新生「らくらくスマートフォン」で戦略転換、ドコモだけでなくY!mobileやSIMフリーで出す狙いは? FCNTに聞く
2024年12月13日(金)6時5分 ITmedia Mobile
ドコモ向け「らくらくスマートフォン F-53E」(左)とY!mobile向け「らくらくスマートフォン a」(右)
驚きだったのは、ソフトバンクのサブブランドであるY!mobileも「らくらくスマートフォン a」を取り扱うようになったことだ。もともと、らくらくスマートフォンは、ドコモとFCNTが二人三脚で広げてきた端末なだけに、マルチキャリア展開にかじを切ったのはFCNTにとって大きな戦略変更になりうる。さらに、らくらくスマートフォン aとハードウェアスペックが近い「らくらくスマートフォン Lite」も開発し、オープンマーケットにも初めてらくらくスマートフォンを投入する。
一気に販路を広げる格好になったらくらくスマートフォンだが、一方で、同シリーズはキャリアとタッグを組んだ手厚いサポートがあってこそ成り立ってきた。これまで、FCNTもオープンマーケットへの投入には慎重な考えを示している。では、なぜこのタイミングで同社はらくらくスマートフォンのバリエーションを広げたのか。
FCNTのプロダクトビジネス本部 副本部長 プロダクトポートフォリオ・マーケティング・営業戦略担当を務める外谷一磨氏と、同本部 プロダクトマーケティング統括部 副統括部長の正能由紀氏、同本部同部シニアマネージャーの高橋知彦氏にお話を聞いた。
●ドコモ以外のユーザーからも「らくらく」を求める声が挙がっていた
—— まず、新生FCNTとして、改めてらくらくスマートフォンを開発することになった経緯や背景を教えてください。
外谷氏 らくらくスマートフォンの継続に関しては、われわれが残っていく上で当然のことだと思って取り組んでいました。らくらくスマートフォンシリーズは、われわれにとって大事な商品であるのは間違いありませんが、それを超えて、らくらくスマートフォンしか使えない、使いたくないというユーザーがドコモのユーザーを中心に非常に多く、ある種のインフラになっています。それを提供することは、当初から検討を重ねてきました。
—— 一方で、今回はY!mobileからもらくらくスマートフォン aが発売されました。初めてドコモ以外から発売されたらくらくスマートフォンということで、サプライズでしたが、キャリアを広げた理由はどこにあったのでしょうか。
外谷氏 背景にはニーズの多様化があります。ドコモで使い続けたい方だけでなく、他キャリアで使いたい方もいますし、他のシニア向けスマホを使っている方を見ても、求めているものは多様化しています。らくらくスマートフォンのような商品を使いたいというお声はドコモ以外のキャリアのユーザーからもいただいていましたが、なかなかそこを広げていく努力も体力もありませんでした。新生FCNTが発足し、(市場を)広げていく中でこのタイミングでの投入になった経緯があります。
らくらくスマートフォンのような商品をキャリアと広げていくには、やはりキャリアの理解が必要ですし、大事にしなければいけないポイントもあります。一番大きいのはサポートの部分で、しっかり同じ目線でやろうとできたのが、ソフトバンクさんでした。それもあって、ソフトバンクとの話は一気に進んでいきました。
—— とはいえ、ソフトバンクにも「シンプルスマホ」のような商品があります。なぜFCNTに声がかかったのでしょうか。
外谷氏 基本的には、私たちからドアをノックしました。らくらくスマートフォンに限らず、われわれはシニアのフィールドでヘルスケア事業やコミュニティーなどを総合的に展開しています。そういった話をする中で、ソフトバンクの課題やわれわれのアセットがハマる部分がありました。
—— 京セラがコンシューマー向けのスマホから撤退することになり、ライバルが不在になりつつあるような印象もあります。
外谷氏 そこまでの感覚はまだ持っていません。今回は3機種発表できましたが、あれを作るのにも内部ではいろいろなことがありました。業界全体として、ああいった商品を作りづらくなっているからです。ただ、サプライチェーンの問題もある中で、ああいう商品を出せた意味はとても大きいとは思っています。一方で、シャープさんもまだシニア向けスマホを作られているので、すみ分けながら継続していければいいと思っています。
●Y!mobileではこれまでのらくらくスマートフォンと考え方を変えた
—— 機能的に見ると、Y!mobile版のらくらくスマートフォン aは、ドコモ向けと比べて省かれている機能もあります。例えば感圧式のらくらくタッチパネルがないですし、カメラもセンター配置ではありません。ユーザー層が違うという想定でしょうか。
外谷氏 今ドコモでらくらくスマートフォンをお使いの方がY!mobile(に移って)で買っても、われわれのパイが広がりませんから(笑)。どちらかといえば、既にY!mobileの方にお使いただくことを想定しています。らくらくスマートフォンはUIが非常に独特で、興味を持たれているので、新しくらくらくスマートフォンにする方をメインに考えました。
らくらくスマートフォンならではの使いやすさは、支持されている部分と、逆に使いにくく感じさせる部分があり、難しい判断をしなければなりませんでした。カジュアルにらくらくスマートフォンの世界に入っていただきたいので、両社のバランスを取る形にしています。その意味では、これまでのらくらくスマートフォンと考え方を変え、チャレンジングな形でY!mobileの市場に投入しました。
—— タッチパネルは押し込めなくてもいいので、こういうUIが欲しいという人に向けたということですね。
外谷氏 見やすいUIと迷ったときに戻れるホームボタン。基本的には、この2つを踏襲しています。
—— 特殊な機能を一部省いたことで、コストも落とせたのでしょうか。
外谷氏 物量もあり、そこまで落とせていないのが正直なところです。オリジナルモデルを作る難しさもあり、カスタマイズのバランスを見つつ、キャリアと協業しながら進めています。
●あえてSIMフリー市場でらくらくスマートフォンを投入する狙い
—— 今回、ドコモ版とY!mobile版だけでなく、オープンマーケット版もあったことが一番の驚きでした。キャリアのサポートを重視しているという発言もあったため、オープンマーケット版はないと思っていましたが、なぜこれを出すことになったのでしょうか。
外谷氏 確かに相反する考え方ではありますが、実はオープンマーケット版も並行して検討していました。SIMフリー(オープンマーケット)市場のシニアの方を見たとき、自分で端末を選ばれるというよりも、息子さんや娘さんなどのご家族が回線を見直す際に(一緒に親の)端末を買い替えようという動きがあります。今お使いのらくらくスマートフォンのSIMだけを変えればそのまま使える話ではありますが、そういう機会で既に違うスマホにしてしまったものの、やっぱりらくらくスマートフォンがよかったという人もいます。
通信料は安くなった一方で端末を使いこなせないというペインが世の中には少しある。マーケット規模がめちゃくちゃ大きいかといえば、そんなことはないのですが、規模の拡大を事業戦略に掲げている中で、SIMフリーでらくらくスマートフォンがどういうふうに受け入れられるかを問うてみようということで、こういったニーズに対応していくことを決めました。
正直なところ結構迷いました。うまくいくのかどうかは、ずっと考えて続けています。一方で、スタンドアロン(キャリアのサポートなし)でらくらくスマートフォンを使える方はいますし、家族がそういうところを見てくれるご家庭も少なからずあります。
—— MVNOにサポート部分を委ねるということはお考えでしょうか。
外谷氏 MVNOの方はらくらくスマートフォンのような商品をお取り扱いになったことがないので、ある意味チャレンジです。お買い求めいただく方々を見ながら、協議していこうと考えています。
—— MVNOの中にも、健康系のサービスを持っているところはありそうですし、シニアに強い業態の方が通信事業をやられているケースもあります。そういったところと組むことはできるのではないでしょうか。
外谷氏 どういう形で回線を選ばれるかというと、やはり家族丸ごとが多いですね。われわれのポートフォリオには、ファミリー層向けにMVNOと価値を作りながら届けていくのに最適な商品やサービスがそろっています。決まった話はまだありませんが、そういう形で考えていきたいですね。
●ユーザーからは「変えてほしくない」という声が非常に多い
—— 初のY!mobile版が発売されましたが、オープンマーケット版も含めて反響はいかがでしたか。
外谷氏 まだそれを感じるまでには至っていませんが、らくらくスマートフォンの発表会があそこまで記事で取り上げられたことは、自分が入社して以降、ほぼなかったと思います。その意味では、業界的なインパクトが非常に大きく、お問い合わせは日々来ている状況です。販売のところでいくと、テレビCMも始まり、ユーザーには徐々に浸透してきています。これから伸びていく感覚はありますが、まだフィードバックを受けるところには至っていません。
正能氏 らくらくコミュニティの中で、今回初めてドコモ以外から出るということをお伝えしたところ、ユーザーからは基本的にポジティブな反応をいただけました。新しいらくらくスマートフォンに対する期待感を含めてコメントをいただけています。ただ、今はドコモをお使いの方が主流なので、やはり「ドコモのらくらくスマートフォンを楽しみにしている」という声は多いですね。
外谷氏 一方で、お客さまの選択肢は増えています。Y!mobileもシニアのお客さまのことはものすごく考えていて、料金だけではない部分でのバックアップやサポートにも長けています。
正能氏 ソフトバンクの方々は心からシニアにスマホを楽しく、便利に使っていただけることを真摯(しんし)に考えていたのが印象的でした。
高橋氏 変わらない価値と言いますが、らくらくスマートフォンのユーザーには「変えてほしくない」という声が非常に多い。せっかく1回覚えたのに、変わってしまうところに抵抗感があります。一方で、変えた方がより分かりやすくなったり、手数が減ったりする部分もあるので、そこにどこまで切り込んでいくかはソフトバンクさんと相当議論を重ねてきました。単純にサービスと連携したり、ハードウェア単体の機能性を上げたりするだけでなく、体験としてどういう価値をお届けするかをトータルで見ながら、端末の細かなUIまで一緒になって見ていきました。
—— 変わらない価値という点でお聞きしたいのですが、やはり年々変えないことが難しくなっているのではないでしょうか。
外谷氏 フィーチャーフォンを作るのが難しくなっているのと同じ原理で、以前からの部品が世の中からなくなっていきます。今回のドコモ版でいえば5.4型のディスプレイもそうですし、ホームボタンも指紋センサーを載せた形のものを調達するのが難しいので、特注で作らなければいけないということがありました。
らくらくタッチパネルの押し込める部分は作り込みが相当難しく、感圧式の技術をタッチパネル全体に配置しなければなりません。単純に小さなディスプレイを見つけてくればいいわけではなく、きちんとフィードバックを得られるようにするのに相当な労力をかけています。労力でいえば、普通のハイエンドモデルを作るのと同じぐらいはかかっていますね。
—— 逆に変えているところは変えていますよね。
外谷氏 プラットフォーム(チップセット)やカメラはそうですね。サイズも少し変わっていますが、見た目や持ち心地はユーザーが許容できるギリギリのところを突き詰めました。見た目はあまり変わっていまあせんが、中身はまったく別物です。
●サイズ感を維持しながら画面の大型化に挑戦 文字サイズにもこだわり
—— ぱっと見は同じように見えますし、今のスマホとしては十分小さいのですが、ディスプレイサイズが0.4型上がっているのは結構な大型化ですね。このサイズにした理由はどこにあったのでしょうか。
高橋氏 意見を聞くと、今のサイズ感がいい、でも画面は大きい方がいいと言われます。それが本音だと思います。画面が大きすぎるとちょっと持ちづらくなりますが、持ちやすさと大きさをバランスさせた際にどこが一番いいのかを調査した上でこのサイズにしています。画面は大きくなりましたが、手に持ったときの感じは以前のモデルと比べても違和感はないと思います。今まで通りと思っていただける造形になっているからです。
—— 0.4型大型化して握りやすくするのは難しかったのではないでしょうか。
高橋氏 相当難しかったですね。リアのアール(丸み)をしっかり取って、握りやすさを実現していますが、こういう形のものはあまりありません。実装効率がものすごく悪いからです。部材は四角でできているので、アールの部分はデッドスペースになりがちです。タッチパネルのサイズ拡大の課題も含め、難しいパズルの中で今回の形になりました。
四隅のアールもそうで、ここも基本的には直角に近い方が実装効率は上がります。ただ、らくらくスマートフォンとしての優しさやフレンドリーさを造形から感じていただきたい。その王道を提供するのが筋だと思っています。
—— その部分はY!mobile版も共通ですね。
高橋氏 らくらくスマートフォン aでも、アールは取るように心掛けました。こちらは画面サイズがより大きいのですが、単純に大きくしただけでなく、ホーム画面の「電話」や「電話帳」などの文字サイズの絶対値は極力変えないようにしました。少しだけサイズは違いますが、通常だと、画面サイズに合わせてリニアに大きくなります。ここも、らくらくスマートフォンとして読みやすい文字を大事にしようということで、極力これまでのらくらくスマートフォンと同じになるように近づけていきました。
正能氏 文字サイズは結構重要なんです。大きければいいと思われがちですが、大きくするとその分一覧性が悪くなります。それだけでなく、心理的にもここまで大きくされると恥ずかしいという領域があり、単に大きいだけでなく調整が重要になります。
高橋氏 共通という点だと、今回はシンプルホームを変え、arrowsとほぼ同じものを採用しています。使い勝手を変え、アプリ一覧を呼び出す際のボタンをやめ、下からフリックすると出るようにしています。教えられないというご家族がいらっしゃったのと、もしらくらくスマートフォンを卒業されるときでも、他のスマホと同じものが入っていれば安心して乗りかえることができます。
また、以前のシンプルホームは視認性重視で、アイコンの下に座布団のような四角があって壁紙が見えなくなっていましたが、この部分も透過にしました。アプリの並べ替えもarrowsのシンプルホームでやっているようにメニューに出るようにしています。
—— そうやって、徐々に普通のスマホに変えていく動きが増えてくるのでしょうか。
高橋氏 現状は基本的に操作体験を変えたくないという方が多いので、そこに対する影響はあまりないと思っています。
外谷氏 らくらくスマートフォンのユーザーには、ずっと使い続けている“ラバーズ”のような方もいれば、最近デビューした方もいます。最近デビューした方は、使い方を教えてもらえないので、arrowsと同じようなシンプルホームを入れて、周囲の方がお勧めしやすいようにしています。シンプルホームはあまり訴求してきませんでしたが、今回は初期設定の中で選べるようにしています。
●自律神経の測定機能は、まずarrowsから考えた
—— 今回、ドコモ版のF-53Eには、「arrows We2 Plus」と同じ自律神経の測定機能が入っています。実にらくらくスマートフォン向けの機能だと思いますが、この機能はらくらくありきでarrows We2 Plusに入れたということなのでしょうか。
外谷氏 商品として先に考えていたのは、arrowsです。健康に対するニーズが高いのはシニアというイメージがまだまだありますが、オールエージで関心が高い分野だとみています。その中で、日々耳にする自律神経へのアプローチはまだほとんどありません。arrows We2 Plusはより幅広いお客さまに使っていただける商品ですが、らくらくスマートフォンに関しては、よりシニアの方に絞った提供法を考えていきたい。計測という行為自体は同じですが、コミュニケーションの取り方を年代によって変えていければ面白いですよね。今はまだ、その入口だと思っています。
—— ちなみに、あの機能はどのぐらい正確なのでしょうか。
外谷氏 日本の薬機法は厳しく、その基準を満たした医療機器ではありません。自律神経は心電図を4〜5分取らないと測れませんが、それと同じ精度を目指して作っています。森谷敏夫さん(京都大学名誉教授/おせっかい倶楽部代表取締役)とあの機能を作る上で、「測れます」と言える精度にはなっています。医療機器ではないので、そのような訴求はできませんが、気軽にスマホで測っていただくことはできます。
—— AppleはApple Watchの心電図などで医療機器として認可を得ていますが、今後、そういった機能をらくらくスマートフォンに搭載していくことはお考えでしょうか。
外谷氏 そういうふうにできればいいと思っています。実際、心拍を測る機能はファーウェイさんやAppleさんが認証を取っていますが、そこにはいろいろな可能性があります。今はスマホですが、スマートウォッチのようなものもやりたいと考えています。
●レノボ側とは「なぜこれを作るのか」を丁寧に議論
—— arrows We2シリーズとの比較でいうと、あちらはレノボのスケールメリットが生きている部分がありました。らくらくスマートフォンは、専用部品も多いとのお話でしたが、規模が生きてきたところはありますか。
外谷氏 プラットフォーム(チップセット)やカメラのセンサー、メモリといった一般的な部品については、コスト効率化が図れています。逆に、社内でもめたのは、「なぜこれを作るのか」というところですね(笑)。
—— そこからですか(笑)。
外谷氏 ワールドワイドでステークホルダーの承認を得る必要がありますが、ディスプレイサイズやらくらくタッチパネルはもちろん、カメラのレイアウトやボタンの配置など、いろいろなところが普通のスマホと違います。そこはコスト効率化が図れないので、相当な話がありました。
—— どうやって説得したのでしょうか。
外谷氏 「なぜ」というのは否定ではなく、疑問だったので、そのクエスチョンに対して丁寧に答えていきました。FCNTのビジネスはグループの中でも注目されているので、副社長クラスがよく来日しているときにらくらくスマートフォンを触ってもらっています。やはり机上の空論とは違う体験があり、触ってもらえば必要性は理解してもらえます。その上で、これをどうすれば作れるのかという議論に速やかに移れたのはよかったと思います。そのHOWの部分の議論は集中的にやりましたが、お客さまに対しても、FCNTとしても捨ててはいけない価値であるという合意ができています。
もちろん、数をどうするかという議論はあるので、最終的には私と桑山(泰明・執行役員副社長)とレノボで、「これをグローバルに広げていこう」という話で終わりました。ワールドワイドに広げる話も期待されていることなので、日本できちんとやった後、マーケットを見極めながら考えていきたいと思います。
●取材を終えて:家族契約が多いMVNOとの提携にも期待
ドコモ向けのらくらくスマートフォンでは既存ユーザーのニーズにしっかりこたえつつ、Y!mobile向けでは新たなユーザーの獲得に軸足を置いていることがうかがえた。オープンマーケット版は、どちらかといえば後者に近いが、FCNTにとってよりチャレンジの要素が強いようだ。
一方で、MVNOの中にはシェアプランに特徴があり、家族契約が多い事業者も存在する。こうしたMVNOとタッグを組むことができれば、オープンマーケット版も成功できる可能性がある。具体的な計画はまだないというものの、日本市場で培ったノウハウを武器にらくらくスマートフォンをグローバル展開していくことにも期待したい。