自動車産業の聖地、デトロイトがITとEVで大変身
2023年6月9日(金)6時0分 JBpress
「デトロイト」という都市名を聞いて、何を思われるだろうか。
米中西部ミシガン州最大の都市で、メジャーリーグ、デトロイト・タイガースの本拠地であり、「モーターシティ」と呼ばれる自動車産業のメッカでもある。
米自動車メーカーが同地で興隆を極めたのは数十年も前のことで、実は人口が185万のピークに達したのは1950年代であり、2020年には64万にまで減少している。
日本車に押されて自動車産業の雇用が奪われ、「デトロイトは不可逆的な都市崩壊の状態にある」という形容さえ使われるようになった。
さらに犯罪率も高く、2022年の「世界人口調査(ワールド・ポピュレーション・レビュー)」によると、デトロイトは全米で2番目に危険な都市にランクされている。
何しろ中・大都市で唯一、人口10万人あたりの暴行罪の発生件数が2000件を超えているのだ。
筆者は何度もデトロイトを訪れたことがあるが、市内の一部は荒廃したビルや民家が連なり、見るも無残な風景が広がっている。
2013年7月には連邦破産法9条を申請し、財政破綻してさえいる。
すでに見放された都市というイメージがあり、救済できないのではないかと思えるほどだ。
しかし、この都市を何とかしなくてはと立ち上がった人物がいる。ジョー・バイデン大統領である。
もし衰退した都市経済を活性化させ、市内の外観を再生することができたとしたら、都市再建のモデルケースになるかもしれない。
それでは、バイデン氏はいったいどういうアプローチを使うつもりなのか。
当初、大統領は自由貿易協定を生かして、地域経済の活性化を目指すかに思われたが、国内製造業を復興させることに力を注ぐという。
サプライチェーンを再構築し、地元に雇用を創出し、気候変動対策に積極的な役割を果たしていくつもりだという。
その意向を汲むように、先陣を切ったのが自動車メーカーのフォード・モーターだった。
奇しくも、1800年代後半、フォードの創業者ヘンリー・フォードが初めて車を走らせたのがデトロイトの町である。
以後、ゼネラル・モーターズ(GM)やクライスラーをはじめ、大小合わせて100社以上の自動車メーカーや関連企業が同地に集結した。
そしていま、端的な例として、フォードは使われなくなったミシガン・セントラル駅を買収し、駅周辺を整備し、同地で自立走行車や電気自動車の開発に力を注ぐという。
そのプロジェクトにいま、世界最大の検索エンジンを誇るグーグルが参加し、「フォード・グーグル」の合同によるイノベーション・ハブが形成されている。
グーグルはミシガン州に600人以上の従業員を抱えており、30エーカー(東京ドーム約2個分)の敷地に研究所を開設する予定だ。
高校生にコンピューター・サイエンスの授業も提供する。
イノベーション・ハブのプロジェクトには約7億ドル(約980億円)の予算を割き、約2500人の雇用を創出する予定である。
デトロイトのマイク・ドゥーガン市長も同プロジェクトには期待しており、米メディアにこう話している。
「数年前まで、この駅はデトロイト市の廃墟のシンボルでした。それがいまでは町の復活のシンボルに変わったのです」
このイノベーション・ハブの誕生によって、米自動車業界に新たな息吹がもたらされることは間違いない。
というのも、バイデン大統領は2030年までに、米国で生産される新車の50%を電気自動車にするとの目標をもつからだ。
自身の経済ミッションを実現させるためにも、同プロジェクトを後押しする。
デトロイトは米国の製造業の復活を象徴するかのように、バイデン政権は電気自動車や半導体などの新興技術に連邦予算を集中的に投資することで、着々と目標に向けて歩みを進めている。
2023年5月25、26両日、デトロイトで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、今回の会合が2011年に米国で開催された前回のAPECとは対照的だったと述べた。
12年前、オバマ政権は自由貿易を積極的に推進していた。タイ代表は言う。
「デトロイトは当時、積極的に貿易の自由化を推進していました」
「それによって、米国は非工業化がもたらす否定的な影響を体験することになったのです」
そしてその反省を踏まえて、こうも発言した。
「バイデン大統領と私はいま、労働者を貿易政策の中心に据えるべきであると話し合っています。その中心都市が実はデトロイトであるといっても過言ではないのです」
デトロイトは2013年の破産から着実に立ち直り、かつて荒廃していた街の大部分は、再生されつつある。
フォードとグーグルのイノベーション・ハブだけでなく、他の自動車メーカーも電気自動車工場を開設、または拡張しており、デトロイト復活への希望が膨らむ。
GMは電気自動車の生産能力を拡大するため、デトロイトに電気自動車専用工場「ファクトリーゼロ」を稼働させている。
首都ワシントンに本部を置くシンクタンクで、消費者擁護を行っている「パブリック・シチズン」のメリンダ・セントルイス部長はこう話す。
「デトロイトは、労働者の利益よりも企業の利益を優先する貿易のあり方が、いかに製造業の空洞化を招くかを理解したのです」
「ホワイトハウスは、企業が中心に据えられた自由貿易推進という政策ではなく、労働者の声を国際商取引に反映させる『労働者中心の貿易政策』という新しいモデルを提唱しています」
バイデン政権は、より多くの米国人に電気自動車を普及させるため、自動車産業を変革する可能性のある、より細かい汚染規制を導入することを決定した。
そして環境保護庁(EPA)は自動車メーカーの「革新と創造性」を刺激するために1475ページに及ぶ規則案を発表している。
バイデン氏の構想通りに自動車業界が動けば、2032年には米国で販売される新車と小型トラックの3台に2台が電気自動車になり、全米販売台数はいまの10倍以上となると見込まれている。
タイ代表は述べる。
「私たちは単に効率と自由化を最大化しようとしているのではありません。最終的に求めているのは持続可能な力、回復力、包括力なのです」
どこまで達成できるのか、お手並み拝見である。
筆者:堀田 佳男