【レビュー】香港アクション映画のプライドをつなぐ、『レイジング・ファイア』の魅力に酔う

2021年12月24日(金)16時30分 シネマカフェ

『レイジング・ファイア』(C)Emperor Film Production Company Limited Tencent Pictures Culture Media Company Limited Super Bullet Pictures Limited ALL RIGHTS RESERVED

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ぶつかり合う肉体、飛び交う銃弾、手に汗握るカーチェイス。香港映画といえば、やっぱりアクション。中でも、仲間との絆や裏切り、警察内部の腹の探り合いにハラハラするポリスアクションは人気のジャンルだ。

そんなファンが見たい要素てんこ盛りの『レイジング・ファイア』は、香港アクション映画界の巨匠ベニー・チャン監督が放つ快作。主演は、今や世界的アクションスターのドニー・イェン。対するは、その端正なマスクでファンの多いニコラス・ツェー。正義感の強い警官と、復讐心に燃える元警官。陽と陰のエネルギーが激突する。

チョン警部(ドニー)は、長年追い続けていた凶悪犯ウォンの薬物取引の現場に踏み込もうというその日に、上層部から嫌がらせを受けて作戦を外される。しかし、現場に向かった同僚の警官たちとウォンは、警察側の動きを知り尽くした何者かによって惨殺され、薬物も奪われてしまう。

薬物の流れを追ううちに、容疑者としてンゴウ(ニコラス)の名が浮かび上がる。ンゴウはチョンを慕っていた元エリート警官。4年前のある事件のせいで部下たちと服役していた。チョンへの復讐心を燃やすンゴウと対峙するチョン。2人の戦いの行方は……。


魅力的な悪役と、キャラを際立たせるアクション

分かりやすい善悪の対立構造だが、両者ともにキャラクターを決定づけるドラマがある。警官側と犯人側、それぞれの仲間たちが濃い絆で結ばれているのもお約束。香港の民主化デモなどを経て、すっかり印象が悪くなってしまった香港警察。本作でも上層部の不正が描かれるが、大ベテランのサイモン・ヤム演じる上官の粋な差配にニヤリとする人は多いはず。

何と言っても復讐の鬼と化したンゴウの造形にしびれる。19歳でベニー・チャン監督の『ジェネックス・コップ』(99)に出演し、アクション開眼したニコラス。未来の香港映画の担い手として注目された彼が、約20年の月日を経て、同監督の作品に成熟した魅力を焼き付けた。エリート警官から、ジョーカーを思わせる悪への変貌ぶりに、収監されていた日々の苦痛がにじむ。バタフライナイフを使ったミニマムな動きの戦い方が彼の閉ざされた監獄での日々を思わせ、暗い狂気を表現する。

主演のドニーがアクション監督も兼任。谷垣健治氏がスタント・コーディネーターを務めているクライマックスのドニーとニコラスの一騎打ちは見逃し厳禁だ。アクション俳優ではないニコラスが世界のドニーの好敵手に見えるよう、見せ方や編集に工夫を凝らしたそうだが、この映画は全編を通してアクションも演技だと改めて認識させてくれる。


今の香港映画の精一杯を攻めたベニー・チャン

映画の製作本数が減っているうえ、中国との合作が増え、かつての「らしい」アクション映画の根が絶えたように見えた香港。中国市場に活路を見いだし、軸足を移した監督も多い中、香港映画らしさを失わないアクションを撮り続けたのがベニー・チャンだ。久しぶりに登場した「らしい」香港映画『レイジング・ファイア』に中国の観客も歓喜。興行収入約13.3億元(約240億円)をたたき出す大ヒットを記録した。

「らしい」と敢えて書いたのは、そこにはやはり、中国と合作することで生じる制約と、潤沢な資金やCG技術によってもたらされた変様を感じるから。市街地での激しい銃撃戦は特別に作ったセットで撮影された。セットゆえに可能だった苛烈な銃撃戦と爆破の威力はインパクト十分で、ビジュアルは最高。ドニーとニコラスの熱い闘いに高揚して映画館を出れば、冬の帰り道もホックホクなのは保証する。だけど、そこで描かれた混沌は計算され尽くしたものであり、リアルな人の“匂い”が足りないと感じてしまう。それは近年の中国映画が物足りないのと同じ理由であり、ここが中国を無視できない今の香港アクション映画の精一杯なのかもしれない。

とはいえ、『レイジング・ファイア』が久々の快作であるのは間違いない。ベニー・チャン監督は、本作を完成させたあと、2020年8月に死去。後進を鼓舞するかのように、香港アクション映画の意地を見せつけて世を去った。

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