【インタビュー】堺雅人 方向音痴な男の俳優人生の歩き方

12月8日(金)19時15分 シネマカフェ

堺雅人『DESTINY 鎌倉ものがたり』/photo:You Ishii

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「こないだ気づいたんですけどね、僕、びっくりするくらい、ものすごい方向音痴なんですよ」——。お馴染みの少し高めの声色をさらに高揚させ、堺雅人は言う。

地図を表示させたスマホの画面をああでもない、こうでもないと回転させながら、眉間にしわを寄せてのぞき込む堺さんの姿を勝手に想像してしまうが、この四十代半ばにしての大発見(?)の論点はそこではない。俳優・堺雅人はどこからやって来て、どこに向かうのか?——それが問題だ。

まずは久々の映画出演についての話から。まもなく公開の『DESTINY 鎌倉ものがたり』は、西岸良平の人気漫画を原作としたファンタジー大作。堺さんにとって、2013年3月公開の『ひまわりと子犬の7日間』以来、実に4年半ぶりの映画出演作となった。だが、当人はそれを深く意識することはほとんどなかったという。

「映画ってことは、当初から特に意識してなくて、撮影が始まってしばらくして『4年ぶりか…。こんなに長かったのか!』と気づきました。始まる前に思っていたのは、クランクイン自体が久しぶりということ。大河ドラマ(『真田丸』)が長かったから、『始まる』ということが久しぶりで、新鮮で楽しくもあったし、(クランクインに)緊張するという感じも2年ぶりくらいで『始まるって楽しいな。怖いな』って印象はありました」。


『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズや『永遠の0』など、最新のVFXを駆使した映像世界で知られる山崎貴監督作品で、本作は妖怪に魔物、幽霊などが入り乱れるファンタジー大作。黄泉の国へと旅立ってしまった妻を取り戻すべく、冒険の旅に出る作家という、これまでとは明らかに毛色の違うジャンルの作品、CGのためのグリーンバックでの撮影にも、特に構えることはなかった。

「とても大きな物語なのに扱ってることは、よくよく見てみると、小さなお話なんですよね。夫婦の話であり、大きな世界で小さなことを話してる。そのギャップが実は面白い気がします。グリーンバックのシーンも多かったけど、やっていて思ったのは背景がどうだろうと、妻(高畑充希)との関係がしっかりしていれば、役者として満足できるっていうこと。そこがどこで、どんな風景かということは、普通に演じているときも、あまり考えてなかったんですね。隣の人、目の前にいる人との関係だけで作ってたんだなって。完成してみると超大作だけど、やってる側は、20人くらいの小さな劇場で高畑さんと2人芝居していたとしても、同じ楽しみ方ができたんじゃないかなって気がしています」。


「これまでも『映画だからこの演技!』とか思ったことはないし、それは演劇部で演技を始めた頃からずっとそう。大学に入って『演技を変えよう』とか思うこともなかったし、深く考えてなかった」。そうサラリと言ってのけるが、堺さん自身のスタンスは変わらずとも、「俳優・堺雅人」の存在が、世間でどんどん大きくなっていることはまぎれもない事実だ。

4年半前の映画『ひまわりと子犬の7日間』の公開時の段階で、既に多くの人々が堺さんの顔と名前を知っており、主演作をいくつも抱える人気俳優だったことは間違いないが、社会現象を起こした、ドラマ「半沢直樹」も大河ドラマ「真田丸」もまだ放送前。当時といまとでは、世間の堺雅人の受け止め方は全く違う。だが、当人はそんな周囲の変化に対しても無頓着だ。これだけの大きな変化の中で、ぶれることなく自分を保ち続けられるのはなぜなのか? そんな問いに対して、堺さんの口から出てきたのが、冒頭の「方向音痴」発言である。


「方向音痴じゃない人と話をしてて気づいたんですが、あの人たちは世界を1枚の地図と捉えて見ているんですよ。だから、この建物(インタビューが行われたホール)の中から、どっちの方向にどの通りがあるとか、新宿はだいたいどっちの方向とか指差せるんですよね。僕にはそれが信じられない! 僕らは毎回(=知らない場所に行くたびに)、地図を開き直すんです。で、何が言いたいかというと、“始まり(=スタート地点)”があって、“終わり(=ゴール、目的地)”があって、『いまはここにいる』という感覚は、家を出て、有楽町に着くために、いまはここにいて…という方向音痴じゃない人の感覚があるからわかるんですよ。『ここまで来たな…』とか『あの頃から考えると、いま俺はここにいる』というのは、わかる人はわかるんでしょうけど、僕は毎回、忘れるから、(時系列が)繋がってないんです」。

つまり、方向音痴であることは、俳優のキャリアという旅にもしっかりと影響しており、「過去」「現在」「未来」を1枚の地図として繋げて捉えておらず、「現時点」の地図(本人曰く「使い捨ての粗雑な地図」)しか見ていないからこそ、常に新鮮な気持ちを失うことがないということ。


ただ、それは周囲の喧騒や評価を気にしたり、揺らぐことがないという説明にはなっていない。実際、周囲やインターネットの声に一喜一憂したり、それこそ“エゴサーチ”をしてしまうことはないのだろうか?

「たまにしちゃいますね(笑)。WEBの記事とか、あんまり見ないようにしつつ、ちょっと見ちゃうんですよ。やっぱり、自分がかわいいからほめてもらいたいし…でも『ほめてもらいたい』と思ってやることは、ほめてもらえなかったりするんですよね(苦笑)。“エゴサーチ”って、言葉自体に悪意がありますよね(笑)? それこそ、鏡を見ることだってエゴサーチですから。周りにどう思われるかは気になるし、でも、それを気にしだしたら自由に何もできなくなっちゃう。『(エゴサーチを)しない』にやや寄り気味の『する』。それくらいがちょうどいいのかな…? 『しません』とは言えないけど、積極的にするでもなく、見ちゃう感じですね」。


今回、初めてタッグを組んだ山崎貴監督も「方向音痴」だという(堺さん談)。ちなみに、人と会ったり、本を読んで『あ、この人(もしくは作家)は方向音痴だ』と識別するのが、堺さんのマイブームなのだとか…。山崎監督に話を戻すと、あれだけ緻密かつスケールの大きな世界を作り上げ、ダイナミックな映像で表現する山崎監督が、方向音痴だとはにわかに信じがたいが…。

「でしょ(笑)? でもそうなんです。つまり、役者を型にはめていくタイプの監督じゃないんですよ。『ここにたどり着きたいから、このルートを通って』と指定するタイプじゃなく、一緒に新しい地図を作っていくタイプの監督なんです。それは、いい悪いじゃなく、楽しかったですね。『そのお芝居、ちょっと違うんだよね』じゃなく、『あぁ、そうするんだ! じゃあ、こうしよう!』と、役者の演技ではなく、全体のプランの方をちょっとだけ変える。それはそれだけの技術と懐の深さがあるからできることなんです」。


「いい悪いじゃなく」という本人の言葉にもあるように、山崎監督とは正反対の役者を型にはめていくタイプの監督に操られる面白さも堺さんは十二分に知っている。

「内田けんじ監督(※堺さんは『鍵泥棒のメソッド』、『アフタースクール』に出演)は完全にそっちですね。最初から完成図があって、そのための地図がある。だから、こちらの演技に対して『あと目盛2つ分、落としてください』といった調整が求められるんです。山崎さんは、こっちの演技に対して『その目盛で来ましたか? じゃあこっちをこうしよう』って発想。方向音痴の役者の方がいい場合もあれば、そうじゃない役者の方がいいときもあると思います」。


今回、演じた主人公の一色正和は、鎌倉に居を構えるミステリー作家で、警察署の求めに応じて探偵のごとく事件の捜査にも協力するという人物。読書好きで知られ、エッセイでも本や作家について書くことの多い堺さんだが、作家を演じることはさぞ心が躍ったのでは?

「作家というのも面白いけど、民俗学にも精通している部分があって、そこが面白かったですね。鎌倉が舞台で、目に見えるものだけでないいろんな世界がある。多様性、優しさ、一神教ではなく多神教の世界——1枚の地図じゃなく、何枚ものいろんな地図が折り重なっていて、簡単に道に迷い込むことができる楽しさがありました。役作りに関しては、原作漫画(作・画:西岸良平)の一色は、面長で芥川龍之介のようなビジュアルなんですよね。僕はそうではないので、どうしようか? と考えたとき、“鎌倉”、“夫婦でひっそりと暮らす”というところで、漱石の『門』が思い浮かんだんです。そこで漱石を何作か読み返しました。芥川は無理だけど、漱石の雰囲気ならイメージできそうだと、やってみました」。


タイトルの『Destiny』は“運命”を意味するが、堺さん自身は運命を信じるのか? ここでも、これまでの話を踏まえた上で、明快に「全然、信じない」という答えが返ってきた。

「(運命は)決まっていると言えば決まっているのかもしれないけど、よくわかんない時点で僕には関係ないですね。わかるなら知りたいけど、わかんないから。決まっているならそれでもいいけど、(運命による)法則なんて、俺は知らないよって感じです」。

「1枚の地図じゃ世界は語れない」——堺雅人は方向音痴を楽しみながら、行き先を決めずに旅を続ける。

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