米英首脳会談で突如「日本のウクライナ支援」を称賛したバイデン大統領の真意

2023年6月10日(土)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


「ウクライナ支援で欧州だけでなく日本人も立ち上がった」

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]「欧州が対応しているだけでなく、日本人も立ち上がったことを指摘したい。日本人は予算面でも積極的だ。関与の面でも力を発揮してくれた。日本はウクライナ支援を強化した。そして21世紀において土地の征服以外に何の口実もない明白な侵略が起こることは欧州だけでなく世界のあらゆる場所で危険であることを認識している」

 ジョー・バイデン米大統領は8日、第二次大戦以来「特別な関係」を維持する英国のリシ・スナク首相と新たな経済パートナーシップ「大西洋宣言」を発表したホワイトハウスでの共同記者会見で唐突に、ウクライナへの日本の貢献について言及した。

 米国が敢えて日本に言及したのはウクライナ支援への感謝というより台湾有事を念頭に置いているのは明らかだ。

 1991年、湾岸戦争でクウェートが解放された後、同国政府が米紙ワシントン・ポストなどに掲載した感謝広告に30カ国の国名が並んだが、日本はなかった。日本は湾岸当事国を除けば最大規模の130億ドル(約1兆8100億円)を多国籍軍に援助したものの、完全に無視された。今回のウクライナ支援でも憲法9条の縛りがある日本の貢献は決して大きくない。

 米欧はロシアとの戦争に巻き込まれ、核戦争に発展するのを警戒してウクライナ戦争に直接関与するのを避けてきた。武器供与も当初はウクライナが負けるのを回避することを最優先にしていたが、現在はロシア軍をウクライナ領土からできる限り駆逐してウクライナを勝利させることにシフトしている。


カホフカ水力発電所ダム爆破で500万ドルの緊急人道支援

 このため米欧は戦闘機、戦車、長距離ミサイルなど大量の武器弾薬をウクライナに供与している。独キール世界経済研究所によると、軍事支援は昨年1月24日から今年2月24日までの間で米国432億ユーロ(約6兆4900億円)、英国65億ユーロ(約9800億円)、ドイツ42億ユーロ(約6300億円)、ポーランド、オランダ各24億ユーロ(約3600億円)。

 人道・財政支援では米国281億ユーロ(約4兆2200億円)、日本62億ユーロ(約9300億円)、英国32億ユーロ(約4800億円)、ドイツ30億ユーロ(約4500億円)。岸田文雄首相は昨年来進めてきた16億ドル(約2200億円)の人道・財政支援に加え、今年2月に55億ドル(約7700億円)の追加財政支援を行うことを決定し、米欧と足並みをそろえた。

 3月にウクライナを訪問した岸田首相はキーウでウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、追加支援策として殺傷性のない装備品支援に3000万ドル(約42億円)を拠出、エネルギー分野などで4億7000万ドル(約656億円)の無償支援を行うと伝えた。日本は電力、地雷処理、農業などの分野を中心にウクライナを支えていく方針だ。

 カホフカ水力発電所ダム爆破で南部ヘルソン州のドニプロ川流域で洪水が起きた。地雷が流出してどこにあるか分からなくなった。耕作地も水浸しになり、農作業への影響は甚大だ。それだけに日本の支援に期待がかかる。

 岸田首相はゼレンスキー氏に電話で、国際機関を通じて被災住民に対し500万ドル規模(約7億円)の緊急人道支援を行うと表明した。


戦争当事国に非殺傷装備の防弾チョッキを送ることさえ前例がなかった

 主要7カ国(G7)では英国のボリス・ジョンソン首相(当時)が昨年4月、キーウを電撃訪問。翌5月にはカナダのジャスティン・トルドー首相、6月にエマニュエル・マクロン仏大統領、オラフ・ショルツ独首相、マリオ・ドラギ伊首相(当時)、今年2月にはジョー・バイデン米大統領も訪問した。岸田首相の訪問がG7首脳の中で一番遅かった。

 日本は福島原発事故で原発再稼働が遅れ、エネルギー自給率が一時は6.3%(2021年は13.4%まで回復)まで落ち込んだ。このためロシアでの資源開発事業を「エネルギー安全保障上、重要」と位置づけている。北方領土問題も抱えている。地政学上、中国とロシアを同時に敵に回すのは得策ではないという計算が日本に働くのは仕方がない。

 しかしロシアのエネルギーに頼ってきたドイツでさえ市民を無差別殺傷するウラジーミル・プーチン露大統領と決別し、ドイツの主力戦車レオパルト2をウクライナに供与した。憲法9条に縛られた日本は防弾チョッキとヘルメットに加え、自衛隊の10人乗り高機動車や瓦礫を処理する資材運搬車、1/2トントラック計100台と非常食3万食を提供するのがやっとだ。

 NHKによると、日本では戦争当事国に非殺傷装備の防弾チョッキを送ることさえ前例がなかった。日本を取り巻く環境は湾岸戦争時とあまり変わらない。

 しかし岸田首相は昨年12月、国家安全保障に関する基本方針である国家安全保障戦略と、国家防衛戦略、防衛力整備計画を決定した。27年度に安保関連費を現在の国内総生産(GDP)比2%に引き上げる。


台湾有事が起きないよう盤石の抑止力を構築する

 日本としては防衛力の抜本的強化を図り、台湾有事が起きないよう盤石の抑止力を構築する狙いがある。

 ウクライナ侵攻では、ゼレンスキー氏とウクライナ国民の国を守る意志を見誤ったプーチンの計算違いで抑止力が働かなかった。ウクライナ軍の反攻が始まった今、南部ヘルソン州やザポリージャ州に近いクリヴィー・リフでは「クリミア半島も奪還できる」との楽観論さえ囁かれている。

 ウクライナ国境に接する露ベルゴロド州への侵攻、モスクワへのドローン攻撃、石油施設とエネルギーインフラ、航空機を狙ったロシア国内やウクライナのロシア軍占領地域への攻撃、ロシア国内の暗殺でプーチンの威信はすでに地に落ちた。孤独な独裁者の手に残されたカードはもはや核兵器しかないが、ウクライナ軍の防空力は米欧の協力で格段にアップした。

 それ以前にプーチンのプロパガンダを信じ込まされてきたロシア国民にとって、この戦争は多大な犠牲を伴いながらも基本的には上手く行っているのに、NATO同盟国と戦争になるかもしれない核兵器を使用するというのは理屈に合わない。これは「戦争」ではない「特別軍事作戦」なのだから。核兵器はプーチンにとって事実上「切れないカード」になっている。

 それが、米欧が戦車だけでなく長距離ミサイルや戦闘機の供与を決断した強気の背景にある。

 米欧の結束は綻ぶどころか、一段と強固になり、プーチンは完全に裸の王様になった。ウクライナ戦争の道筋がある程度見えてきた今、バイデン氏の頭にあるのはプーチンではない。プーチンの後ろから高みの見物を決め込んでいる中国の習近平国家主席だ。


「世界経済は最も大きな変革期を迎えている。AIが大きな役割を果たす」

 米英首脳会談でバイデン氏は国家元首ではないスナク氏に「大統領閣下。あなたを昇格させてしまった」と呼びかけ、「チャーチル英首相とルーズベルト米大統領は70年余り前にここで会談し、米英のパートナーシップの強さが自由世界の強さだと主張した。私は今でも、その主張には真実があると思う」と、米英の「特別な関係」を改めて強調した。

「私たちはロシアの残忍な侵略に対抗するウクライナに経済・人道支援と安全保障支援を提供している。インド洋とその周辺地域をより安全で安心なものにするためにオーストラリアと協定を結んだ。そして世界経済は産業革命以来、最も大きな変革期を迎えている。その中で人工知能(AI)が大きな役割を果たすことになる」(バイデン氏)

 バイデン氏とスナク氏が経済関係強化のため「大西洋宣言」をぶち上げたのは、防衛、核物質、電気自動車(EV)のバッテリーに使用される重要な鉱物などの分野で米英貿易の拡大を目指し、「西側で経済安全保障を築くためサプライチェーンから中国を切り離そうとする(デカップリングの)姿勢をさらに示すものである」(英紙フィナンシャル・タイムズ)。

 英保守党内の欧州連合(EU)強硬離脱派が主張した米英自由貿易協定(FTA)には遠く及ばないものの、「大西洋宣言」には「半導体、量子コンピューティング、AIなど、未来を形作る技術に関して英国と米国が協力し、安全かつ責任を持って共同で開発できるようにする」(バイデン氏)意志が明確にうたわれている。


独首相「中国側のライバル意識と競争は高まっている」

 ウクライナ支援では見事に一致団結した米欧だが、中国への対応は「デカップリング」を主導する米国と「デリスキング(リスク低減)」を唱えるドイツの間でまだ開きがある。オラフ・ショルツ独首相は「欧州の日」の5月9日、欧州議会で「中国はパートナーであり、競争相手であり、システム上のライバルであるという3つの側面がある」と演説した。

「中国側のライバル意識と競争は高まっている。EUはそれを察知し、対応している。前進する方法はデカップリングではなく、スマートなデリスキングだ」。ショルツ氏によると、公正な協定とは、原材料の初期加工を中国などではなく、原材料が採取された場所で行うことを意味している。

 ドイツのケルン経済研究所(IW)がロイター通信に提供した予備データでは、ドイツの中国への直接投資フローは昨年、前年同様11%増加したと推定されている。16〜20年の年増加率よりはるかに強くなっている。中国に進出しているドイツ企業は「政経分離」を図るため現地のサプライヤーや研究に依存する傾向が強まっているという。

 欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長も今年3月、「中国が軍事部門と商業部門を明確に融合させている」ことを認めながらも「中国を切り離すことは実行不可能であり、欧州の利益にもならない。だからこそデカップルではなく、デリスクに焦点を当てる必要がある」と力説した。しかしウクライナ戦争では欧州の「デリスク」政策が命取りになった。

 欧州はクリーンテクノロジー分野でレアアースの98%、マグネシウムの93%、リチウムの97%を中国という単一のサプライヤーに依存している。ドイツの自動車産業は中国依存を強めている。日本は米英の「デカップリング」か、それとも欧州の「デリスキング」を選択するのか。バイデン氏の岸田首相への称賛は「デカップリング」の踏み絵でもある。

筆者:木村 正人

JBpress

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