ロシアの反政府部隊がロシア領内に侵攻、ウクライナ「春の反攻」の前兆か

2023年5月24日(水)6時15分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


自由ロシア軍団とロシア義勇軍団が露に侵攻

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]米シンクタンク「戦争研究所(ISW)」によると、ロシア人からなる「自由ロシア軍団」と「ロシア義勇軍団」が22日、ウクライナから国境を越え、露西部ベルゴロド州に侵攻した。両軍団とも「反プーチン」を掲げる、ロシアの反政府組織だ。

 両軍団の侵攻に関してウクライナのミハイル・ポドリャク大統領府長官顧問はツイッターで「地下のパルチザン集団はロシア国民で構成されている」と、ウクライナによる直接の関与を否定した。

 ロシアはこの自国民による“破壊工作”に衝撃を受けているようだ。

 侵攻されたベルゴロド州のヴャチェスラフ・グラトコフ知事は22日、自らのメッセンジャーアプリ「テレグラム」チャンネルで、集落や町が砲撃や無人航空機(ドローン)攻撃を受けたとして「住民の安全を確保する」ため対テロ作戦を開始すると発表した。8人が負傷したものの、民間人に死者は出ていないという。同知事は避難した住民にはまだ自宅に戻らないよう呼び掛けた。

 自由ロシア軍団は、2つの軍団は国境を越えコジンカの集落を制圧、グレイヴォロンの町にも部隊を送っていると主張している。

 ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領府報道官は「国防省、連邦保安庁(FSB)、国境警備隊がウラジーミル・プーチン大統領にベルゴロド州に侵入しようとするウクライナの破壊工作員による試みについて報告した」と述べた。

 ロシア側は、この侵攻を、「ロシア人によるパルチザン」ではなく、ウクライナ軍が裏で糸を引く対ロシア攻撃だと認識しているようだ。

 実際、ペスコフ報道官は「ウクライナが東部ドネツク州の要衝バフムートでの状況(ロシア軍が完全掌握)から目を逸らすために事件を演出した」と非難した。

 一方、ISWは「ロシアの情報空間は重大な情報的衝撃を受けた時にパニック、仲間割れ、無秩序に陥るが、それと同じ度合いの反応を見せている」とロシアに与えた衝撃の大きさを指摘している。


米機密文書に記されたゼレンスキー氏の「ロシア国境の都市を占領する」発言

 ウクライナ軍関係者は筆者にこう語る。

「2つの軍団によるベルゴロド州侵攻は装甲車とヘリに支援されている。ロシアがベルゴロド州と国境を守るためにどのような部隊を動かすのかを確認してから、次のステップに進むだろう」

 バフムート、ベルゴロド州と動きが活発になってきたことは「春の反攻」が間近に迫っていることを物語っていると言ってよい。

 米紙ワシントン・ポストは漏洩した米機密文書をもとに、「西側から供与された武器は露国内での攻撃には使わない」と約束していたはずのウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が密室の会議で、クレムリンとの交渉を有利に進めるためロシアを攻撃し、地上部隊をロシア領内に侵攻させて「不特定のロシア国境の都市を占領する」考えを表明していた、と報じた。

 さらに同紙によれば、ゼレンスキー氏は長距離ミサイルを持っていないことへの懸念を表明し、代わりにドローンを使ってロシア西部ロストフに展開するロシア軍部隊を攻撃するようにも求めたという。

 当のゼレンスキー氏は同紙に「機密文書の内容は米情報機関の“空想”だが、これだけ多くの人が死に、国民が拷問されている以上、どんな手でも使わなければならないのは明らかだ」と語っている。

 米公共放送PBSは、ロシアの国防問題に詳しい米シンクタンク「ランド研究所」のダラ・マシコット上級政策リサーチャーにインタビューしている。マシコット氏はバフムートの状況について「ロシア軍は勝利を主張している。彼らは街の大部分を支配している。バフムートの大部分は破壊されている」と解説する。


「ロシア軍は疲弊し、前進できない」

 ウクライナ軍はバフムートの市街地からそれほど遠くない高台をまだ支配し、ロシア軍の側面に圧力をかけていると主張している。

「現時点でロシア軍は街の大部分を押さえている。ウクライナ軍はまだ外に通じる道を1つか2つ維持しているのかもしれない。ロシアは勝利のため必死だ。これが攻勢に失敗した彼らが思いつくごまかしの、唯一の勝利なのだ」(マシコット氏)

 ウクライナ軍にはバフムートを維持したいという意志が非常に強かった。ロシアも徴兵や民間軍事会社ワグネルグループの部隊を使って激しく戦い、多くの犠牲者を出してきた。そして完全に瓦礫と化した街を手に入れた。ロシア軍がバフムートを奪って前進すれば重要な道路網を確保できるが、マシコット氏は「私が目にしているのは前進できない疲弊しきったロシア軍だ」という。

 ロシア軍は小さな戦果すら上げられないのに大きな代償を払ってきた。

 マシコット氏は次のように分析する。

「ロシア軍のこの戦争の戦い方に起因している。ウクライナ軍の陣地に人の波のような攻撃を仕掛けては膨大な犠牲を出してきた。それを補うためロシアが年内にもう一度動員をかける事態は、おそらく避けられまい」

 同氏は、ベルゴロド州に侵攻した軍団については「ウクライナ軍と緩やかに連携しているが、ウクライナ軍部隊と連携しているわけではない。ツイッターやテレグラムを見ると、彼らはロシア国境警備隊から車両を盗めたようだ。顔面パンチを食らわされたロシアにとって非常に恥ずべき事態だ。ロシア軍に今年、大規模な攻勢をかける余力はもう残っていない」と語る。


戦争がいつ終わるかを決めるのは敗者だ

『プーチンの戦争:チェチェンからウクライナまで』の著書があるシンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)」のマーク・ガレオッティ上級アソシエイト研究員は、米議会の出資で運営されるラジオ・フリー・ヨーロッパで次のような見方を示している。

「戦争がいつ終わるかを決めるのは最終的には敗者であるという倒錯した事実がある」

「ウクライナ軍の戦車がモスクワに侵攻することはないだろう。ロシアが後手に回ったとしても、いつまで戦うか、いつまでコストをかけるかという主導権はロシアが握っている。戦争に勝つには相手の戦力をもはや戦えないほど低下させ、敵の政治的指導者が戦争努力を維持できないか、維持する気を失うところまで追い込むことが必要だ」

「戦争は究極的には政治的行為であり、その文脈では軍事的な奪還はあまり重要ではない。ロシア軍には少なくとも今のところ、バフムートを越えて進む能力がないことは明らかだ。自由ロシア軍団とロシア義勇軍団がベルゴロド州に越境侵攻したという報道があるが、これが大規模で持続的な侵攻になる可能性は極めて低い」

 ガレオッティ氏は「これは領土の問題ではなく、ウクライナの支援を受けた反クレムリン勢力が国境を越えたという事実を巡って、政治的な物語を作り上げられるかが問題なのだ。これは反攻が近いことを示唆している。これらの勢力はウクライナ軍に組み込まれている。ウクライナ政府と指揮系統の承認がなければ攻撃は開始できなかった」と断言する。


「戦争は終結するどころか、凍結される道筋も見えない」

 ガレオッティ氏はマシコット氏と違って「彼らは少なくとも、ウクライナ軍から火力支援を受けたと思われる」とみる。「にもかかわらずキーウは、邪悪で抑圧的なプーチン政権に反撃しようとするロシアの愛国者だと主張している。一方で西側諸国の多くの政府は心の中でウクライナのロシア国内での作戦がエスカレートし続けることを懸念している」と語る。

 このため西側諸国は、これをウクライナの越境攻撃とみなさず、ロシアの愛国者の攻撃だというキーウの主張に追従している。「ウクライナ軍が国境を越えたという証拠が増えれば政治的に何が起こるかは誰にも分からない。将来的に西側諸国にとって特別な懸念になり得るが、現時点では見て見ぬふりをするだろう」と解説する。

 この戦争は今年中に終わることなく、何年も続く恐れがある。ウクライナを支援する西側の結束が崩れるまで、この戦争は必要なだけ延長できると信じているような兆候をプーチンはすでに見せている。この先、プーチンは紛争を凍結させることが自分の利益に最も適していると考えるようになるかもしれない。

 ロシアに揺さぶられるモルドバでは1990年、ロシア系住民が「ドニエストル共和国」の分離独立を宣言。政府軍とロシア・ドニエストル軍の紛争が起き、停戦後、ドニエストル側はロシアに支配されている。紛争が凍結された形でロシアの管理が行われているため、「凍結された紛争」と呼ばれる。2008年のジョージア(旧グルジア)紛争でもアブハジア自治共和国や南オセチアで同じ管理が行われている。

 一方、ウクライナも反攻に大きな期待を寄せる。しかし、たとえロシア軍が占領地から押し出されたとしても、それで戦争が終わるわけではない。ロシアはウクライナの都市への攻撃を続け、秘密工作や破壊工作を行える。

「戦争は終結するどころか、凍結される道筋も今のところ見えないことを認識する必要がある」

 ガレオッティ氏はそう指摘する。

筆者:木村 正人

JBpress

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