「虎に翼」ロスなら「虎とウサギ」はいかが? 脚本家・吉田恵里香のデビュー作『TIGER&BUNNY』がキャラも台詞も「トラつば」すぎた

2024年9月27日(金)12時0分 文春オンライン

 朝ドラ(NHK連続テレビ小説)をこれまで観たことがなかった層まで巻き込み、高い熱量で支持された伊藤沙莉主演の『虎に翼』(通称「トラつば」)。「透明化されている人をエンタメで描く」という脚本家・吉田恵里香のスタイルもすっかり有名になった。


 放送終了前から“トラつばロス”を抱える人向けに、NHKは同じく吉田恵里香脚本の『恋せぬふたり』(2022年)を再放送している。


 しかし、最も「トラつば」に近く、吉田脚本の原点と言えるのがデビュー作の『TIGER&BUNNY』(通称「タイバニ」)だ。



「虎に翼」の主人公・寅子 「虎に翼」公式サイトより


 2011年のTVシリーズ1期は全25話中吉田の名前がクレジットされているのは2話だけだが、2022年の2期では10話に参加している(シリーズ構成は西田征史)。


 吉田自身も「私の脚本家人生の大半はタイバニと共にありました」(ステラnetの連載コラム11回)と、ことあるごとにタイバニの存在の大きさを語っている。


アニメ×ヒーロー物×BL消費と、一見『虎に翼』とは全然違うが…


『タイバニ』は、近未来を舞台に個性豊かな特殊能力者がヒーローとして平和を守るといういわゆるヒーロー物で、落ち目のベテランヒーローと、ワケアリの生意気な若手イケメンが主役のバディものでもある。


 また、2000年代からBL好きの女子にも人気だったドラマ『相棒』シリーズの「中年男性×後輩イケメン男子」の“オヤジBL”をアニメに持ち込んだエポック的な作品でもある。


 アニメ×ヒーロー物×BL消費と聞くと興味を失う朝ドラファンも多そうだが、『虎に翼』との共通点が多すぎるので食わず嫌いはもったいない。『虎に翼』ロスならばきっと『タイバニ』も気に入るはずだ。


『タイバニ』の主人公“ワイルドタイガー”の本名は鏑木・T・虎徹。名前からすでに寅子要素が漂っている。とりわけ初めて吉田恵里香の名前がクレジットに登場する1期の第15話は、吉田節が凝縮された回である。


 この回は主人公の先輩のナンバーワンヒーロー・スカイハイが主役で、全体の流れの中ではスピンオフ的な位置づけである。


 スカイハイは古風な正統派のハンサムで、喋りも態度も王子様。長らく守ってきたナンバーワンの座を失いそうになっても、パトロールを欠かさないド真面目な努力家だが、天然で頑固な一面もある。


 そのスカイハイが、ある日公園で出会った少女に恋をするが……という展開は、才能や容姿に恵まれ、悩みなど何もない「持てる側」に見えたキャラクターの、人間的な悩みや意外な素顔を深く掘り下げる効果がある。


 そして今見ると、このスカイハイが『虎に翼』で岩田剛典が演じた花岡に見えてくるのだ。


 ハンサムで優秀な王子様然としているが、優秀な兄と比べられ、帝大生の前ではスンとしてしまう弱さもあり、戦後に裁判官としての正しさと人としての正しさの板挟みになり、闇市の食物を拒否して亡くなってしまう不器用さもある花岡。花岡には山口良忠判事という実在のモデルがいるが、「持てる側にも悩みがある」という視点は一貫している。


 主人公・虎徹の若くてイケメンなバディであるバーナビーも、『虎に翼』の航一(岡田将生)に見えて仕方がない。


「直接ではなく、本人がいないところで第三者にのろけるのがエモい」


 クールな現実主義者で、最初は虎徹を「おじさん」と見下していたが、徐々に虎徹の優しさや器の大きさを知るなかで強い信頼を抱くようになり、後には虎徹の優しさを他者に力説するまでに。


 航一も最初は寅子に対して「なるほど」しか言わない塩対応だったが、後に大っぴらに寅子との関係をのろけている。「直接ではなく、本人がいないところで第三者にのろけるのがエモい」という演出は共通している(航一は終盤は臆面もなくいちゃついていたが)。


「タイバニ」に吉田の色が強く出てくるのは、2022年の2期からだ。


 2012年には大学生だった吉田も30歳を超え、結婚・出産も経験していた。主人公2人の関係がメインだった1期以上にサブキャラクターの描写が増え、「誰も見捨てない」という意志を感じる脚本になっている。


 その中で、『虎に翼』かと思うようなセリフも多く登場する。


 例えば『タイバニ』にはルナティックという、法とは異なる独善的な正義に基づいて、法でさばけない殺人者を粛清する悪役が登場する。その悪役について、子どもたちからこんな質問が飛び出す。


「誰かを守るために人を殺したら刑務所に入るんですか」「じゃ、ルナティックは? 殺人犯を殺すって、俺らをある意味守ってるんじゃね?」


 法律や警察が裁いてくれない悪人に私刑を加える存在は必要悪か? という問いは、私人逮捕やスキャンダルインフルエンサーがダークヒーロー視される現代に響く。


『虎に翼』の新潟編で、売春や窃盗を繰り返す子供たちを束ねる少女が登場し、「どうして人を殺しちゃいけないのか」と問う。寅子は彼女を救うことができず、後に同じ問いに対してこう答える。


「理由がわからないからやっていいのではなく、わからないからこそやらない、奪う側にならない努力をすべき」


「もっと話すべきだった。彼女がわからないなら黙って寄り添うべきだった」


 『タイバニ』から2年越しで吉田が考え続けていた答えが『虎に翼』で解決されているのではないか。


「出涸らし≒衰える」というモチーフへのこだわり


 また『タイバニ』2期には「特別な能力なんて要らない」と、自分が特別視されることを拒否する子供が登場する。「人は自分と違うものを怖がる生き物だから」という形で回収されるが、「虎に翼」ではそのコインの裏側が描かれている。


 権力者の娘で頭が良いだけの少女・美佐江を周囲の人間が特別視して持ち上げ、最終的にはサイコパス扱いして排除する悲劇は、明らかに『タイバニ』の延長上にある。


 またどちらの作品でも「出涸らし」という言葉がキーワードとして登場するのも面白い。


 自身の能力が衰えて娘に追い抜かれていく状況で、虎徹は戸惑いながらも「若いやつらに何を見せられるか考えたい」と“出涸らし”としての役割に徹する覚悟を強めていく。


 この虎徹の姿は、『虎に翼』の中で初代最高裁長官や寅子の恩師が、寅子たち若い世代の道を切り開くために潰れ役になる覚悟に重なる。そして寅子も、自分の出世だけでなく後進のために貢献する未来が示唆されている。


『虎に翼』のメインテーマである男女の地位や関係性、という問題も『タイバニ』に登場している。


 女性ヒーローのブルーローズに対して、男性ヒーローが無意識に「守る存在」扱いをするが、後に考えを改めてこう話す。


「ずっと思ってたんだ。俺がブルーローズを守らないとって。相棒はその……女なんだしって。相棒は相棒。男も女も関係ねえのに」


「姫の相棒の俺が一番わかってなきゃいけねえのにな。ブルーローズは誰より強くて熱くて最強のヒーローだって。守るんじゃなくて助け合う、男も女も上も下もねえ、それならいいだろ、姫?」


 これは『虎に翼』で何度も描かれた寅子たちの怒り——女だからといって特別扱いしてほしいわけじゃない、守ってほしいわけじゃない、結婚や妊娠をしたからといって、「妻」や「母」扱いしないでほしいというメッセージそのものだ。


『タイバニ』のセリフが、寅子のセリフに見えてくる


『タイバニ』最大のテーマである「ヒーローとは何なのか」という問いに虎徹が答えたセリフは、語尾を変えれば寅子のセリフにさえ見えてくる。


「ヒーローって、強い弱いってのは極論関係ねえんじゃねえかな。困ってる誰かを見たとき、自分を顧みず前に立っていけるかどうか、そしてそいつに街を任せられるって思ってもらえるかどうか。仲間に、街のみんなに、自分自身に」


 寅子が目指したのは法曹として「人の盾になる」ことであり、「人が人らしくあるための、尊厳や権利を運ぶ船。社会という激流に飲み込まれないための船」になることである。そんな寅子に通じるヒーロー論だろう。


『TIGER&BUNNY』でも『虎に翼』でも、そして他の作品でも吉田が繰り返し描いているのは、“出涸らし≒衰え”と“世代交代”、そして様々な差別だ。「色恋だけが人生じゃない」という価値観も通底している。


「虎に翼」放送中から数多く応じたインタビューの中で吉田は、自分がバトンを渡す側の立場になったこと、子どもを持ってその思いが強まったことを語っている。


 自身の問題意識をエンタメにのせ、多くの人に届けたいという思いが『TIGER&BUNNY』になり、そして『虎に翼』になった。吉田の原点であり、純度の高い思いに触れる作品として、ぜひ『虎に翼』ファンはチェックしてみてほしい。


(田幸 和歌子)

文春オンライン

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