エンタープライズIT新潮流 第22回 LinkedInの現状から考える日本のプロ不足について

2024年3月11日(月)13時0分 マイナビニュース

筆者は今は独立して複数のお客様の経営やマーケティングを支援していますが、その中で思うのは、欧米と比較した場合の日本人社員のプロとしてのスキルや知識不足です。今回は、プロ向けのSNSであるLinkedInの現状などから、仕事のプロについて考察したことを記載します。
LinkedInの現状は?
海外では、プロフェッショナルのビジネス向けソーシャルメディアとして、LinkedInが広く活用されています。要するに、これはビジネスのプロが使うSNSです。多くの企業が社員の名刺にLinkedInのアドレス情報を書いているほどで、LinkedInはFacebookなどの個人ネットワークのソーシャルメディアと並行して使われています。LinkedInに筆者自慢のFenderギターコレクションの写真を上げると反響がすごく、5000以上の閲覧がありました。世界でつながる凄さを感じました。
日本では、ビジネスでもFacebookでつながることが多いと思います。筆者もFacebookでは多くのビジネス上の知人とつながっています。ただ、Facebookはつながりがメインで、ビジネスのことを頻繁に発信すると「ウザい奴」と思われます。
日本においてLinkedInはまだまだ転職用のサイトと認識されており、ユーザーが増えているとは聞きますが300万人程度のアクティブユーザーしか獲得できてないようです。LinkedInは日本では何か行き詰まりを感じます。筆者はLinkedInでは1000人以上とつながっており、どういう人がどのような投稿に「いいね」しているか頻繁にチェックしています。また、オプションである営業用のLinkedIn Sales Navigatorも利用しています。筆者の日本企業のお客様を見ても、LinkedInを活用している社員は本当に限られています。知人やお客様の社員などは、転職しないからLinkedInは関係ないと思っています。
LinkedInの使われ方はいろいろあると思います。そのうちの一つが、プロフェショナルネットワークに参加して、そのエリアでの最新の情報を獲得・発信するということです。例えば、マーケティングの世界的な権威が積極的に情報発信をしていますので、ブランドやABM(Account Based Marketing)などのトレンドを知ることができます。
ESGやサプライチェーンなどに関しても貴重な情報があります。英語に抵抗意識がなければ、とても有効な情報元になります(ちなみに、自動翻訳の機能もあります)。それらの貴重な情報やつながりを求めて、多くのビジネスプロがLinkedInに参加するのです。
ただ、最近はなんだか海外でもマンネリ気味だと感じます。「LinkedInに投稿や広告を掲載すれば認知が上がる」「LinkedInで営業をすれば効果がある」などと、思考停止が起きている気がします。どこの会社も同じことを実践していますので、そこに差別化はないです。そして、"いいね"をしているのは、社員や知人がほとんどですし、LinkedInなどのソーシャルメディアにはコンテンツをパブリッシュするツールが普及しているので、まったく同じコンテンツが複数の社員で出されたりします。それでインパクトがあるのかは疑問です。
LinkedInの利用には、従来のような転職目的もあると思います。ちなみに、グローバル企業の採用ソースは、LinkedIn、社員紹介、自社Webサイトが主になっており、リクルーター経由は減ってきています。社員の満足度が採用に直結します。
LinkedIn社の2022年9月のプレスリリース「日本のLinkedInでプロフィールに記載されたスキルのトップ10 最も多かったのは事業開発。クラウド関連スキルも上位に」が、現状を物語っています。1位となった事業開発は、日本人が想像するようなビジネス開発ではなく、海外ではBusiness Development Representative(BDR)という、要するに顧客とのアポ取りする人がLinkedIn Sales Navigatorという有償サブスクリプションを使って利用しているのです。もちろんその中には、経営企画の人も入っているとは思いますが。
日本では対象となる企業の人がほぼいないので、BDRがLinkedInを営業目的では活用できないのが現状です。それが1位ですからね。筆者も以前BDRの責任者をしていたので、状況がよく分かるのです。ここで少し苦言を呈すると、この集計で2位の営業&マーケティングをまとめている段階で、日本のLinkedIn社はどうかと思います。プロとして全然違うカテゴリですからね。
LinkedInの普及については、企業の情報発信の違いもありますが、日本のプロフェッショナリズムに起因しているのだと思います。簡単に説明すると、日本ではプロが少ないのです。これには何点か理由があり、特定の職種であっても深い知識やスキルがない人が多いのです。
その理由について、筆者はこう考えます。
・ジョブ型組織が普及し出してはいるが、メンバーシップ型組織が中心でジェネラリストが多い。
・多くの場合、大学の専門性が社会で引き継がれない。これによって、若い世代のスキルが欧米と比較すると低い傾向がある。
・オリンピック運営やITにみられる発注型でのプロジェクト進行など、本当にプロとしてのスキルが必要な職種が発注の末端にいる。
プロの定義と方程式とは?
プロフェッショナリズム。つまりプロは、Wikipediaを見ると、名詞としては次のような意味があります。
・profession(=「専門的な仕事」)に従事している人や、専門的な仕事で評価を得ている人。
・特定の分野に従事している人で、その中でも特に、(「ひまつぶし」としてではなく)主たる収入を得る生業(なりわい)としてそれに従事している人。
・特定の活動に関して能力が高く、技能に優れる人。
なるほどですよね。「ひまつぶし」で仕事をしているような羨ましい人は少ないとは思いますがね。
筆者は、究極のプロフェッショナルとは信頼されるアドバイザーだと考えます。英語ではTrusted Advisorで、「私たちはTrusted Advisorになるのだ」という企業ビジョンをよく見ます。
少し古い書籍に『プロフェッショナル・アドバイザー〜信頼を勝ち取る方程式』(東洋経済新報社 著者:デービッド H.マイスター)があります。これはコンサルティングの方がどうクライアントの信頼を勝ち取るかというテーマなのですが、この書籍から学ぶことが多くありました。信頼されるアドバイザー = プロフェッショナルなるためのヒントを提供しています。これは、コンサルティング以外の営業などにも適応できます。
同書では、信頼されるアドバイザーになるための段階が定義されています。これには2軸があり、それは「ビジネス上の問題」と「個人的な関係の深さ」です。この2軸に沿って、左下から右上へ、最初は特定の専門家で、次は特定の専門家プラス周辺分野、価値あるリソース、信頼されるアドバイザーへと段階的に上がっていきます。
プロフェッショナルでの特定の専門家はキャリアの始まりだと思いますが、やはり目指すべきは信頼されるアドバイザーだと思います。そのためには、担当分野の専門性から入り、周辺の知識・スキルを得て、色々なアイデアを持ち込み、そして、もっと大局的に問題や機会を特定して専門知識を生かし解決する、そういう流れが大事かと思います。
また、この書籍の面白いのは、"信頼"とは方程式があり、分母を小さくし分子を大きくする必要があると述べている点です。
その方程式とは、T=(C+R+I)÷S です。
T = 信頼です。C = 信憑性、R = 信頼性、I=親密さがそれぞれ分子で、S = 自己指向性が分母です。
信憑性とは言葉の領域で「あの人が言っていることは信頼できる」ということです。たとえば経歴とか職位だったりもします。信頼性とは行動の領域で、「あの人のやっていることは信頼できる」ということです。親密さは感情の領域で、「あの人と話していて楽しい」と思えること。自己指向性は動機の領域で「彼が興味がある分野は信頼できる」といったイメージです。例えば自己指向性が高いと、「なんか自分のことばかり考えているじゃない」と疑われ信頼性は下がるのです。
残念ながら、日本人は努力しない国民になってしまっています。パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」を見ると、日本はAPAC内で社外学習・自己啓発を行っていない人の割合がダントツに多い46%です。筆者の周りでも、勉強している気配のある人は本当に少ないです。これではプロは育ちません。
常に新しいことを取り入れて仕事をアップグレードしていかなと、他に通用するプロにはなれないと思います。極端な話、新しいことをやって仕事を変えないと欧米では自分の立場や危うくなりますので、どんどん新しいことを取り入れていきます。
改善方法はあるのか?
プロについて、1つヒントになりそうな実話を紹介します。それは、筆者の知人が勤めていたある企業での話です。その企業では、社員の給与は"時価"なんだそうです。「高級寿司じゃあるまいし、時価ってどう決めるの?」と疑問が湧きますよね。なんと、他社の面接を突破して、内定で提示された金額が時価の給料なのだそうです。
絶句ものの、なんと面白い取り組みでしょうか。また、給与の予算は限りがあるので、積極的に副業を認めているとのことです。こういう人事の取り組みをしている企業では、プロが育つかもしれません。プロはその分野の専門知識、経験、スキルで、他社に移っても同じような(場合によってはより高い)給与がもらえ、パフォーマンスを出せる人なのかもしれません。プロ野球やサッカー選手はそうですよね。
以前のリクルート社みたいに、10年勤めたら定年退職して退職金がもらえるという取り組みも、プロを生むのかもしれません。プロにならないと、その後、食っていけないですからね。ちなみに筆者のリクルートの知人は、10年勤めて退職金を手にし、世界旅行に旅立っていきました。仕事する環境と意識の問題なのでしょうか。
筆者は経営やマーケティングのプロとして独立して、クライアント様からお金をいただています。おそらくTrusted Advisorに近いのではないかと考えます。いろいろな相談をいただいていますからね。筆者は目の前の仕事が天職だと思い、(すぐに飽きましたが)その瞬間は興味をもち勉強と努力をしてきました。その積み上げが、今のプロである筆者を作り出しているのだと思います。
北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら

マイナビニュース

「日本」をもっと詳しく

「日本」のニュース

「日本」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ