戦火のキーウから来日するウクライナ国立バレエ団、ラストを変えた希望の「ジゼル」
2024年12月28日(土)15時27分 読売新聞
寺田宜弘さん
戦火のキーウを拠点とするウクライナ国立バレエ団(旧キエフ・バレエ団)が2025年も来日し、1月3日から19日まで全国を巡演する。希望が感じられるようにラストを改訂した古典の名作「ジゼル」を始め、22年のロシアによる侵略開始後にレパートリー化した作品も披露する。また、人気バレリーナ・菅井円加さんが東京公演に客演するのも朗報だ。苦難の中、進化を続けるバレエ団を率いる寺田
今もサイレンが鳴っています
「今もサイレンが鳴っています。今日は2回目ですよ」。ミサイル攻撃に伴う警報サイレンも、キーウでは日常化しているようだ。「サイレンが鳴ると子供がいる団員は幼稚園や小学校に迎えに行く。停電になると、エレベーターも動かないし、10階以上には水が上がらなくなる。いろんな問題がありますが、みんな休まずに劇場に来る。ウクライナ人ってすごいと思いますね」
侵略開始後は常に生命の危機にさらされているが、バレエ団としての困難は、文化省の要請で、チャイコフスキーらロシア人が作曲した「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」などの人気作が上演できなくなったことだった。ただ、ひたむきに踊り続ける彼らに様々な形で支援の手が差しのべられ、レパートリーが少しずつ充実している。
ウクライナの心に寄り添った「ジゼル」
例えば、今回、全国12都市で上演される「ジゼル」は日本で募った義援金を活用して23年に新制作された。身分違いの悲恋を描き、同団でも長く上演してきた古典バレエで、村娘のジゼルは恋仲だった貴族アルブレヒトに裏切られた衝撃で死んでしまう。だが、夜の墓地で悲しんだアルブレヒトと精霊になったジゼルは心を通わせる。
一般的なラストは夜明けとともにジゼルだけが墓の中に消えていくが、今回の新制作ではアルブレヒトも絶命し、二人は来世で再会する。死は永遠の別れではない。開戦以来、親しい人の死に直面してきたウクライナの人々の心に寄り添った終わり方だ。
「亡くなった命が一つになって新しい人生を歩み始める。これは戦時下ならではのアイデアだと思う。一番大事な人と一緒になって、この世を去りたいと思うのは、宗教が違ってもみんな同じだと思います」
1月5日に菅井円加が客演、ミクルーハやクラフチェンコも成長
「ジゼル」は1月5、6日に東京文化会館で上演されるが、5日には世界的振付家のジョン・ノイマイヤーさんが育てたドイツのハンブルク・バレエ団で活躍する菅井円加さんとアレクサンドル・トルーシュさんが主演する。
「円加さんの踊りを見た時、すごいパワーを持っていると思った。決して簡単ではないノイマイヤー作品を踊ってきた人ですから、言葉で伝えることができないぐらい素晴らしい踊りを見せてくれるでしょう。ウクライナ人のトルーシュさんと日本人の円加さんが一つになって、私たちが苦しい時代に作り上げた『ジゼル』に参加していただけるのは非常にうれしいこと。若い団員たちも学べるものがあると思います」
6日昼はカテリーナ・ミクルーハさんとオレクサンドル・オメリチェンコさん、夜はイローナ・クラフチェンコさんとニキータ・スハルコフさんが主演する。「ミクルーハさんは純粋で美しい。クラフチェンコさんはすごいスピードでレベルを上げています」
一日も早く、素晴らしい春・黄金の秋を
4日に同会館で上演される「プレミアム・ガラ」では、巨匠ノイマイヤーさんの名作「スプリング・アンド・フォール」を披露する。ドボルザークの「弦楽セレナーデ」の流麗な旋律に乗って身体が優雅な軌跡を描く美しい作品だ。
ノイマイヤーさんから贈られた言葉は「この作品を『春(スプリング)と秋(フォール)』と呼んでください」というもの。「ウクライナに一日でも早く素晴らしい春が来て、一日も早く黄金の秋が来てほしいとおっしゃった。この2年ほど、踊り続けていますが、その日ダンサーが何を思っているかによって踊りが変わる。哲学的ですばらしいと思っています」
英国バレエの名作「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」のパ・ド・ドゥも上演する。ロンドンで行われたチャリティー公演をきっかけに全幕上演を目指すことになったものだ。また、今回は上演されないが、現代を代表する振付家の一人、アレクセイ・ラトマンスキーさんの新作もレパートリーに加わった。
大事な役目は夢と希望を渡すこと
22年12月に芸術監督に就いた寺田さんは、いい風に乗っている。「いつも思っているのは常に前に進んでいって、新しいレパートリーをバレエ団に入れないとダメだということ。私の一番大事な役目は団員たちに夢と希望を渡すこと。そして、団員たちは見に来てくださる人に夢と希望を渡す。そういう形にしていかないと」。その前提には団員たちへの信頼がある。「戦争が始まって国外に脱出した団員たちは、そのままヨーロッパで活動することもできた。でも、みんな戻ってきた。それは、苦しい時代にウクライナで芸術を守り、世界の人に知ってほしいという気持ちがあるから。バレエ団は一致団結していて、いい方向に進んでいると思います」
「ジゼル」は東京公演の後、富山、石川、京都、大阪、愛知、和歌山、香川、岡山、広島、福岡を巡演する。主催は光藍社。特別協賛はCHINTAI。(編集委員 祐成秀樹)。