Apple 表参道で辻井伸行さんが語る「Appleとの出会いとテクノロジーの活用」

2025年2月18日(火)12時0分 ITmedia PC USER

Apple 表参道で行われた「Today at Apple スポットライト」

 Appleの音楽サブスクリプションサービス「Apple Music」のうち、クラシック音楽を専門で扱うアプリ「Apple Music Classical」の日本でのサービス開始から1年を迎えた2025年2月、Apple 表参道で特別イベント「Today at Apple スポットライト」が開催された。
 登壇したのは、2024年4月に日本人ピアニストとして初めて「ドイツ・グラモフォン」と専属契約を結んだピアニストの辻井伸行さんだ。
 ベートーヴェンのピアノソナタ第29番「ハンマークラビア」やショパンの「ノクターン 第8番」などの演奏を披露しながら、クラシック音楽の魅力やテクノロジーとの関わりについて語った。
●グラモフォンでの挑戦と新たな表現
 2024年11月、辻井さんは長い歴史を持つクラシック音楽のレコードレーベルであるドイツ・グラモフォンからの初作品として、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番「ハンマークラビア」を世界にリリースした。この作品について辻井さんは「ベートーヴェンの全32曲あるピアノソナタの中でも最も難しい作品です。45分ぐらいある作品で、体力的にも精神的にも弾くのはすごく大変でした」と語る。
 辻井さんが特に悩んだのは、ベートーヴェンの思いをどうしたら伝えられるかだ。
 「晩年の作品でベートーヴェンは耳が聞こえなくなってきた頃に書かれた作品ですが、自分との戦い。音楽家にとっては耳が聞こえないというのは本当に辛いことなので、そういう葛藤とか苦しみとか痛みとか、そういうのが本当にこの曲の中でもすごくあって。最後にはその戦いに勝利したという本当に長い旅で、それをどうお客さまに届けるかというのは苦労しました」と語る。
 辻井さんが初めて公の場でこの曲を弾いたのは2009年、20歳で挑戦したヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールだった。「当時は弾くのに精一杯でした」と辻井さん。
 「それから15年経って、また改めてゼロから譜面を読み直して、やっと少しこの曲のことが理解できるようになった気がします」と、演奏家としての成長を実感している様子だった。
●自然との対話から生まれる音楽
 今回のアルバムの録音で辻井さんはドイツに訪れ、その自然を通してベートーヴェンに少し近づけたと感じたようだ。
 「ドイツの町は本当に自然がたくさんあって。録音をしたスタジオの回りも自然がたくさんあって。小鳥の鳴き声が聞こえてきたりして、ベートーヴェンをこういうところを散歩していたんだなとか、こういったところで作曲していたんだなとか、いろんなことが感じられました」と語っている。
 このように、辻井さんはハイキングなどを通して自然と接することを愛する音楽家として知られている。ベートーヴェン以外では「印象派の音楽作品、特にドビュッシーやラヴェルなどフランス物が好き」というが、その中でもラヴェルの「水の戯れ」が好きだという。
 「水が流れている感じとか、水しぶきの強い音や優しい水の流れとか色々な要素があって、何か自然の中で聞くと本当にこの曲はいいな」と語っている。
 訪れたヨーロッパの国々の中では、特にスイスとイタリアがお気に入りのようだ。「スイスは山に囲まれていて、自然がたくさんある。イタリアは自然がたくさんあれば食べ物も美味しい」と語っていた。
●クラシック音楽の魅力と楽しみ方
 辻井さんはクラシック音楽の魅力を広く伝えることを使命の1つと感じている。辻井さんは先のコンサートの名前にもなっている故ヴァン・クライバーンさんが亡くなる直前にこんな言葉をかけられたという。
 「クラシック音楽に興味がない方にも、生の演奏を聞いてコンサートに足を運んでもらえるようなそんなピアニストになりなさい」
 クラシック音楽の楽しみ方について、辻井さんは「もちろん、たくさんのクラシック音楽を聴くことが大事です。CDもいいですし、Apple Music Classicalとか本当に素晴らしいサービスがあるので、これらを使ってたくさん聞いていただくことも大事です」としながらも、「やはり1番は生のコンサートに足を運んでもらって、ライブならではの感じを味わってほしい」と語っている。
 現在、辻井さんは6月まで続くベートーヴェン、ショパン、リストなどの曲を中心に演奏する「辻井伸行 日本ツアー2025」の真っ最中だが、コンサートのチケットが売り切れている会場も多い。クライバーンとの約束は果たせているようだ。
●Appleとの出会いとテクノロジーの活用
 辻井さんとAppleとの出会いは2020年、「iPhone 11 Pro Max」の購入から始まった。コロナ禍に入った年で、いつもより時間があったことから、電話やメールももちろんだが、画面の内容を音声で読み上げる「Voice Over機能」を活用して気になったことを調べまくって楽しんでいたようだ。
 VoiceOver機能は、視覚障害のある人々のデジタルライフを大きく変えた革新的な技術だ。2009年のiPhone 3GSから導入され、2011年のiOS 5から日本語に対応している。
 iPhoneというとタッチスクリーン操作のデバイスなので、画面が見えないと操作ができないという印象があるかもしれない。
 しかし、VoiceOverでは一切画面を見る必要がなく、画面を右あるいは左にスワイプして項目を選択したり、ダブルタップで決定したりして基本的にiPhoneの全ての操作ができる特殊モードと考えてもらうと分かりやすい。
 2012年にはSiriが日本語に対応し、音声によるiPhone操作が可能になり、2020年には拡大鏡アプリが登場、カメラを使って文字や物体を認識し、その情報を音声で伝える機能が追加された。2022年には、周囲の物体や出入り口を検知する「Door Detect」も導入されるなど、iPhoneの視覚障害を持つ人をサポートする機能は日々進化している。
 iPhone購入後に辻井さんがマネージャーと「こんな機能があったらいいよね」と話し合っていた機能をAppleに提案したところ、そのほとんどが既に実現済みだったという。
 ちなみに辻井さんは当然、Apple Music Classicalも愛用している。
 「聞きたい音楽とか作曲家とか、曲名とかアーティスト名とかを検索するとすぐにいっぱい出てくるので本当に便利」と評している。
 さらにはAirPodsもお気に入りのようで「ノイズキャンセリング機能もあるので、例えば外で音楽を聞いていても外の雑音を全部無くすことができますし、今、自分は音楽だけに集中したいなという時もそうできるのですごくいいです。まるでコンサートホールで自分の近くで弾いているかのような感じを受けます」と語っている。
 そのAirPodsの空間オーディオでのリスニング体験も「まるで生の演奏を聞いているかのような臨場感」と高評価だ。
●音楽家としての原点と未来への挑戦
 辻井さんの音楽家としての原点には、両親の存在が大きく影響している。
 「生後8カ月の頃から、母がよくクラシック音楽のCDをかけていました。その中でもショパンの曲が好きだったようで、よく曲に合わせてリズムを取っていたみたいです。そういうこともあって僕にとってショパンは本当に大好きな作曲家」で「ピアノを始める原点」だという。
 そんな辻井家だが、世界的ピアニストを生み出した両親は伸行さん本人のやりたいことを尊重しながら、多くの体験を積ませてきたようだ。
 「僕の両親は音楽とは全く縁がないってのもありまして、楽器もピアノも趣味でやっていた程度で全然音楽家ではなかったのですが、僕がやりたいようにやらせてくれていました」と語る。特に印象的なのは、音楽以外の経験を積極的に提供してくれたことだ。
 「美術館に連れていってくれて絵の説明をしてくれたり、花火を見に行って今、何色の花火が上がってるよとか説明してくれたり」と、豊かな感性を育む環境があったことを振り返った。
 最後に、辻井さんに今後どんなことにチャレンジしたいかという質問があった。
 音楽以外では最近、忙しくてできていなかった趣味の「山登りや釣り、そして陶芸を続けていきたい」と語っていた。
 音楽では「ロシアの作品とかソロ作品とかもレパートリーに加えていきたい」と語りつつ、一番の夢は「ベートーヴェンの全32曲あるピアノソナタ全曲に挑戦してみたいなというのがあります」と語っていた。
 2027年はベートーヴェン没後200年とのことで、その頃までに辻井さんがチャレンジを終え、Apple Music Classicalの空間オーディオで聞かせてくれることを期待したい。
 ステージではMCによるあいさつが終わった後、辻井さんが突然マイクを握ってこういったイベントで演奏する機会があまりなく、たくさんの拍手ももらえて楽しかったと語り、元々の予定にはなかったリストの「ラ・カンパネラ」をアンコールで演奏した。
 そして、満面の笑みで喝采を浴びた後、楽屋へと姿を消していった。

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