世界経済減速が迫る原油市場、OPECプラスは「身を切る」減産を実施できるか

2023年5月12日(金)6時0分 JBpress

(藤 和彦:経済産業研究所コンサルティング・フェロー)

 米WTI原油先物価格は年初来安値圏で推移している(1バレル=70ドル台前半)。

 5月4日の時間外取引で一時1バレル=63ドル台と1年5カ月ぶりの安値を付けた後、70ドル台に戻るという値動きの激しい展開となっている。週間ベースで見ると3週連続で下落しており、原油価格への下押し圧力が強まっている感が強い。

 中国や米国の景気懸念に加え、ロシアからの原油輸出が予想外に堅調なため、供給過剰が意識されやすい構図となっている。


ロシア産原油をインドと中国が積極購入

 まず供給サイドの動きを見てみたい。

 OPECの主要加盟国は5月から自主的な追加減産に踏み切った。個別に見ると、サウジアラビアが日量50万バレル、イラクが21万バレル、アラブ首長国連邦(UAE)が14万バレル、クウエートが13万バレルそれぞれ減産する。トータルの減産量は世界の原油供給量の1%分に相当する116万バレルだ。

 市場関係者は「OPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)は昨年(2022年)11月から実施している日量200万バレルの減産規模を維持する」ことを当然視していたため、追加減産が発表されると原油価格は急上昇した(1バレル=80ドル超え)。

 だが、追加減産による原油上昇の効果は一時的だった。OPECの生産量が目標に達しない状態が続いており、5月からの追加減産は実際の生産量を追認したに過ぎなかったからだ。原油市場の需給に影響を与えるものではなければ、早晩「化けの皮」が剥がれる。

 OPECの自主減産は「見かけ倒し」に終わったものの、ロシアはその恩恵に浴した。OPECの自主減産の発表後に、買い叩きに遭っていたロシア産原油の価格は1バレル=60ドルを超える水準に上昇した。

 ロシアは「今年2月から日量50万バレルの減産を実施した」としているが、ロシア産原油の海上輸送量は新型コロナのパンデミック前の水準に迫る勢いだ。主要7カ国(G7)などが制裁を課した2022年12月に日量450万バレルだった海上輸送量は、4月には523万バレルにまで戻っている(5月9日付日本経済新聞)。

 制裁で割安となったロシア産原油をインドと中国が積極的に購入しており、原油価格が回復したロシアは輸出拡大の努力をさらに進めることだろう。

 世界最大の産油国となった米国の生産量は日量1200万バレル強の水準で推移しているが、注目すべきは輸出量の増加だ。

 米国の昨年の原油輸出量は日量360万バレルに達し過去最高となったが、今年に入ってもその勢いが弱まることはない。3月の輸出量は日量450万バレルを記録し、4月も400万バレル台を維持している。欧州連合(EU)への原油輸出で米国は首位に浮上し、ロシア産原油の穴を埋めている。


V字回復は見込めない中国の原油需要

 供給サイドが比較的堅調なのに対し、需要サイドは波乱含みだと言わざるを得ない。

 ゼロコロナ政策を解除した中国の原油需要が大幅に拡大することが予測されていたが、雲行きが怪しくなっている。中国の4月の原油輸入量は日量1030万バレルと、今年1月以来の低水準となった。中国の4月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.2となり、好不調の境目である50を4カ月ぶりに下回った。

 中国経済の屋台骨である不動産業は相変わらず低迷しており、若年層を中心に雇用情勢も極端に悪化していることから、「中国の原油需要のV字回復は見込めない」との見方が有力になりつつある。

 世界最大の原油需要国である米国の製造業も苦境に陥っている。米サプライマネジメント協会(ISM)が5月1日に発表した4月の製造業景況感指数は47.1となり、節目の50を6カ月連続で下回った。リーマンショック後の記録に並んだが、この記録が更新されるのは確実だと言わざるを得ない。

 相次ぐ銀行破綻が引き金となって米国で信用収縮(与信環境の悪化)が起きており、製造業の資金調達環境が近年になく悪化している。

 米中両大国の製造業の不振は世界の原油需要にとって大きなマイナスだ。


米国の金融不安はこれから本格化

 OPECも世界の原油需要拡大の見通しに懐疑的になっている。4月13日に発表した月報で「米国では毎年夏のドライブシーズンに輸送用燃料の需要が増加するが、金融引き締めのせいで経済が弱含めば、季節的な力は一部相殺される恐れがある」と指摘した。最近の米国発の金融不安の影響に触れた形だが、OPECの予測は的中している。

 米国のガソリン先物価格がドライブシーズンを前に異例の低さとなっており、上昇が鮮明な例年との違いが際立っている。「景気減速でガソリン需要が鈍る」との警戒感が主な要因だ。インフレが続く中、ガソリンの消費を抑えて食料品などに生活費を充てる傾向が強まっており、足元のガソリン需要は、新型コロナ禍の2020年を除けば、10年ぶりの低水準となっている。

 だが、筆者は「米国の金融不安はこれから本格化し、悪影響はガソリン需要の低迷にとどまらない」と考えている。

 市場の警戒は金融機関の融資先にも向かっており、足元で槍玉に挙がっているのは商業用不動産市場だ。引き締めの影響に加え、コロナ禍で普及した在宅勤務が災いして空室率が急上昇したことが問題視されている。

 不良債権化しつつある商業用不動産向けローンの主な貸し手である地方銀行とノンバンクの破綻が今後相次ぐことが予想される。

 リーマンショックのような世界規模の金融危機は起きないかもしれないが、米国経済が深刻な資産デフレに陥るのではないだろうか。


市場が織り込み始めた世界経済の減速

 バブル崩壊後の日本のようにデフレは原油需要に深刻なダメージを与える。米国の原油需要が急減する可能性が高く、筆者は「原油価格は今後、急落する」とみている。

 2008年9月に起きたリーマンショックで原油市場のセンチメントが急速に悪化したのにもかかわらず、OPECは減産などの措置をタイムリーに実施できなかったため、原油価格は半年後に1バレル=30ドル台にまで急落してしまった。

 足元の原油価格が国際通貨基金(IMF)が算定したサウジアラビアの今年の財政収支が均衡する水準(1バレル=80.9ドル)を下回っており、「6月4日に開かれるOPECプラスの閣僚級会合で追加減産が決定されるのではないか」との憶測が流れ始めている。

 だが、米国をはじめ世界経済の減速を市場が織り込み始めており、「付け刃」の減産ではリーマンショック後の「二の舞」を繰り返すことになりかねない。

 2020年5月のような「身を切る」大減産を再び実施しない限り、OPECプラスは原油市場のセンチメントの急速な悪化を未然に防止することはできないのではないだろうか。

筆者:藤 和彦

JBpress

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