に翼』についてはありがたいことに、放送の初めの頃に、評判が良いとスタッフから教えていただいたので、視聴者の方を信じて書こうと決意を新たにできました。


Xで脚本の意図を投稿した理由


——大切なテーマを扱った回の後に、Xで意図を投稿されることもありました。轟(戸塚純貴)のセクシュアリティをめぐって、よね(土居志央梨)と話す51回の後の投稿は印象的でした。「私は、透明化されている人たちを描き続けたい」「こういうことを作家が書くことが嫌な人もいるだろうけど、言わなきゃいけないことは言わなきゃいけないんです。ごめんね!」という言葉に、ドラマの方向性を確信した視聴者も多かったと思います


吉田 社会の様々な問題にどう対処するのか、正解はないと思っています。けれど『虎に翼』では人権やLGBTQなどの問題を扱っているので、言わなくてはいけないことがあると思っていました。作品解釈は自由ですが、作品を巡ってSNSで差別的な発言があったときに黙っていると、その行為を肯定することになってしまいますから。


——『虎に翼』は主人公の個人としての成長と「法とは何か」という課題がシンクロしながら進みます。絶妙なシナリオをどのように作っていったのでしょう。


吉田 自分で調べた内容とスタッフからの資料を合わせて、まずプロットか初稿にする。それを考証の先生方に見ていただく流れで進めました。エンターテインメント作品をつくるときには、「事実をどこまで崩すか」という問題が出てきます。今回は朝ドラですし、なるべく事実に沿いたい気持ちが強かったので、史実を確認しながら書けたのは考証の先生方のおかげです。私が調べてきたものに対して、「でもこれは昭和◯年からの制度だからドラマに合わない」と指摘してくださったりと、良い経験でした。


——小誌の特集は「パートナー」ですが、今作でも様々な形でのパートナーシップや、血縁関係に依らない「家族のようなもの」が描かれています。


吉田 異性同士の関係性が「恋愛ありき」にならないように気をつけていました。轟とよねは2人で弁護士事務所を始めますが、男女のカップルになる展開も考えられたでしょう。けれど、轟は自認していなくても同性が恋愛対象の人間と当初から決めていたので、恋愛関係にはなりません。ただパートナーではあることは間違いないし、家族のようなものだと描きたかったんです。


 LGBTQの問題については、寅子自身が当事者であれば、より問題を際立たせることができたかもしれません。しかし、三淵嘉子さんというモデルの方もいらっしゃいますし、寅子の目線は、マジョリティといいますか、世の人の言う「普通」のライフステージを歩ませた方がよいと思いました。社会のなかで女性が置かれる立場については、女子部の同級生だったよねや、華族の涼子様(桜井ユキ)、離婚と親権に悩む梅子さん(平岩紙)に託したところもあります。


モデルがいるドラマを書くときのポリシー


——モデルの三淵さんは法律婚をしていますが、寅子と航一(岡田将生)は事実婚を選択します。評伝ドラマと、実在の人物をモデルにしたドラマをどのように捉えて書いていますか。


吉田 モデルがいるドラマを書くにあたっては、モデルとなる方の根底の部分とずれがないか、を大切にしました。三淵さんは男女平等と女性の社会進出のために、様々な発言や行動をされました。三淵さんが問題だと思ったことがすべて解決していたら「当時はこうでした」と書けますが、未解決のまま70年近く過ぎています。


 寅子と航一を法律婚させるかどうかは、とても悩んだところです。主人公が語る言葉は正解に見えてしまうし、なにより寅子という人を描いてきて、佐田姓やそれまでの自分の実績を捨てることを幸福だと感じるタイプとは思えなかったんです。


 私も今まで、朝ドラが始まるとモデルになった人について調べることがよくありました。するとお妾さんには触れていなかったり、国籍を変えていたり、エンタメの都合で変更している部分に気が付きます。その時の時代性もあることですし正解はない。制作陣が責任を持つ取捨選択ですが、モデルをどう描くかの問題ですよね。


 私も寅子に事実婚をさせたことが100点の答えだとは思っていません。今の私のベストを書きましたが、来年の自分は別の視点を持っているかもしれませんから。選択的夫婦別姓制度がなぜ未だに実現しないのか、私も本当に疑問ですが、ドラマをきっかけに議論していただけたらと思います。『虎に翼』を好きではないという方も、見続けてくださるだけでありがたいです。


——「血縁を前提とした家族という言葉はあまり好きではない」とも過去におっしゃっています。


吉田 本来は互いにリスペクトしあって、ケアしたりされたりするのが家族だと思います。あまりにも「親だから」「子どもだから」と、呪いのようになってしまうのが嫌なんです。


 私自身は今、小さい息子を育てていますが、母がとても助けてくれています。今までも忙しい日の平日の夕飯は母が作ってくれていましたが、朝ドラが始まってからは栄養バランスを考えた夕食を平日毎日作ってくれるんです。だから朝食は「バナナ2本がいい」と息子が言っても、それもいいか、と思えます。そういう意味での安心感がありますね。


 保育園のお迎えも「ばあばでもいい」と言ってくれて。お風呂は私か小学5年生の姪っ子としか入りません(笑)。執筆中に息子が熱を出して早引きすることもありましたが、家族の支えと息子の頑張りで、仕事ができています。


「全速力で頑張れ」という母の言葉


——SNSにもときどき、息子さんが登場しますね。


吉田 部屋に小さいプラネタリウムのようなライトをつけているのですが、「ぼくは星を見てるから、メールを見ていいよ」と言ってくれるんですよ。申し訳ない気持ちもありつつ、ありがたいです。


——出産した日の夜もパソコンに向かっていたそうですが、キャリアを途切れさせたくないという思いがありましたか。


吉田 大きかったです。「もう少しで何かがつかめる気がする」という勘もあったんです。結果的にはその勘が当たってよかったのですが、私には母という理解者がいたからできたことなので、環境が違う方には充分に休んでいただきたいし、真似はしないでと伝えたいです。


 母は、私が妊娠した時も「せっかくここまでやってきたんだから、全速力でやれるように頑張りなさい」と言ってくれました。その言葉がなかったら、おそらく仕事をセーブしていたと思います。セーブしていたら『恋せぬふたり』を書いていなかったし、そうしたら朝ドラもなかったので、本当に母には感謝しています。


——『虎に翼』は、放送の翌週に、 1週間分のシナリオ が電子書籍として発売され話題になりました。そして10月21日、全篇の脚本や寄稿が収録された紙版シナリオ集の発売が決まっています。(現在は予約受付終了)


吉田 紙のシナリオ集の出版は夢だったので嬉しいです。『あまちゃん』のシナリオを読んだ時、「ああ、このシーンは撮影でこんなに短くなっていたんだ」といったことがわかって楽しかったんです。もちろんドラマ本編だけでも楽しめるように作っています。ただ私自身は、監督インタビューやシナリオから、放送されなかった設定や情報を知るのが好きなんです。


 そして、脚本家の岡田惠和さん、坂元裕二さん、渡辺あやさんの作品が大好きで、シナリオも読んできたので、『虎に翼』もシナリオ集を出せれば嬉しいと思っていました。時間の都合でカットした場面やセリフもシナリオには書いてあるので、ぜひ読んでいただきたいです。


●寅子が恩師の穂高教授に花束を渡さなかった理由、「寅子を肯定しているようで根本的には理解していない人」をなぜ描いたのか、3種類あるという寅子の「ごめんなさい」、よく見返すというジャック・ニコルソンの映画『恋愛小説家』の魅力など、インタビュー「『虎に翼』寅子が恩師を“許さなかった”理由」全文は『 週刊文春WOMAN2024秋号 』でお読みいただけます。


文・矢内裕子 写真・榎本麻美


(吉田 恵里香/週刊文春WOMAN 2024秋号)

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