創作の狂気が暴走する、見る人を選ぶ凶悪ホラー 映画「ストップモーション」レビュー

2025年2月9日(日)18時0分 ねとらぼ

『ストップモーション』1月17日(金)新宿シネマカリテ他全国順次公開 (C) Bluelight Stopmotion Limited / The British Film Institute 2023

 現在、映画「ストップモーション」が公開中だ。本作は実写とストップモーションアニメを融合させ、現実と虚構の境界があいまいになっていく恐怖を描いた、イギリス製のホラー映画だ。
 結論からいえば、本作はいい意味でとても気持ち悪くて怖い。実物の小物や人形を少しずつ動かして制作するストップモーションという手法が、グロテスクなホラー表現とも相性が良いことは「JUNK HEAD」や「マッドゴッド」でも証明済みともいえるが、本作ではそれを突き抜けた物語および表現で示していた。さらなる内容と魅力を記していこう。
●母から引き継いだ作品を謎の少女にダメ出しされるけど……
 主人公の女性エラは、ストップモーションアニメーターである母が脳卒中で倒れたため、最新作の制作を引き継ぐものの、うまく作業を進めることができないでいた。そんな中、エラは謎の少女から提案を受ける……というのが導入部分のあらすじだ。
 見ず知らずの少女が制作中の作品を見ていきなり「ダメ出し」するわけだが、主人公はおおむね「言われるがまま」だ。例えば、少女は物語をいきなり「女の子が森の中で迷子になり、何者かに追われ恐怖におびえている」という別のものにするべきだと言い出す。それを受け、せっかく「ワックスで作った落武者のような不気味な女の子」の人形を登場さても、少女は気に入らないと言い、代わりに冷蔵庫の中で見つけた「生肉」を使うように提案したりする。
 なんだかんだで制作が進むと、少女は劇中の女の子を追う謎の存在「アッシュマン(灰男)」を「死んだものから作らなきゃ」という理由で、「森の奥に横たわる狐の死体」を使えとまで言うのだ。これにはエラもさすがに拒否するものの、少女からは「じゃあ、ストーリーの続きはもう教えてあげない」と脅迫めいたことを言われてしまう。
 その後、次第にエラの精神は崩壊していき、さらに予測不能なカオスな状況に。最終的に見ている側も、出口のない迷宮に迷い込んだような感覚になっていく。
●クリエイターの苦悩のメタファーといえる内容
 本作は創作における強迫観念、あるいは創作物、またはストップモーションそのものの不気味さを表現した作品ともいえる。
 例えば、主人公のエラには自身の作品を監督したいという夢があったはずなのだが、高圧的で無慈悲な母親に「あんたにどんなアイデアがあるっていうんだい?」と冷笑されていたことがある。さらに、自分の本当の意思に沿わないまま(少女の言われるがままに)制作を進めた結果、もはやそれは母から引き継いだ作品でも、自分の作品でもなくなっていく。それらはアイデンティティー、自分の作家性、あるいは創作そのものへの自信が喪失していく、クリエイターの苦悩のメタファーといっていい。
 実際にロバート・モーガン監督は、このプロジェクトの出発点が「ストップモーションの短編を作っていたときの体験」であり、自分の創作物が「自分ではほとんどコントロールできない不思議な生命を宿した」「ある種の精神病に似ている」と感じたことからだとも語っている。作品そのものが「自分の意志を超えた存在になる」恐ろしさも、確かに劇中からは感じられた。
 さらに監督は「無生物の人形に命を吹き込む行為には不気味な性質を持っている。死霊術のような雰囲気がある。その動きは本質的に不気味である。ストップモーションという名前さえ、不気味である。静止しているのに動いている、死んでいるのに生きている。それはエラの葛藤を探るには完璧なメタファーだ」と分析している。なるほど、「ストップモーション」という言葉には「止まる」と「動き」という正反対の言葉が結びついているし、そもそも矛盾していて不気味だというのももっともだ。
 また、世のクリエイターは多かれ少なかれ狂気的な面も持ち合わせていると思うのだが、それが「作品をどうしても作らなければならない」強迫観念や、その焦りが別の誰かへの攻撃へと転換してしまう危険性も提示していると、後半の過激かつ不条理な展開から思える。
 さらに強烈なのはポスターや公式サイトのビジュアルにもある「砕けた主人公の顔の中に人形がいる」様で、その「意味」を想像すると、もう泣きそうになるほどに怖かったのだ。
●言うまでもなく、見る人を選ぶ内容に
 ここまで書いてきた特徴からもお分かりだとは思うが、本作はお世辞にも万人向けとは言い難い、激しく見る人を選ぶタイプの作品だ。「殺傷流血および肉体損壊の描写がみられる」という理由でPG12指定がされているが、そのレーティング止まりとはとても思えないトラウマ級の恐怖表現や、「自らの手で傷口を広げる」という痛々しいシーンもあるので、ある程度の覚悟をもって観た方がいい。
 なお、ロバート・モーガン監督はR18+指定のホラーアンソロジー映画「ABC・オブ・デス2」中の「D IS FOR DELOUSED(シラミ駆除)」という短編を手掛けており、こちらは18禁も当然と言わんばかりの、ストップモーションという表現で実現可能なグロさと不気味さを突き詰めたような内容になっていたので、併せて見てみるのもいいだろう。
 また、本作の内容から、同様に狂気的な作品を手掛ける監督の作品を連想する方は多いだろう。例えば、ストップモーションアニメに「生肉」を使うことには「悦楽共犯者」「オテサーネク」のヤン・シュヴァンクマイエル監督を、精神と肉体が変容をしていく恐ろしさは「ザ・フライ」や「ヴィデオドローム」のデヴィッド・クローネンバーグ監督を、現実と夢の境目が分からなくなる不条理さに「ブルーベルベット」や「マルホランド・ドライブ」の故デヴィッド・リンチ監督を、というように。
 激しく見る人を選ぶが、これらの監督作が好きな人は、今回の「ストップモーション」に「選ばれる」可能性は高いだろう。
●2月8日公開の「ハイパーボリア人」もヤバい
 「ストップモーション」は実写とストップモーションアニメを組み合わせた内容だが、さらに2月8日から、実写とストップモーションだけでなく、影絵、人形劇、さらにはテレビゲーム(?)の表現を取り入れた、「闇鍋」というべきとんでもない映画「ハイパーボリア人」も公開される。
 こちらは日本でも小規模公開ながらカルト的な人気を博した「オオカミの家」のクリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャの長編第2作で、この監督コンビが意外な姿で本編に登場したりもする。
 あらすじは、女優で臨床心理学者の女性が、謎の幻聴に悩まされる患者の話を元にした映画の主演を務めるというもの。その患者の話および映画の内容は、チリ現代史の暗部やナチスドイツの歴史もないまぜになったもので、なかなかに理解が困難なものなのだが、キッチュでバラエティ豊かな画の数々はそれだけで面白い。主人公の「この人たちどうかしてる」「イカれてるわ」というツッコミには「本当だよ!」と同調させられるし、「不思議の国のアリス」的な不条理な世界で冒険するエンタメ性もあった。
 なお、「ハイパーボリア人」とはギリシア神話や H.P.ラヴクラフトらの創作による「クトゥルフ神話」に登場する架空の民族だが、この映画では「太古の昔に宇宙からやってきて地球を支配していた半神の巨人たち」と説明されている。それもまたすんなりと理解はし難いが、本編を見ると他にも「何を言っているんです!?」な奇妙な言説や表現がありすぎて、むしろ楽しくなってくる。
  なお、「ハイパーボリア人」では短編「名前のノート」も併映しており、こちらは「 ピノチェト軍事政権下で行方不明になった未成年者たちを追悼する」内容で、なるほど創作物をもって「鎮魂」をする意図が込められていることが伝わってくる。「ハイパーボリア人」本編もまたカオスな内容でありながらも、チリやナチスドイツにある歴史の暗部に切り込む志の高さがあったが、その点で両作には共通するものがある。
 チリの歴史を軽くていいので知っておくとより内容が理解しやすくなるが、カオスにもほどがある内容に翻弄されるのもまた楽しいはずだ。ぜひ「ストップモーション」と併せて、映画表現の幅広さに触れてみてほしい。
(ヒナタカ)

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