エンタープライズIT新潮流 第44回 複雑化するB to B取引で商談に勝つ方法
2025年3月17日(月)20時0分 マイナビニュース
この記事を執筆している時点で、日産自動車と本田技研工業の経営統合が破断しました。これで思い出したのは、書籍『隠れたキーマンを探せ!データが解明した 最新B2B営業法』(実業之日本社 著者:マシュー・ディクソンら)の世界です。英語のタイトルは『THE CHALLENGER CUSTOMER』です。名書『チャレンジャー・セールス・モデル 成約に直結させる「指導」「適応」「支配」』(海と月社)の続編という位置付けです。
『チャレンジャー・セールス・モデル』では、顧客にチャレンジしてインサイトを提供し、営業プロセスをコントロールする営業が優れたパフォーマンスを出すという内容でした。『隠れたキーマンを探せ!』では、B to B取引における顧客の意思決定が複雑化して、変化しない方向に決定が倒れるという顧客側のチャレンジについて説明されています。
なぜB to B営業は進まないのか
一般的にB to B取引では、5名から10名くらいの意思決定者がいると言われています。『隠れたキーマンを探せ!』では、平均5.4名の意思決定者がいると述べられており、大きくは外れていません。そして、この5.4名が均等に情報を得たら、それぞれが自分のコンテキストで解釈するため意思統一が難しくなり、結果的に何もしないという判断になると説明されています。
本田技研工業の提案に対して日産自動車側が難色を示しました。難しい事案については、平均5.4名の意思決定者が賛成派、中立派、反対派に分かれます。賛成派は反対派を押し切ってまで物事を進めることが難しく、結局、丸く収める=何もしないで終わってしまいます。これじゃ変革は起きません。このことは普通に企業の中で発生しています。筆者もよく経験します。
これがB to B取引でも発生します。そのことを意識したマーケティングやセールスを実施する必要があり、『隠れたキーマンを探せ!』ではその対応方法が説明されています。また、もう1つ大事なことは、「ベンダーには全体のプロセスの57%が過ぎてから声がかかる」ということです。後はベンダーを選定するだけ、という段階で声がかかるのです。想像がつくと思いますが、そこまで来ると、競争に巻き込まれて〇×表で判断されてしまいます。マーケティングの世界にBANT(バント)という言葉がありますが、その定義は以下の通りです。
Budget:予算
Authority:決済権がある人か
Needs:ニーズ
Timeline:導入時期
これらをマーケティング活動の中で確認していくのですが、どうしても進捗全体の57%以降でしかこれらを確認できないのです。それ以前はまだ検討している段階であるためです。BANTが分かるころには、実はかなり手遅れということなのです。パイプラインを作成することをDemand Generation(需要創造)といいますが、やっていることは実はリード捕捉になっているのです。
ではどうするかというと、進捗の57%以前に顧客との関わりを持ち、意思決定に"ぶすっ"と影響を与えることです。しかし、簡単に言うようですが実はかなり難しいことです。顧客理解を深め、適切な提案をする必要があるからです。
ターゲットにすべき3種の人物像
筆者は『隠れたキーマンを探せ!』で、2つの印象的なことを学びました。1つはターゲットとする人物です。いまだによく言われているのは、チャンピオンを探しなさいということです。チャンピオンとは、ベンダーに代わり社内に売り歩いてくれる人です。複雑な製品であれば、そのチャンピオンが推進力を発揮して導入を決定してくれます。過去に何回も見たことがあります。新しいことが好きで、場合によっては出世を狙っています。
同じように、情報を漏らしてくれるコーチも探しなさいと言われます。『隠れたキーマンを探せ!』では、敵対する人を除き、次の6つの人物像を定義しています。パフォーマンスが高い営業は、上から3つの「ゴーゲッター(やり手)」「ティーチャー(教師タイプ)」「スケプティック(懐疑論者)」を狙うそうです。それぞれが誰かを特定して、未認知から認知させ、中立、支持、指導と関係を深める活動をする必要があります。
もう1つ学んだのは、メッセージの出し方です。筆者は今まで、「理想の世界はこれです!一番それを知っているのが私たちです!」ということを中心にマーケティングを展開していました。これを一般的に「Thought Leadership」と呼びます。
しかし、『隠れたキーマンを探せ!』では、その前に「変わらないとやばいですよ」のメッセージを出して、納得させて、新しいプロジェクトまで漕ぎ着ける努力をすると紹介されています。そのためには、下記のSICモデルでメッセージを順番に出す必要があるのです。
Spark:型破りなアイデアで顧客に刺激を与える
Introduce:証拠を含め、詳しく説明して、顧客の思考の枠を破る
Confront:顧客が"変わらないことの痛み"が"変わる痛み"より大きいことを実感させる
そして、営業も変わる必要があります。参考になるのはSalesforce社の営業モデルです。書籍『エンタープライズセールス 大企業担当の営業組織が成果を出し続けるためのバイブル』(翔泳社 著者:佐藤亮)では、プロジェクト型セールスの方法を詳しく説明しています。
要するに、顧客にまだ存在しないプロジェクトを作り、カスタマーサクセスまで含めて定着し、顧客のプロジェクトを成功させるためのセールスという考え方です。『隠れたキーマンを探せ!』でも、顧客が気付いていないニーズからスタートするので、とても相性が良いです。
私たちは実は製品を売っているのではなく、顧客に"変革"を売っているのです。B to Bの取引が複雑化する中、マーケティングとセールスもバージョンアップする必要があります。
北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら