バフムートのゼロポジションで展開、露軍の肉弾攻撃「ゾンビラッシュ」の異様

2023年6月1日(木)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


過熱するドローン攻撃

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]ロシア軍は5月29日午後11時半から30日午前4時半にかけ、キーウに改めてイラン製カミカゼ・ドローン(無人航空機)シャヘド131と136による集中攻撃を仕掛けた。ウクライナ軍参謀本部は31機のうち29機を撃墜したと発表した。反プーチン武装勢力による露ベルゴロド州侵攻に対する報復とみられる。

 これとは別に、ロシア国防省は、ウクライナ軍が30日朝に8機のドローンでモスクワを攻撃、うち5機は撃墜され、残り3機も電子戦システムで抑止されたと発表した。ウクライナのロシア軍占領地域の兵站への攻撃などウクライナ軍による「春の反攻」の地ならしが着実に進む中、双方の首都へのドローン攻撃の激しいつばぜり合いが始まった格好だ。

 ロシアの政治的宣伝者は、ウクライナ軍が32機のドローンを発射し、19機は撃墜され、10機は木に引っ掛かって落下、3機は住宅を直撃したと主張している。このうちいくつかはウラジーミル・プーチン大統領をはじめとするロシアの政財界エリートたちが別荘を構えるモスクワ近郊のルブリョフカを狙ったという。

 ロイター通信によると、ウクライナ大統領府顧問ミハイロ・ポドリアック氏はウクライナがモスクワへのドローン攻撃に直接関与していることを否定した。その一方で「こうした攻撃の数が増えていることは喜ばしいことであり、予測もしている」と今後、モスクワへのドローン攻撃が増加する可能性に言及した。


ウクライナ軍は電撃作戦を実行できる精鋭部隊を温存

「春の反攻」でウクライナに失敗は許されない。ウクライナ国立科学センター国際部長のオレクサンドル・モスカレンコ氏は「欧米から供与された戦車や歩兵戦闘車が、まるでバターを切るようにロシアの戦線を切り裂くという魅力的なアイデアは期待が大きすぎる」と警鐘を鳴らしている。

 ウクライナ軍は「春の反攻」に備えて北大西洋条約機構(NATO)の訓練を受けた9個以上の新しい装甲旅団(1旅団4000人)など電撃作戦を実行できる精鋭部隊を温存してきた。そのため東部ドネツク州の激戦地バフムートなどには比較的経験の浅い徴集兵や志願兵を配置してロシア軍を釘付けにして、消耗させる作戦をとってきた。

 ロシア軍兵士と直接交戦する最前線のウクライナ軍は決して十分とは言えない装備や食料で戦っている。そのため民間ボランティア団体の有志たちが命の危険を顧みず、最前線のわずか2キロメートル後方までバンを走らせ、食料や飲料水、医薬品を届けている。最前線でも最もロシア軍兵士に近い戦闘位置を「ゼロポジション」と呼ぶ。

 南部ヘルソンやバフムートとドネツク州のほかのゼロポジションで戦ってきた志願兵ピーターにインタビューした。

 土木技師だったピーター(32)はロシア軍が侵攻してきた昨年2月24日、志願して銃を取った。脳震盪のため戦線を離れ、2カ月前からロシア軍が残していった戦車などを修理して前線のウクライナ軍に供給している。

*****

——ゼロポジションとはどんなところですか。

ピーター ゼロポジションとは何かだって? あなたがロシア兵の前に立ち、彼らがあなたを殺そうとしているところです。彼らはあなたを撃とうとしていて、あなたも同じことをしなければ殺されます。ゼロポジションとはそういうところです。


ロシア兵の話し声が聞こえるところまで距離を詰めたことも

——ロシア軍と何メートルぐらい離れているのですか。

ピーター 通常は500メートルか600メートルの距離です。工兵グループにいた時は、もっと近づいたことがあります。ロシア兵が話しているのが聞こえてくることもありました。ある日、私たちは主要な道路から地雷を除去して安全にする必要がありました。道路には地雷が設置されており、私たちの任務はその地雷を除去することだったのです。

 任務を遂行するため必要な場所に進むと、ロシア兵の声が聞こえてきました。私たち5人は道路近くの林の中にいました。ロシア兵が発砲し、みんな地面に伏せるとロシア兵の話し声が聞こえてきました。1時間ぐらい待っていると、ロシア兵は立ち去り、私たちは任務を遂行しました。

 ゼロポジションの状況はいつも同じではありません。それぞれゼロポジションとはこんな状況だよと話すことはできても、その時々によって任務は異なるのです。任務を遂行するためにはさまざまな方法で行う必要があるのです。

——ゼロポジションでは第一次世界大戦の映画に出てくるような塹壕と鉄条網の戦いはありますか。

ピーター クリヴィー・リフから近いヘルソンの最前線では塹壕はそれほど多くはありません。戦場は野原や木々です。作戦の大半は前進と敵との集中的な交戦です。バフムートをはじめとするドネツクの最前線は第一次世界大戦の塹壕戦に似ています。ロシア兵の顔を間近で見ることができます。非常に近い距離です。

 ドネツクは瓦礫や石だらけです。地面はとても硬いです。夥しい血が流されました。非常に近い距離で銃火が交わされています。大砲による砲撃、航空機による爆撃に加え、地雷がどこにあるか分かりません。大変な任務です。バフムートでの1日はヘルソンでの1週間分に相当するでしょう。ヘルソンはドネツクに比べればまだ楽です。


2〜3時間おきに繰り返されるゾンビラッシュ

——米当局者が米FOXニュースにロシア軍の死者は5万人、負傷者18万人、ウクライナ軍の死者は2万人、負傷者13万人と話しています。ゼロポジションでの状況はどうなのでしょう。

ピーター 私はウクライナ軍の参謀本部にいたわけではないので、数字について語ることはできません。しかしバフムートのゼロポジションを体験しました。昨年12月26日のことです。私たち22人の分隊はバフムートのゼロポジションにいました。私たちは2日間そこに留まりました。

 たくさんのロシア軍歩兵による攻撃を受けました。ロシア軍は戦車もなく、自動小銃AK-47と手榴弾を持った歩兵だけで攻めてきました。彼らは仰向けになって50〜70メートルの距離まで近づくと、立ち上がって私たちの陣地に突撃してきます。まるでゾンビが押し寄せてくるような感じでした。2、3時間おきにゾンビラッシュが波のように押し寄せてくるのです。

 10〜15人が1つの波として突撃してきます。ゾンビラッシュの波が押し寄せてきた時、私たちは自動小銃をトゥトゥトゥトゥトゥと撃って戦わなければならないのです。そんなに時間の猶予はありません。なぜなら彼らが近づいてくると私たちの陣地に手榴弾を投げ込んでくるからです。

 私たちの分隊は1人が死亡し、2人が負傷し、19人が無傷でした。一方、2日間の戦闘の果てに、数えたわけではありませんが、眼の前には100人以上ものロシア兵の死体が横たわっていました。犠牲の比率はウクライナ軍3人に対してロシア軍100人以上ということになります。これはあるゼロポジションでの私が実際に経験した一つのエピソードです。

(筆者注:バフムート南西の激戦地アブディフカで戦うトマショフ(27)も「砲撃はバフムートほどではないにせよ、“肉挽き機”と表現するのが相応しい戦い。ロシア軍に戦術はなかった。ボディアーマーもつけず、手榴弾を持って突撃してくる兵士もいる。兵士の消耗率はウクライナ兵1人に対してロシア兵30人という感じだった」と筆者に証言した)


洗脳されているという言葉がぴったり

——なぜロシア軍はゾンビラッシュのような戦い方をするのでしょうか。

ピーター 分かりません。私たちはゾンビラッシュをかけてきたロシア兵の1人を捕虜にしました。ロシアの民間軍事会社ワグネルグループの兵士でした。彼は正気を失った人のようでした。私たちは彼と話そうとしたのですが、彼はレーニンやスターリン、ロシア帝国について語り、話になりませんでした。まるで狂っているようでした。

——洗脳されているのでしょうか。

ピーター そうですね、洗脳されているという言葉がぴったり来ます。私たちは彼を情報機関に引き渡しました。情報機関の取引に応じた彼が今どこにいるのかは知りません。人がどうしてこんなことができるのだろうと思いました。突撃する時、彼らはたくさんの人が死んで倒れている現場を見たはずです。それでも全く臆することなく突撃してくるのです。

 想像できますか。もし私たちが同じように仲間が大量に死んでいくのを見たら、ロシア兵と同じようには突撃できません。「オーケー、ノープロブレム、突撃だ」とはいかないでしょう。その代わり、無線でもっと戦車や大砲が必要だと言うはずです。ここに来たら死ぬからダメだと止めるでしょう。彼らはここに来て、いったい何のために死ぬのでしょう。

 私たちなら、こっちから行こう、多分こっちだ、何か必要かもしれないと考えるでしょう。しかしロシア兵はそうしない。ただ突撃、突撃、突撃あるのみで、ゾンビのように突撃を繰り返してくるのです。たぶんロシアは私たちより人口が多いので、兵士が死んでも全く気にならないのでしょう。


「彼らは人の命に関心がない、われわれは命を大切にしている」

——ロシア兵は何か薬物を投与されていると思いますか。

ピーター もしかしたら、そうかもしれませんが、洗脳されているんだと思います。戦場で多くのロシア兵を見た時、これは薬物の作用ではない、心の中にあるもの、オレもここに行こうと決めた時に心の中にあるものだと確信しました。これを見た時、薬物じゃない、それ以上の何かがあるんだと思いました。

 彼らは人の命に関心がないのです。これは彼らが戦うべき問題なのです。私たちには別の問題があります。私たちは命を大切にします。私たちにはたくさんの兵士がいるわけではありません。ロシアのように何かのために死ぬことができる何百万人もの人々がいるわけではありません。私たちにはそのような人たちはいないのです。

——ロシアが持っている兵器は。

ピーター ロシア軍はAK-47のほか汎用機関銃PKMや歩兵戦闘車BMP-3もたくさん持っています。戦車も航空機もたくさんあります。ヘリも多いです。私たちも何度もヘリの攻撃を受けました。戦争が1年以上続いているのに、彼らはまだたくさんのヘリを保有しているのです。これは私たちにとって非常に大きな問題です。

 だから対空ロケット弾がもっと必要なんです。ロシア軍はどんどん攻めてくるので、対空ロケット弾がもっと必要です。たくさんの携帯式防空ミサイルシステム、FIM-92スティンガーやポーランド製のピオルンがあり、歩兵携行式多目的ミサイル、FGM-148ジャベリンや、携行式対戦車ミサイル、NLAWもありました。しかし、それでも十分ではありません。

 ロシア軍はまだ戦い続けており、彼らにはまだ多くの兵士がいます。ウクライナ軍にはもっと重火器が必要です。ロケット弾や長距離ミサイル、戦車がもっと必要です。小火器を撃ち合っただけでは多くのことはできません。ロシア軍を国境の外に押し出すためにはもっと重車両、戦車、航空機が必要なのです。


1年前の戦法は通じなくなった

——「春の反攻」の見通しはどうでしょうか。

ピーター ロシア軍は非常に速く学習しているので、簡単ではありません。彼らは昨年2月の時点とは同じではありません。経験を積み、私たちの戦い方を熟知しています。あまり速くはないけれど戦術を変え、良い防御をしています。もう1年前の戦法はロシア軍には通じなくなりました。

 すべての領土を取り戻すのは簡単ではありません。大変な作業となるでしょう。でも、私たちにはできると信じています。

 私たちの中には心の力があります。私たちには心があるから、成し遂げることができるのです。でも戦車や重火器、航空機がたくさん必要です。戦車と航空機があれば領土奪還がより簡単になります。たとえ米欧諸国から提供されなくても、私たちは実行するつもりです。しかし戦車や航空機があれば、もっと簡単になります。より簡単に。

 私たちは実行するつもりです。私たちの国土だからです。私たちは戦わなければなりません。私たちの国土を取り戻さなければならないのです。

筆者:木村 正人

JBpress

「攻撃」をもっと詳しく

「攻撃」のニュース

「攻撃」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ