一難去ってまた一難、苦境に立たされた米国の名門ハーバード大学

2023年7月6日(木)6時0分 JBpress


黒人・ラティーノによるしっぺ返し

 米連邦最高裁判所から人種に基づく積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)による入学を違憲と判決を下されたハーバード大学が7月3日、今度は黒人・ラティーノ3団体から糾弾された。

 3団体は、教育省にハーバード大学の白人優遇入学選考に異議を申し立て、撤廃するよう要求したのである。

 この団体は、以下の3団体だ。

チカ・プロジェクト(Chica Project)

ニューイングランド経済開発アフリカン・コミュニティ(African Community Economic Development of New England)

ボストン都市圏ラティーノ・ネットワーク(Greater Boston Latino Network)

 ボストン周辺で活動する公民権、女性の地位向上促進団体で、最高裁から「狭き門」をさらに狭くさせられた黒人やラティーノを代弁して立ち上がった。

「いわばしっぺ返し。最高裁判決を逆手に取った黒人・ラティーノによる一斉蜂起だった」(米主要メディア教育担当記者)

 3団体は、ハーバード大学による寄付金や卒業生に関連した選考優遇について調査を求めるとともに、この慣行をやめなければ連邦政府からの資金を失うという宣言を教育省に求めた。

 また、選考過程において入学希望者が親族と大学の関係を「明示する手段をなくすよう」ハーバード大学に求めている。

(Harvard University Legacy Admissions Targeted in Minority Groups’ Complaint - Bloomberg)

 ハーバード大学は長年、「レガシー入学」(Legacy Admissions)という特別入学選考方法で、卒業生、教授・大学職員や大口寄付者の子女(そのほとんどが白人)を入学させていた。

 同大学は、毎年6万1000人が入学志願し、入学できるのは1900人前後である。

 そのうち、両親のどちらかがハーバードの卒業生という入学者は36%といわれる。つまり680人前後だ。ほとんどが白人とみていいだろう。

(Harvard Legacy Acceptance Rate | AdmissionSight)

 そのうちどのくらいレガシー入学生がいるのかは不明だ。

 ただ白人入学者の43%は、「ALDC」(Athletes, Legacy, Dean’s interest list, and Children of faculty and staff=スポーツ推薦、レガシー入学生、学部長マター=大口寄付者の子女、教授・大学職員の子女)だという。

(Study on Harvard finds 43 percent of white students are legacy, athletes, related to donors or staff)

 ちなみに2022年の入学者の人種別内訳は次の通りだ。

白人:40.6%

アジア系:27.9%

黒人:15.2%

ラティーノ:12.6%

先住民:2.9%

ハワイ系:0.8%

(留学生は14.8%)

(Admissions Statistics | Harvard)

 アファーマティブ・アクションの撤廃を余儀なくされたことで、来年度からは黒人とラティーノの入学者が激減するのは必至だ。

 逆に白人とアジア系が増加するのは明らかだ。


「ゲタを履かせる」ことでは同じ

 最高裁が、「人種に基づくアファーマティブ・アクションは違憲」とした6月30日の判決は、「学力のない黒人やラティーノを優遇するのはけしからん」という白人の主張に応えたものだ。

 その主張を「保守派判事6人」(1人は黒人の保守派判事)が支持し、大学におけるアファーマティブ・アクションが全米レベルで撤廃された。

 ハーバード大学に入学するには、SAT=学習基礎能力試験、GPA=成績評価値、ACTなど合格最低点*1、が必要絶対条件だ(正規入学の場合)。

 ところが、これまで大学の多様性を保つという名目で、黒人やラティーノの学生をある程度維持するために合格ラインに到達しない黒人やラティーノの志願者の入学を認めてきた。

*1=ハーバード大学の合格者最低点のSATは1280、GPA合格者平均点は満点5.0の3.9〜4.1、ACTは35。これに指導力、コミュニティ・サービス、スポーツ活動など総合点で合否が決まるというのが建前のルールだ

 ところが、アファーマティブ・アクションのほかに、合格点を取れなくとも入学できる「もう一つ」の抜け道があった。

 それが「レガシー入学」だった。黒人・ラティーノ団体はそこに目を付けたのである。


ハーバードは私立だが「公共財的存在」

 ハーバード大学は創立1636年の私立大学だ。

 公立ではないのだから、大学卒業生の子女や大学で教える教授・大学職員の子女には多少のお目こぼしがあってもいいだろうという意見はある。

 常に資金不足が続く大学にとっては大口の寄付もありがたかった。寄付者の子女を優遇するのも「魚心あれば水心」だった。

 だが、ジョン・アダムス(第2代)以来、ジョン・F・ケネディ(第35代)、バラク・オバマ(第44代)各大統領ら8人の米国大統領はじめノーベル賞受賞者150人、マイクロソフトのスティーブ・バルマー元CEO(最高経営責任者)はじめ政財官学界に多くの人材を輩出してきた世界に冠たる最高学府だ。

 連邦政府からも巨額の研究開発費助成を受けてきた公共財的存在でもある。しかも世界中の英才が入学したがる「狭き門」である。

 その大学に、毎年、合格点に満たない受験生が680人も「裏口入学」しているとなると、「私立」「プライベート・スクール」とは言ってはいられなくなる。

 特に、最高裁が黒人やラティーノにゲタを履かせるのは違憲だ、と断を下した直後だ。

 最高裁判決に「判断に強く反対する。多様性こそ米国の強みだ」と拳を上げたジョー・バイデン大統領。そのバイデン政権の教育省が、どう対処するか。

(2024年の大統領選を控え、バイデン民主党は、黒人やラティーノの言いなりになる可能性大だ。何としても黒人票が欲しいからだ)


「ハーバード・エスタブリッシュメント」は黙っていまい

 ハーバード大学のラリー・ブラウン学長と次期学長のクラウデン・ゲイ氏(7月1日に就任)は、連名で以下のようなステートメントを発表した。

「奥深く、変革をもたらす教育、研究、調査に不可欠な根本理念は、多くの経験、見識、生きた体験を有する人たちによって構成されたコミュニティを持てるかどうかにかかっている」

「この理念は今も昔も変わらない」

「そしてすべての最高学府は、人知を高め、進歩と正義を促進するための創造力のある思索家、大胆な指導者を育成するという崇高な天職を全うしなければならない」

(Harvard united in resolve in face of Supreme Court’s admissions ruling – Harvard Gazette)

 言葉の体操のような文言を並べ立てているが、内心は戦々恐々なのではないだろうか。

 もし、教育省が黒人3団体の要求を呑んで、「レガシー入学」を撤廃したらどうなるか。

 それこそ387年の歴史を誇るハーバード大学が長きにわたり、守ってきた慣行を捨てれば、卒業生も大口寄付者も怒り出すだろう

 政財官学界に広がる「ハーバード・エスタブリッシュメント」も黙っていないだろう。

 ハーバード大学にとっては一難去ってまた一難。受難が続く。

筆者:高濱 賛

JBpress

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