厳しい社会情勢だった2024年、日本で読まれたのはホラー小説だった
2024年12月30日(月)15時30分 読売新聞
震災や物価高、緊迫する国際情勢など、厳しいニュースが続いた2024年は、日本のホラー小説が新たな隆盛を見せた1年でもあった。「モキュメンタリー」といわれる実話風の作品の恐怖が、読者の共感を呼んだようだ。本と人との出会いの場を守ろうと、国による書店振興策も始まった。(小杉千尋)
書店振興、国が専門チーム
年間ベストセラーで目立ったのが、ユーチューバーとしても活躍するホラー作家、
奇妙な間取りの住宅をめぐるミステリー『変な家』と続編の『変な家2 〜11の間取り図〜』(ともに飛鳥新社)は、総合部門(文庫やコミックなどをのぞく)で、いずれも5位以内にランクイン。この2作と『変な家』の文庫版を加えたシリーズ累計発行部数は、224万部を突破している。
同シリーズでは、「筆者」と表記された人物が、間取り図や現地取材、関係者へのインタビューをもとに、家に秘められた謎に迫っていく。ページには詳しい間取り図が添えられ、読者も謎解きをしながら読み進められる。雨穴の作品では、不自然な絵の謎を解く『変な絵』(双葉社)も人気だった。
ほかの文芸作品では、今年の本屋大賞に選ばれた宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)が3位。続編の『成瀬は信じた道をいく』(同)とともに、我が道を行く「成瀬」の個性的なキャラクターが、多くの読者に好かれたようだ。
統計をまとめた出版取次大手の日本出版販売(日販)は、「『コト』消費の時代に、世界観に没入できる作品が人気を集め、SNSでの拡散でさらなる共感を呼んだようだ」と分析する。
読書の「質」重視
一方、2023年度の文化庁の調査で、1か月に本を1冊も「読まない」とした人が初めて6割を超えた。「読書離れ」が広がる中、読書そのものについて考えさせる本も目立った。
文芸評論家の三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、今年4月の刊行後、23万部(電子版含む)のヒットとなった。日本の労働史と読書史をたどりながら、本が読めないほど忙しい現代の生活を考察し、「新書ノンフィクション部門」の1位に輝いた。
「読書」に関する本について、大和書房の編集者の刑部愛香さんは「読書の量だけでなく、『本をどうやったら楽しめるか』という質を重視する人が増えたのではないか」と話す。
同社では今年8月、『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』を刊行。ウェブライターの「かまど」と「みくのしん」の2人が、太宰治『走れメロス』などの名作を熱く語り合う姿が評判となり、刊行からわずか3日で8万部を突破したという。
名著の文庫化が人気だったことも、重厚な作品にじっくり向き合いたい読者が多かったからだろうか。ラテンアメリカ文学の巨匠、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(鼓直訳、新潮文庫)は、税込みで1300円を超すにもかかわらず、37万2000部のベストセラーとなった。
書店同士が連携
全国で街の書店の減少も止まらず、ようやく国は今年、本格的な対策に乗り出した。3月に経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を設置。書店関係者らと話し合う車座ヒアリングや書店の視察を行い、書店活性化のための課題をまとめた。
出版界も、動きを見せ始めている。出版取次大手のトーハンは、書店開業のハードルを下げようと、従来より少額で取引を行う「HONYAL(ホンヤル)」を始めた。丸善ジュンク堂書店が主導する「書店員が選ぶノンフィクション大賞」や、地方書店による文庫本のグランプリ「BUN—1(ブンワン)グランプリ」など、書店同士が連携して本の魅力を発信する動きも盛んになってきた。
気軽に本を手に取れる環境を守るため、みんなで知恵を絞る時に来ている。
実話風の「モキュメンタリー」作品で人気、背筋さん
最新作 小さいのに「怖い」
モキュメンタリーブームの火つけ役の一つが、
「うれしさ半分、戸惑い半分です」。瞬く間に売れっ子になった作家の口調は、作品の雰囲気に反して穏やかだ。
「ホラーは元々、一部の物好きが楽しんでいたジャンル。ジェットコースター好きが急に増えたようなイメージです。昔からあったものに、突然みんなが乗り始めたから驚きました」
自身もホラー全般が好き。僧侶の父の影響で、「子どもの頃から、人の生き死にが特別なものではなかった」と話す。
小説を書き始めたのは「暇だったから」。『近畿地方』の冒頭にあたる短編を友人に褒められ、小説投稿サイトに続きを載せた。ある地域の怪異について、雑誌記事やインターネットの掲示板など様々な体裁で描き、実話かフィクションか分からない不気味な雰囲気で、多くの人の心をつかんだ。
最新作の『口に関するアンケート』は手のひらサイズの本で、物語も60ページ。ある墓地での出来事を複数の男女が口々に語り出す。「こんなに小さいのに、ちゃんと怖い」とSNSで話題になり、現在の発行部数は19万部を突破した(電子版含む)。
デビュー当初は顔を公開していなかったが、最近は少しずつメディアにも登場している。
「怖くなくても謎解きがなくても、面白くはあるべきだと思っている。読者や編集者を置き去りにするくらいなら、自分の信念は要らない。作家肌ではないのかもしれないですね」。チャーミングな素顔をのぞかせた。