急ピッチで再建が進む「アゾフ連隊」、候補生の訓練キャンプを密着取材

2023年5月18日(木)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


アゾフスタリ製鉄所籠城戦で英雄になったアゾフ連隊

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]クリヴィー・リフにある訓練キャンプで、まだあどけなさが残る10代後半の若者たち十数人が迷彩服に身を包み、AK-47の訓練用模擬銃を構える。アゾフ海に面した港湾都市マリウポリのアゾフスタリ製鉄所籠城戦でその名を世界中に鳴り響かせたアゾフ連隊を志願する若き候補生たちだ。

 9週間に及ぶ激しい訓練の後、アゾフ連隊に入隊できるかどうかふるいにかけられる。15歳の救急隊員ナザールは「アゾフ連隊に入って祖国を守りたい」と決意に満ちた表情で語った。「ヤクブ」というコードネームを持つ小柄なナザールはプロの救急救命士で、すでに2回の戦闘任務を経験している。

 自治民兵だったアゾフ連隊はかつて白人至上主義者やネオナチの思想や紋章と結びついていた。ウクライナ国家親衛隊への統合後、米議会で外国テロ組織に指定することも議論された過去がある。ネオナチの過去はウラジーミル・プーチン露大統領に利用され、「ウクライナ侵攻はネオナチによる大量虐殺からロシア語話者を守る特別軍事作戦」と位置付けられた。

 昨年5月からウクライナ軍に従軍し、米陸軍仕込みの戦闘外傷救護を指導している元米陸軍兵士マーク・ロペス(ウクライナ軍少佐)と、戦前は裁判所に勤めていたとはとても思えない屈強なユーリーが教官だ。ロペスが戦場での点滴や気管切開、胸に針を刺して肺と胸壁の間に溜まった空気を抜く胸腔穿刺の説明を始めると、若者の1人が暑さで倒れ込んだ。


徴兵制が中止された翌年、ロシアの侵略は始まった

 アシスタントのサイモンが若者を寝かせ、飲料水を飲ませた。「天候が急変して気温が上昇することはよくある。着てみると分かるが、軍服は暑い。暑いと感じたら軍服の前を開けたり、腕をまくったりしろ。日差しで耳も焼けるからキャップ(野球帽)より円形のつばが付いたハットの方がいい。白人の肌は強い日差しに弱いから気をつけろ」とロペスは注意した。

「攻撃で建物が壊れて兵士が下敷きになった。呼吸をしているかどうか確かめるため、一昔前まで胸の音を聴いた。今はスマートフォンを鼻の下に持っていって曇れば、息をしている証拠だ。顔が潰れて呼吸困難になっていたら、ノドの柔らかいところの少し上をナイフで十字に切開して気管挿管だ。肺が押しつぶされていたら第2〜3肋間鎖骨中線の肋骨上縁に穿刺しろ」

 イラクやアフガニスタンに従軍し、その後も民間警備会社経営者としてアフガンに関わったロペスはウクライナ軍の兵士だけでなく、ミサイルやロケット弾によるロシア軍の無差別攻撃に備えて高校生や市民、人道支援組織の活動家、警察官に戦闘外傷救護を教えている。ロペスの米陸軍仕込みの戦闘外傷救護はウクライナ軍やクリヴィー・リフに広がっている。

 アゾフ連隊を目指す若者たちは草むらを利用した訓練キャンプに塹壕を彫りながら、ロペスとユーリーの到着を待っていた。「若さを持て余している不良少年も少なくない。身命をなげうって前線で祖国を守る兵士と、そんなことを気にもせず平和な街でデートを楽しむアベックもいる現実に矛盾を覚える若者もいる」とユーリーは打ち明ける。


「カミカゼ特攻隊員の気持ちがよく分かる」

 旧ソ連時代、軍隊は市民弾圧の暴力装置として使われた。独立後、軍隊は不人気でユーリーも軍隊を嫌っていた。

 徴兵制が中止された翌年の2014年、ウクライナの兵員は13万人に落ち込んだ。油断をついてロシアはクリミアを侵略、東部ドンバス紛争に火を放つ。徴兵制は復活し現在、兵員70万人に国家親衛隊、国境警備隊、警察を加えると約100万人を数える。

「日本のカミカゼ特攻隊なんて全く関係ないと思っていたが、今はその気持ちが痛いほど分かる。太平洋戦争の終結から29年を経てフィリピン・ルバング島から日本へ帰還した小野田寛郎のことも知っているよ」

 ユーリーは昨年、クリヴィー・リフでロシア軍を撃退した。「一度、実戦を経験すると、若者はもう僕たちの言うことに耳を傾けなくなる」と語る。

 この日の訓練は、草むらに展開した班の兵士が敵の銃弾を受け負傷、残りの班員が救護のため安全な塹壕まで運ぶという想定だ。ロペスは、負傷兵を1人で担ぎ上げたり、2人で組んだ腕の上に乗せたりする徒手搬送法や、簡易担架の使い方、負傷兵が安静を保てるようにするための回復体位のつくり方を説明した。

 回復体位は、意識障害のある負傷兵に対して最初に取らさなければならない姿勢で、気道を確保し、吐物などの誤嚥を防ぐための横向き寝の体位のことだ。戦闘外傷救護では負傷部位によって右向きか、左向きかを判断する。

 ロペスが基本を教える。するとウクライナ戦争の実戦経験者のユーリーが「敵との戦闘が続いている場合、負傷兵の足の下につま先を押し込んで持ち上げろ。90度回転させて回復体位をつくるんだ」と戦場での“裏技”を伝授する。

 ナザールは「国によって異なるテクニックのすべてを身に着けたい。それには、とにかく訓練を重ねることだ」と口元を引き締めた。


『鋼鉄の心臓』を持つアゾフ連隊

 アシスタントのサイモンは戦前、ウクライナのテニスチャンピオンだった。「随分、テニスラケットは握っていない。今はウクライナからロシア軍を追い出すことが最優先だ」と言う。西部テルノピリ市の病院で取材した負傷兵たちも戦前は学生や農業従事者だったり、炭鉱会社に勤めていたりした一般市民だった。

 アゾフ連隊を巡ってかつてネオナチ批判があったのは確かだが、今は祖国防衛の象徴になった。ロシア軍の侵攻で安全でなくなったウクライナに代わって英リバプールで開かれた音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト2023」決勝の5月13日夜、ウクライナ代表の男性デュオ「トヴォルチ」は『Heart of Steel(鋼鉄の心臓)』を歌い上げた。

 アゾフ連隊が最後まで戦ったアゾフスタリ製鉄所がモチーフだ。訓練に参加した無職ダニエル(17)は「この国を、仲間を、ウクライナの人々を助けたい。訓練で教わったことは必ず役に立つ」と言う。

 訓練が終わったあと、何人かの若者に記念撮影を求められた。アゾフ連隊を志願する動機には愛国心だけでなく、この世代の若者特有の冒険心もあるだろう。

 ロペスは「アゾフ連隊の入隊基準は厳しいので合格するのは一握り。しかし連隊には戦闘任務の他にもいろいろな任務がある。同じ世代の若者が遊んでいるのに、アゾフ連隊を志願する若者が少なくないのは母親や父親、恋人を守りたい一心からだ。他の若者が遊んでいられるのも前線から遠く離れた都市や街がロシア軍の攻撃から守られている証だ」と語る。


「新兵は超国家主義ではなく戦闘技術に惹かれている」

 米紙ワシントン・ポストによると、アゾフ連隊は「春の反攻」で領土奪還の重要な役割を担うため、戦闘による大きな損失からの再建に取り組んでいる。捕虜になっている1000人以上の交換をロシア軍に求める一方で、6500人の新兵を採用することを計画している。アゾフ連隊はロシア軍の占領地域を奪還する先頭に立つ6つの「攻撃旅団」の1つに指定された。

「新兵はアゾフ連隊の起源である超国家主義的なイデオロギーではなく、証明された戦闘技術に惹かれている」とアゾフ連隊幹部はワシントン・ポスト紙に話している。アゾフ連隊の兵士は昨年2月のロシア軍の侵攻後、同年5月に降伏するまでアゾフスタリ製鉄所の地下で民間人とともに持ちこたえた。ウクライナ軍やアゾフ連隊の兵士計2439人が投降した。

 ロシアの大規模な爆撃の中、十分な食料も医薬品もないのに耐え続けたアゾフ連隊をはじめアゾフスタリ製鉄所の守護者たちはウクライナ軍司令部から「現代の英雄」と呼ばれた。捕虜としてロシアに収容されている約6000人のうち1000人以上がアゾフ連隊だという。昨年、ロシア最高裁判所はアゾフ連隊をテロリスト集団に正式に指定している。

 テロリスト集団のメンバーは最高10年、リーダーや組織した者は最高20年の刑を科せられる恐れがある。それでも10代後半の若者たちはアゾフ連隊に入隊することを望んでいる。この中から何人がアゾフ連隊に合格するのかは分からない。しかし、おそらく全員があどけなさを残したまま前線に向かうことになる。そう思うと胸が押しつぶされそうになった。

 翌日、訓練キャンプの場所を調べようとグーグルマップのタイムラインを確認しても位置情報は何一つ残されていなかった。

筆者:木村 正人

JBpress

「訓練」をもっと詳しく

「訓練」のニュース

「訓練」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ