《きょう完結》「推しの子」で最後の最後に想定外の“炎上”が起きた深い理由「全てがリアリティショー化した世界」に“嘘”の力は通じたか
2024年11月14日(木)8時0分 文春オンライン
週刊ヤングジャンプ(集英社)で4年半にわたって連載されてきた人気漫画『推しの子』が、残すところ1話となり、11月14日発売の2024年50号で最終回を迎えるのだが、終盤の展開をめぐってSNSは大炎上している。
赤坂アカ(原作)と横槍メンゴ(作画)が手がける『推しの子』は、産婦人科医のゴローが、何者かに殺された後、自分が推していた人気アイドル・アイが妊娠していた子供に生まれ変わる物語だ。
アイの子供・星野愛久愛海(アクアマリン、以下「アクア」)に生まれ変わったゴローは、自分と同じように生前はアイのファンだった女性が転生した妹の瑠美衣(ルビー)と共に、推しのアイドルが母親という幸福な幼年期を過ごす。しかしアイの所属するアイドルグループ・B小町が東京ドームコンサートを行う当日、狂信的なファンに家で刺殺されアイは命を落とす。
その後、ファンの男は自殺し事件は終わったかに見えたが、アクアはアイに子供がいると犯人に吹き込んで襲わせた黒幕が別にいて、その正体は素性のわからない自分たちの父親だと推察。高校生に成長したアクアは真犯人を探すために、生前にアイと親交のあった芸能関係者に近づくため、タレントとして活動するようになる。
ミステリー、サクセスストーリー、青春恋愛、芸能界のお仕事が並行して展開
物語は、アクアが母親を殺した犯人である実の父親を探すミステリー&サスペンスだ。父を探す中でアクアは芸能界で活躍する人々と出会い、俳優やタレントとしてさまざまな仕事をこなしていく。
その過程で芸能界に蔓延している様々な問題に直面するのだが、同時進行でルビーがアイドルデビューし、元天才子役の有馬かな、ユーチューバーのMEMちょと共にアイドルグループ・B小町を再結成してトップアイドルへと昇りつめていくサクセスストーリーと、アクアを中心とした青春恋愛ドラマが展開される。
メインストーリーは母の復讐だが、サブエピソードがとても充実しており、時に本編以上に盛り上がるのが『推しの子』の面白さだ。
犯人探しのミステリーに興味がない人でも、芸能界で活躍するキラキラとした美男美女の青春ドラマとしても楽しめると同時に、芸能界の裏ををゴシップ的に楽しむ情報漫画としても楽しめたのが、幅広い読者を獲得できた勝因だ。
母の仇を探すミステリー、ルビーたちアイドルのサクセスストーリー、アクアたちの青春恋愛ドラマ、芸能界の暗部を描いたお仕事編、この4つが『推しの子』で同時進行していくエピソードだが、筆者が一番惹きつけられたのは「お仕事編」だ。
劇中ではWebドラマ、恋愛リアリティショー、2.5次元舞台、情報バラエティといった番組制作の内幕が次々と描かれるのだが、一番生々しく感じたのが、ドラマや2.5次元舞台の原作を提供する側である漫画家の苦悩だ。
売れっ子漫画家の鮫島アビ子が描いた「東京ブレイド」が舞台化されることになる。しかし何度言っても修正が反映されずに逆に内容が悪化していく脚本にNGを出して、脚本家を降板させて、自分が脚本を書くと言い出す流れや、その対応に追われる演出家や出版社の対応はとても生々しかった。
異常な説得力が宿っていたのは、漫画家の作者にとってもっとも身近で切実な問題だったからではないかと思う。
暴走するファンダムの炎上こそが最大の力点だった
『推しの子』の中心にあるのは、若手の俳優やアイドルの抱えている苦悩だが、背後にあるのが、運営とファンの間で引き裂かれて傷ついている若手タレントたちの立場の弱さだ。それがもっとも色濃く現れていたのが、第3巻で展開された『恋愛リアリティショー編』。
恋愛リアリティショー「今からガチ恋始めます」の収録中に出演者の1人に怪我を負わせてしまった女優・黒川あかねは、視聴者から激しいバッシングを受け、SNSが大炎上する。
ショックを受けた黒川は精神的に追い込まれて自死を選ぼうとするが、アクアに助けられる。黒川への批判を消すため、アクアは出演者の仲の良さをアピールする動画を出演者と共同で制作するのだが、番組制作者と視聴者の間で出演者の若いタレントたちが煽られ、酷いプレッシャーに晒されている現実を本作は丁寧に紐解いていく。
「恋愛リアリティショー編」が興味深いのは、出演者同士の争いでも、プロデューサーやディレクターといった大人の制作者と出演者の対立でもなく、暴走するファンダム(特定分野の熱心なファンたち)をどうやって沈めるのか? という問題に力点が置かれていたことだ。
大人(運営、テレビ番組制作者)の事情に振り回される子供たち(アイドル、タレント)という対立なら昔から存在する芸能界の残酷物語だが、ここにファンダムの炎上という新しい要素が加わっているのが、令和の芸能界を舞台にしている本作の新しさだろう。
昭和の『スター誕生!』(日本テレビ系)、平成の『ASAYAN』(テレビ東京系)といったオーディション番組から新人アイドルが誕生し、彼女らが大人に成長していく姿を歌番組やテレビドラマを通して視聴者が見守ってきたことを考えると、昔から芸能界とテレビにはリアリティショー的な側面が備わっていたとも言える。
それが2010年代にSNSが大きく普及し、誰もが自分の意見をネットで発信できるようになると、リアリティショー的な側面が24時間体制となり、これまで一方的な消費者だったファンダムも積極的に発信するようになりその影響力もより強まっていく。
アイドルカルチャーでは、2010年代にAKB48が行ったシングル曲の選抜メンバーをファンが購入したCDに同封された投票券で決める選抜総選挙の大規模イベント化が決定的だった。
歌や演技といった表現力や、衣装等によって作り込まれたキャラクターといった虚構の魅力よりも、直接合って話したり握手できるといった生の接触によって得られる現実の魅力の方が重視されるようになったアイドルたちは、本来なら裏に秘められていたはずの醜い感情やゴシップ的な人間関係まで消費されるようになり、時に命を落とす事態にまで追い詰められてしまう。
これはアイドルだけでなく、政治家、スポーツ選手、作家といったあらゆる有名人に起こり得る出来事で、もはや「全てがリアリティショー化してしまった」と言えよう。
全てがリアリティショー化した世界と、「嘘」の力で戦う物語
「嘘」を武器に、完璧で最強のアイドルとなったアイの死から始まる『推しの子』は、アイドルやフィクションといった虚構がSNSを媒介としたリアリティショー化した現実に呑み込まれてしまった現代から、「嘘」の力でいかに虚構の世界を取り戻すかという果敢な戦いを描いた物語として始まった。
最も個人的で最も虚構の力が強いメディアである漫画の世界から『推しの子』が生まれたのはある種の必然で、2020年代に本作が描かれたことの意味はとても大きかったと感じる。
最終的にアクアは、アイの過去を描いた自伝映画『15年の嘘』の脚本を手がけ、映画の中で真犯人のカミキヒカルの正体を匂わすことで、マスコミと大衆が犯人暴きに向かうように誘導して、社会的制裁を下そうと目論む。
作り手にとって「唯一想定外だった出来事」とは
映画は完成し、ついにアクアはカミキと対峙することになるのだが、ルビーの命を狙おうとするカミキから妹を守るため、アクアは自分の胸をナイフで刺してカミキといっしょに海に落ちることで、彼を殺人犯に仕立てあげる。これこそがアクアの復讐だった。
ファンの凶行によってアイ(アイドル)という虚構(嘘)を奪われたアクアが、映画という虚構の力でアイの名誉を取り戻し、ルビーがアイドルとして大きく羽ばたく物語として『推しの子』は幕を閉じた。
アクアが自死を選んだ展開には批判が多く、最終回を前にSNSは炎上しているのだが、この炎上はアクアたち虚構のキャラクターを、現実のアイドルのようにファンたちが愛していたことを逆説的に証明しているように見えた。
アクアたちの恋愛模様を読者は熱狂的に見守り、全員に幸せになってほしいと思っていた。始まりから終わりまでコントロールが行き届いた作品だったが、この炎上だけは、作り手にとっては想定外の出来事だったのかもしれない。
(成馬 零一)