吉川明日論の半導体放談 第326回 DeepSeekの衝撃とTSMCの憂鬱

2025年2月5日(水)9時39分 マイナビニュース


中国のAIスタートアップ「DeepSeek」の発表は衝撃だった。テック業界の最大の関心事であるAI開発に必須とされるNVIDIAのH200といった最新半導体製品を使わずに高性能のAI開発を成功させ、投資競争でしのぎを削るMicrosoftやGoogleなど世界のAI開発を牽引してきた米国の巨大テック業界に冷や水を浴びせた形だ。
世界最大の時価総額を誇ったNVIDIA株は一時17%の急落を見せて、当初は「株式市場の歴史で最大の下げ幅」といったパニック気味となった株式市場だが、DeepSeekについての情報が明らかになるにつれて次第に鎮静化に向かっているものの、その余波は未だに残っている。
開発費1/10のコストでGPT-4やGeminiウルトラを凌ぐ性能を達成したDeepSeek
創業1年余りの中国のスタートアップが開発した生成AIアプリの最新版「DeepSeek-R1」がiPhone向けダウンロード数でいきなりChatGPTを抜きトップに躍り出たというニュースが世界中を駆け巡り、AI開発競争において必須であるとされたNVIDIAの株価が急落した一番の理由は通常の開発費の1/10のコストで成し遂げられたというDeepSeek側からの発表である。
その後の報道から、DeepSeekの開発には単価が500万円を超える高騰を続けるH200のようなNVIDIAの最新製品ではなく、対中貿易規制に対応するためにNVIDIAが中国市場に投入したH800などの旧製品(この製品も現在では輸出禁止対象になっている)が使用されていたことが判明した。これにより、「チップを増やしデータセンターの投資を拡大すれば、より優れたAIが開発できる」、という考えのもとにNVIDIAの最新AI半導体を争うように買いあさったシリコンバレーの巨大テック企業の現在までの方向性に疑問符が付いた。これに株式市場がいささか過剰に反応した結果、NVIDIAのGPU半導体を中心とするサプライチェーン全体の株価に大きく影響を及ぼした。
その後、DeepSeekのデータベースが中国政府寄りであることや、出来が完全ではないことなどが報道され、事態は鎮静化したが、中国の少数精鋭のスタートアップが米系巨大テック企業主導のAI開発に競争原理を持ち込んだという事実が、今後の世界のAI技術開発現場を大きく揺さぶったのは確実なようだ。DeepSeekがリリースしたのがオープンソース・モデルであった事も米系テック企業には大きな刺激であったろう。
AI半導体の製造を総取りしているTSMC
こうしたAI技術開発の最前線で、非常に目立つのが台湾のTSMCがAI半導体のファブレス企業(NVIDIA、AMD、Broadcom……)の製造をすべて引き受けている点である。
直近の決算発表では売り上げ、利益ともに過去最高の数字を記録した同社の原動力となっているのが3〜5nmという最先端プロセスでのAI半導体総取り状態である。TSMCは次世代プロセス技術の2nmでも歩留りを着実に上げていて、今年の下半期には量産体制に入る計画である。
DeepSeekが開発に使用していたNVIDIAの中国向け旧製品もTSMCの製造によるもので、AI半導体の製造分野ではTSMCが存在感を増し続ける状況がさらに強まる。国家の安全保障にかかわるAI技術とその開発に必要な半導体の製造能力が他国の一企業に握られている状態をトランプ大統領率いる米国政府が見逃すはずはない。対中技術流出についてはバイデン前政権も非常に強硬な政策を取ってきた。米国による中国への警戒感が増す中、米国政府はTSMC一強状態について何か手を打ってくることは必至である。TSMC幹部には米政府の出方を探りながらの憂鬱な日々が続くのではないだろうか。
TSMC一強状態への警戒感を強める米国政府
関税強化を武器に、米国内での製造業復権を目指すトランプ大統領と米国政府にとっても、TSMC一強状態は悩ましい問題である。TSMCが東シナ海を挟んで中国と対峙する台湾にあるという地政学的に非常に微妙な立場と、AI半導体をリードする米企業がすべてファブレスである事実は、TSMCが打ち立てた先端半導体の製造プロセス技術が他を寄せ付けない存在となっている厳然な事実と相まって問題を非常に複雑なものにしている。
バイデン政権が交代寸前に最終決定した66億ドルにも上る巨額の補助金をてこに、TSMCは現在アリゾナ州で新工場建設を急ピッチで進めている。この工場には将来的には台湾で開発された2nmの先端プロセスが移植される予定である。この工場の本格稼働により、NVIDIA/AMDをはじめとする米国のファブレス半導体は「米国製」の半導体を手にする事が可能となるが、「米国籍」でない企業による米国での戦略物資製造については、日本製鉄によるUSスチールの買収が頓挫した事を考えると、TSMCが置かれた微妙な立場とTSMC幹部の憂鬱は推して測るべしである。頼みの綱となるべきだったIntelのファウンドリ会社構想は、パット・ゲルシンガー退任後まだ次期CEOが決まらない状態で迷走している。AI半導体の今後の行方は予断を許さない状況にある。
吉川明日論 よしかわあすろん 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。 この著者の記事一覧はこちら

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