「木造船脱北」成功を北朝鮮国民が祝福…「自分のことのように嬉しい」
2023年5月25日(木)6時1分 デイリーNKジャパン
北朝鮮・黄海南道(ファンヘナムド)の康翎(カンリョン)から2家族9人が木造船に乗って、韓国領海に入り、亡命した事件が起きてから2週間。
初めて報じられたのは19日のことだが、それからわずか4日で、直線距離でも600キロも離れた、中国との国境に接する北朝鮮・咸鏡北道(ハムギョンブクト)の会寧(フェリョン)にまでこのニュースが伝わった。中国メディアのニュース報道を見た人や、中国や韓国と携帯電話で連絡を取っている人を通じて広がったようだ。
現地のデイリーNK内部情報筋は、今回の木造船脱北についての会寧市民の反応を探った。
会寧市民の間で広まっている話は、概ね次のようなものだ。
「黄海南道の康翎から2家族が船に乗って南朝鮮(韓国)に行った。若い夫婦とその親戚らしい。あそこ(黄海南道)を去る準備には半年以上かけて、船も自分たちで作って、無事到着したらしい」
ほぼ正確な情報が伝わっているようだが、その話を聞いた市民からは驚愕の声が上がっている。かつて脱北と言えば、会寧を含めた中国国境沿いの地域で行われるものだったが、コロナ以降の国境警備の強化で困難になっている。
脱北はもちろん、市民の多くが収入源としていた密輸も困難となり、情報筋は会寧の現状を「(1990年代後半の大飢饉の)苦難の行軍と同じレベルの生活苦」だと表現した。かつてなら、出稼ぎしてカネを稼いで北朝鮮に戻る短期間の脱北が可能だったが、今では国境に近寄るだけでも射殺されるかもしれず、運良く生き残っても管理所(政治犯管理所)送りになった、などという話を何度も聞いているため、とても実行できない。
だからこそ、今回の脱北成功に、市民の多くが胸をなでおろしているという。
「無事に到着して本当によかった」
「他人事とは思えない、自分のことのようで嬉しい」
一方で、脱北成功をうらやむ声も聞こえたという。
「海のそばに住んでいる人は、船に乗って南朝鮮に行く機会があってうらやましい」
「自分たちにもそんなチャンスがあれば」
北朝鮮の東海岸沖には、北から南へ流れるリマン海流が流れているため、うまく海流に乗れば南下することができる。しかし、会寧は海から直線距離でも50キロ以上離れていて、脱北準備のために頻繁に通うのは非常に困難だ。
このように市民の反応は、喜びや羨望など肯定的なもの一色だ。
「子どもまで船に乗せるには、様々な人の目を避けなければならないのに、どれほど肝を冷やしたかと考えるとゾッとする」
「一瞬の判断が生死を左右する冒険だったはずだが、天が助けてくださったのだろう」
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋も、現地の反応を伝えたが、会寧と似通った反応ながらも、うらやみの方が若干強いようだ。
というのも、海に比較的近く、交通も便利な会寧とは異なり、両江道の恵山(ヘサン)は三方を山に囲まれている。海まで非常に遠く、脱北するなら国境の川の対岸の中国に行くしかないからだ。
「うちの子供だけでもなんとか(韓国に)行かせてやりたい」(恵山市民の反応)
脱北の成功を喜ぶ声、うらやむ声一色なのは、北朝鮮の現状があまりにも深刻だからに他ならない。
「生活を成り立たせようといくら努力しても、暮らしは苦しくなるばかり。だから皆が脱北したがる。食糧問題を解決できない国が、いくら取り締まりを強化しても、ここ(北朝鮮)から逃げようとする人はいなくならない」(情報筋)
幅わずか10数メートルの川の向こうの中国には、食べ物があふれている。一方の北朝鮮では、餓死に追い込まれる人も多数出ている。コロナ前までの「地場産業」だった密輸や正規の輸出入も未だに再開できず、地域は飢えに苦しんでいる。国は貿易や穀物供給など、経済の主導権を民間から取り戻そうと必死だが、その狭間で多くの人が脱北を夢見つつ、息絶えているのだ。